010 異種族の親子
やがて、シウたちはシアナ街へと辿り着いた。ゆっくり七日かけてのことだ。
王都に近いだけあって街道でもチラホラと徒歩の旅人を見かけるようになった。
馬車同士もすれ違うことがかなり増え、道幅も広くなっている。
街も今までで一番大きく、ドイツやスイスの片田舎風だった景色から、ちょっと都会に近付いた田舎風になっている。ようは、整備されて綺麗だということだ。
宿も今までで一番立派な風体で、四階建てのなかなか重厚な石造りをしている。室内は木製だったので、ぬくもりが感じられてそれもまた良い。
部屋はいつものように別にしてもらった。フェレスが子猫のように――希少獣ではあるが――遊びたい盛りなのだ。夜中でも構わず動き回るし、鳴いてしまう。空間壁で音を遮断しても、優しいスタン爺さんはフェレスの様子を見れば、相手をしてくれる。馬車の中でもそうだったから、せめて部屋ではゆっくりしてもらいたいものだ。
フェレスは、生まれて三ヶ月近くにもなると、長毛種であることが分かった。三毛で長毛、更にくせ毛というのか、毛がカールしているのでパッと見にはモップのようだ。手足や尻尾は茶色なので「埃」か「汚れ」かといった具合である。
馬車の中でも何度か間違えられていた。主にスタン爺さんに。もちろん、冗談でだ。
ところが、本当に間違えられてしまった。宿でもアイドルのように人気があったフェレスなので、可愛がられるまま食堂の机の上で寝転ばせていたら、
「こんなところにモップを置きっぱなしにするとは、この宿の従業員教育はどうなっとるんだ!」
と怒られたのだ。シウは慌てて「これは猫型騎獣の子です」と言い訳し、机の上に乗せたことも謝った。すると、
「おお! なんと可愛い子猫だ!」
さっきまでの怒りはなんだったのか、というほど相好を崩して許してくれたのだった。
元々騎獣は好かれると聞くが、騎獣の「子」は更にその上を行くようだった。
先ほどの失敗を踏まえて、晩ご飯の時にはフェレスを連れずに食堂へ行ったが、何度も声をかけられた。「子猫は連れてこないのかね?」と。商人がよく泊まる宿だけに、情報伝達が早いのだろう。知らない人にまで、騎獣の子を見せてもらえないかと頼まれたりした。
食事時に動物を連れるのはまずいと思っていたのだが、騎獣の子ぐらいならば許されるそうだ。シウにはよく分からない認識なのだが、ある商人いわく「獣人だって食堂に来るだろう?」とのことだった。そう言われると、そうかもしれない。でも本当は、希少獣が神に仕えていたと言われていることが理由にあるのだろう。
結局、食堂が酒場に切り替わる頃、シウはフェレスを連れて行った。スタン爺さんも楽しげに酒を飲みながら、居合わせた人たちと商売の話をしていたので、これで良かったのだろうと思う。そして案の定、フェレスは皆の目じりを下げさせていたのだった。
スタン爺さんのシアナ街での商売は、一箇所だけだったから二泊で出発となった。
その間、シウは護衛をしなくてもよく、ぶらぶらと散歩をして街を眺めた。
今生でも、シウには旅行などの経験がほとんどなかった。
前世では、大火傷による痕、病気がちの体ということが人から同情や憐みを誘っていた。それらは好奇心となって、視線を集めることになる。その為、人通りの多い場所などは避けていた。
だからこそ、こうして歩き回ることができるのが嬉しかった。今でもまだ、シウには前世でのことが心に深く残っており、都会に進むにつれ不安だった。どこか、人の視線が怖かったのだ。今のシウには火傷痕もなければ、病弱でもないというのに。
ところが大抵の人というのは優しく、おおむね好意的で、そして良い具合に無関心だった。
それが心地いい。
神様に願ったからだろう、子供や動物には好まれる体質らしく、不審に思われることもない。
ましてや子猫のように可愛いフェレスを抱いての散歩ならば、シウを気味悪く見る人などいなかった。
卵石を拾い、フェレスがパートナーになったのは本当に幸運なことだったのだと、シウはよくよく噛み締めていた。
そうして楽しみながら街を見て回っていると、人の出入りが多いパン屋を発見した。コレル街で美味しいパンと出会えて「パンブーム」がきていたシウは、店を覗くことにした。ただ、フェレスを連れていたので、店先に繋がせてもらえるか先に聞いてみる。
「あ、いいですよ、どうぞ。そこなら店の中からも見えますし安心ですよね」
店員の女性は気さくに答えてくれ、中から見えやすいようにと椅子まで持ってきてくれた。そして、支柱の近くに置いて繋げやすいよう調節してくれる。とても親切だ。
「可愛いですね~。撫でさせてもらいたいけど、仕事中だから残念!」
しかも衛生観念までしっかりしている。こういうお店は、しっかりしているだろうと、シウは期待を膨らませて中へ入った。
「いっぱいあるなあ」
蜜棒パンのようなものはなかったが、冒険者向けの堅焼パンはもちろん置いてある。他にも、街の人が好んで食べるような柔らかい白パン、外がカリッとしたパンもあった。
「惣菜パンが多いのかな」
コッペパンの中に、ベーコンや野菜を挟んだものがスタンダードのようだ。チーズの入ったもの、玉ねぎがたくさん入ったものなど、各種ある。
じっくり見ていると、先ほどの店員が小さく切ったサンドイッチを味見させてくれた。
「美味しい。ソースがまたいい味してる」
「ありがとうございます! これ、オーナー秘伝のタレなんですよ」
どこか醤油の味を思い出した。照り焼きに近い甘辛なタレはシウの好みだ。嬉しくて、ついついトレイに幾つも乗せてしまった。
秘伝のタレならレシピは教えてもらえないだろうから、自分で解析してみようとの魂胆もある。もちろん、スタン爺さんへの土産も含めてだ。
こういう買い物はなんだか幸せな気分になる。シウは、たくさん買ったパンを詰めてもらいながら、外を気にした。時折フェレスの様子を「視」ていたが、ふと、ある親子に気付いたのだ。
彼等は、支柱に繋がれているフェレスへと向かっていた。
店を出ると、親子の様子がよく分かった。男は大柄な体格の薄褐色肌で、歴戦の強者といった風情だ。その腕に抱えられるのは、真っ白な肌に金髪碧眼という西洋ドールのような可愛い幼児。まるで違う種族に見えるのだが、幼児が男に対して安心しきっているのがよく分かる。
小さな子供が大柄な男にしがみついたまま、視線だけを椅子の上のフェレスに向けている。それがとても可愛い。片方の手でひっしと男の胸元の服を掴み、片方の手を一生懸命に伸ばそうとしているのだ。
「こんにちは」
シウがにっこり笑って挨拶すると、幼児はびっくりして手を引っ込めてしまった。男の方はシウが気楽に近付くのを認識しており、見た目の怖い風貌に合わず、静かに見守っている。
「こんにちは。この子、フェレスって言うんだよ」
もう一度挨拶して、視線を椅子の上にやる。幼児はおっかなびっくりといった態度でシウをチラチラ見たあと、フェレスに視線を向けた。途端に、にこーっと嬉しそうに笑う。シウは幼児を驚かせないよう、入った袋を椅子に置き、代わりにフェレスを抱っこした。
そして顔がよく見えるよう、幼児にフェレスを近付けてみる。その間も男は特に気にすることなく、シウの好きにさせていた。
「生まれてから三ヶ月になるんだよ」
「みぁー」
フェレスも挨拶らしきことをする。途端に幼児が嬉しげに声を上げた。
「きゃぅ!」
シウも嬉しくなって、フェレスの落ち着いた態度を確認してから、
「触ってみる? そっと撫でるなら大丈夫だよ」
そう言って保護者である男にも視線をやると、シウには無言で頷き、幼児にはボソッと囁いた。
「触らせてもらえ」
幼児は、いいの? といった様子で男を振り返っていたが、我慢できなかったのだろう。そっと手を伸ばして、フェレスの耳の先をちょんと触った。フェレスの耳がピピピと揺れると、伸ばしていた手が一旦引っ込んだが、また気になるのかそっと手を伸ばす。
それを繰り返しているうちに「触っても大丈夫なんだ!」と気付いたようで、そろりそろりと頭を撫で始めた。
フェレスはされるままで、たまに、
「みぅー、うみゃー」
と鳴いている。
数分そうしていると、幼児は名残惜しそうだが、手を引っ込めた。そして男を振り返ってから、そうっとシウを見た。
「あぃがと……」
「どういたしまして」
「……ふぇりゃしゅ、またね」
ばいばい、と小声で手を振って離れて行った。男が視線で謝意を表していたので、シウも視線だけで了承した。
とても可愛らしい子だった。そしてシウにとっては、初めて見るハイエルフという種族だった。見た目だけで分かったのではない。違いが分かるという耳も、長髪で隠れていた。実は、最近レベルが上ってきた鑑定魔法のおかげだった。
スタン爺さんから、レベルを上げるよう勧められていたこともあり、最近は積極的に人物鑑定もやっていた。おかげで、シウの鑑定魔法でも、幼児がハイエルフということが分かった。男は竜人族で、レベルも高かった。
ただ、精度に自信がないことや、やはり人をジロジロ「視」るのは遠慮があって、さらっと表面しか鑑定していない。それでも、街の中では見たことのないランクだというのは分かったし、男が竜戦士という職業というのも知れた。
二人とも、人族とは違って寿命が長いせいか、実際の年齢と見た目が違っててそれが面白い。街の中では人族しか見てこなかったので、これがいわゆるファンタジー、地球とは違う異世界だというのをシウは改めて実感した。
この世界にはたくさんの種族がいる。
シウが今いるシュタイバーン国は、中庸な農業大国で特に可もなく不可もない、住みやすい国と言えるだろう。その為か多種族が住んでいるようだ。
ただそれも、王都などの都会に多いようだった。田舎は保守的だからか、あるいは職がないせいか、ほとんど見ることはなかった。
王都に行けばいろいろな人がいるだろう。どんな人がいるのか、シウはちょっと楽しみに思い始めていた。
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