第一章 王都ロワル

011 貨幣価値と王都




 予定通りにシアナ街を出て、王都に向かう。あとは小さな村々を通り過ぎればいいだけで、旅ももう終わりだ。

 残り少ない旅の合間、シウはスタン爺さんから多くのことを学んでいた。

 貨幣価値についてもそのひとつだ。

 シュタイバーンなど、大陸の半数の国はロカという貨幣を使う。各国での情勢により若干上下はするものの、同じ通貨が使えるのは便利だ。シウは、ユーロのようだなと最初に感じた。

 大陸の端の国々だと、他にアドルやロカルといった通貨が存在する。両替もできるので特に問題はない。ただし貨幣の価値は、ロカが一番高いそうだ。更には旧オーガスタ帝国金貨というものがあって、その価値は三倍から五倍もするらしい。混ぜ物がなく高品質というのが理由だ。

 シウの住んでいた田舎は物々交換も多く、山の中で育ったシウは高い貨幣を見たことがない。

 今後、魔法袋を作っていくにつれ「お金も増えるだろう」からと、スタン爺さんが教えてくれたのだが。

「計算は早いのに、白金貨を知らなんだとは……」

 と、シウのちぐはぐな知識に苦笑していた。

 普通の人は簡単な足し算や引き算ぐらいしかできず、また暗算でパッと計算できることはないそうだ。逆に、白金貨は子供の躾などで親の口に上がるため――白金貨を稼いできてから○○しなさいなどと言うので――、知らないのは不思議らしかった。

 ただ、白金貨というのは一般人が持つものではなく、王族貴族や商人が取り引き用などで使うだけだ。

 貨幣は下から順に、石貨、半銅貨、銅貨、銀貨、金貨、大金貨、白金貨と続いて、おおむね十倍ずつの価値になっている。ただし、石貨は貧民街や子供が使うもので、王都などではほぼ見ないそうだ。田舎でも、シウが見かけることはなかった。

 半銅貨で子供のおやつレベルだろうか。ふかしイモひとつで二、三半銅貨といったところだ。三十ロカ、という言い方もするが店先などでは貨幣単位で買うことが多い。シウも実際におやつを買う時は「半銅三枚?」などと聞いている。

 田舎と王都でも、またそれぞれの国でも貨幣価値は違うので一概には言えないがと前置きされ、スタン爺さんが教えてくれたのは――。

「庶民の食堂での食事一人分が大体五銅貨まで。一日の庶民の給金が一から三銀貨で、日払いか七日払いが一般的じゃ。騎士になると月払いが多く、金貨二十枚から。大金貨は裕福な者が移動する際などに使用するものじゃ。高い買い物などでもこれを使う。魔法袋があれば使い勝手の良い金貨が良いのじゃが、お金というのは重さもあって馬鹿にならんからのう」

 ということで、スタン爺さんの今回の仕入れでも大金貨が活躍したようだ。

 なので、旅の間のお財布として、小さな革のウェストポーチを作ってあげた。もちろん空間庫を付与しているので、小さな倉庫レベルではあるがお金を入れておくには充分だ。

 使用者権限を付けているので泥棒に遭うこともない。

 念のため、王都に到着したら彼の身内の権限も追加しておく。でないと、不慮の事故等で亡くなったら財産が出せなくなるからだ。シウが傍にいれば良いのだが、今後のこともあるのでそうした方がいいと話し合った。


 空間庫を作る作業は簡単で、鞄を作る方がよほど手間がかかっていたのだが、それもやがて慣れてきたら簡単に行えるようになった。

 実績、知識、魔法力。それで理解していたら、手で行う作業がなくなったのだ。魔法とは本当にすごい。

 逆に言えば、楽しみのないことでもある。

 その為、シウは新しい鞄や、新しい構造を考える方に楽しみを見出した。

 手慰みに手作業で全部やり通すのも楽しかった。

 馬車の中は暇で、王都に近付くにつれ安全で、護衛といっても何も仕事がなかったのだ。フェレスはまだまだ子供で寝ていることも多く、スタン爺さんもよく寝ていた。

 とにかく、ただただひたすら、鞄のデザインを考えたり魔法について試行錯誤の勉強をしていた馬車の旅だった。





 ようやく王都に到着すると聞いて、シウは子供みたいにわくわくしていた。

 この頃にはシウも自分で感じるようになっていたが、体に精神が追い付いたような感覚で、どこか懐かしい気もした。と言っても前世での子供時代は病弱だったし、世間は戦争による疲弊感が蔓延していて楽しいと思うことはなかったのだけれど。

 それでも。

「うわあ! すごく大きい街だ」

 どこかで見たことのあるような景色に、感動を覚える。その景色はテレビで見たのか、写真だったのか。あるいは本か、空想の世界だったろうか。

 目の前に広がるのは大きな壁に囲まれた美しい都市だった。霞むほど遠くに大きな湖があり、手前側に向かって徐々に街並みが広がって続いている。途中、王都の城壁が街並みを遮っているが、違和感なく調和していた。

 御者やスタン爺さんが「王都が一望できる丘からの景色を見せてあげよう」と、遠回りしてくれたのだが、確かに王都を全て見渡すことのできる素晴らしい場所だった。


 眼前の中央には王都があり、その奥、遠く霞んで見える先にあるのがシルラル湖だ。左手には、これまた遠く霞んで見える山並みが、広がっている。その中のひとつが突出して高いが、これがロワイエ山である。アルプス山脈の真ん中に富士山が聳え立っているような感じだ。この山並みから王都へかけては延々と森が続いていたが、王都の外壁近くは整備されているようだった。残りの王都周りは、小さな森や畑が混在する、長閑な様相を見せていた。これを貫くように街道が通っており、シウたちも手前の大きな街道を通ってやって来た。

 王都自体は、頑強な壁に守られている。ほぼ楕円形の形は、緻密に都市づくりを行ったことを想定させた。反対に、外壁の外からシルラル湖に向けては雑然としている。

 シウが《遠見》で奥のシルラル湖から手前に向かって見ていると、スタン爺さんが横に立って説明してくれた。

「湖の近辺は別荘じゃよ。もともと、王都とは離れていたが、いつの間にやら人が住み着いての。家が増えて、くっついてしもうたんじゃ」

 王都の外壁に囲まれた中は、計算された造りをしていた。区画ごとにまとまっているし、道路も広く、流れるように各門へと延びている。中央に向けて集まった道路は、やがて左手の王城と思しき場所へ真っ直ぐに続いていた。王城付近は、扇状に美しく整っている。

「ここは一度、遷都しておるのでな。街の造りが綺麗じゃろう」

「うん」

 石造りの街並みに、計算された緑が配置されている。さすが王都だと思えた。

 幹線道路もかなり広いようで、馬車がすれ違っても全く問題ない。

「王城は左の、あの塔が幾つも並んでいるところがそうじゃ。王城の裏手には森もあって、あそこは王領となる。兵士が立っておるので分かるが、立入禁止じゃぞ」

 スタン爺さんは指を差して、更に幾つか有名な場所を教えてくれた。

「王城の周囲を取り囲むように貴族の住まう区画がある。更にそれらを囲むように金持ちの住む区画じゃな。基本的にはこれも、貴族位のあるような大商人から区画を分けられておる。庶民の住居は中央から右手になるかの」

「計算されてるんだね」

 呟きながら、シウの目は必死に景色を追っている。

「そうじゃ。遷都の後、街が増えて湖畔の別荘地とくっついてしまったので、そこは区画整理ができておらんが。それでも他の都や街に比べると綺麗なもんじゃと思う」

「うん」

 口調まで子供っぽくなっていたが、スタン爺さんはそれを微笑ましそうに見るだけだった。


 一刻ほどその場にいたが、我に返ったシウが謝って馬車は再出発した。

 御者もスタン爺さんも「自分たちの住む王都に感動してもらえたから構わない」と言ってくれたが、さすがに長時間ボケッと見ていたのは恥ずかしかった。

 馬車は丘を下りると、王都の外壁沿いの道を進んだ。

 この一番外にある壁は、王都を守る意味もあって高さがあり、砦のようになっている。もちろん兵士も詰めていて、見張っている。でも、平和らしく、道々の馬車に向かって手を振っている。そもそも王都の全てを視認できる丘に、一般人が入れること自体が平和の証拠だ。丘の傍には駐屯地もあったが、誰からも注意は受けなかったのだから。


 さて、王都には門がいくつもある。王都は広いため、あちこちに門を作らねばならなかったのだろう。スタン爺さんはせっかくだからと、少し店から遠回りになるそうだが、正門へ馬車を向けてくれた。

 正門は普段は誰でも通れるが、さすがに中央部分は王侯貴族や賓客用となり、一般人は脇の検問所を通ることになる。商人や冒険者など、毎日のように通る者は専用のカードを持っており、見せれば簡単に通してもらえるようだ。スタン爺さんの馬車も商人用だが、今回はシウを連れていることもあって、自己申告で検問を受けた。と言っても、シウは身分証明用のギルドカードを持っているし、スタン爺さんの口添えもあって二言三言で終わってしまった。

 こんなに簡単でいいのだろうかと思いながら、荘厳な正門をくぐり抜け、正門前の中央広場を見ると――。

 広場の中央に大きな女神像の噴水があって、そこから大量の水が弾けるように流れ落ちる姿が見えた。周囲を草木で取り囲んだ小さな公園だ。中に立ち入る者はいないだろうが、精霊が遊ぶための公園だと言われたら信じてしまいそうな美しさだった。

 この公園の周囲を、円形にぐるりと石畳が並べられている。それらがやがて、徐々に道路へと繋がっていく様は計算され尽くされて、美しい。ところどころで石畳の色が違うのは、馬車や騎獣の通る道と歩行者で分けているようだ

 そうしてシウが呆然としているのを、田舎から出てきた子供の驚きと御者は捉えたようで、微笑ましげに振り返った。

「どうだい。シュタイバーン国の王都、ロワルは。すごいだろう? これから毎日が驚きの連続だよ」

 自慢げに言うのがどこかおかしくて、でもその気持ちがよく分かり、シウは素直に頷いた。

「とても綺麗な街で、びっくりしました」

「そうだろうそうだろう。俺も若い頃は国を越えてあちこち旅したが、王都の中じゃあ、ロワルが一番だと思うぜ」

 馬をゆっくりと歩かせて、御者は話を続ける。

「なにしろ水が豊富で緑が多い」

 そこに、シウの横からスタン爺さんが顔を覗かせて語った。

「フェデラル国も水と緑が多く、芸術都市もあって綺麗じゃぞ」

 そんな風に混ぜ返していた。

 どちらにしても、二人がこれまでかなりの旅をしてきたことだけは、よく分かった。

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