012 孫娘




 王都ロワルに到着したのは、昼過ぎのことだ。

 皆、お腹は空いていたが、先に荷物を片付けようとベリウス道具屋まで行くことにした。本来なら荷役を雇うそうだが、前の街でもシウが魔法を使って運んでいたし、今回もそうした。護衛の仕事がなくて消化不良なのだ。結局、さっさと倉庫に入れてしまった。御者は、手伝う隙もないと零して、笑顔で帰って行った。

 スタン爺さんが荷物は後で仕分けをすると言うので、シウは表に回ってみた。馬車は倉庫に近い裏側へ付けていたので、改めて正面からベリウス道具屋を眺めてみたのだ。石造りの二階建てで、奥にも同じ二階建ての倉庫があり、店と倉庫は短い廊下で繋がっていた。

 ベリウス道具屋は道路の角にあり、一階はガラスをはめ込んで中が見えるようになっていた。現在は防犯のために格子柵が取り付けられている。どちらかというと「こぢんまり」とした雰囲気だが、庶民の街中にあって馴染んでいた。

 店の窓枠や扉は飴色をしていて、アンティーク調だ。格子柵といい、石造りの雰囲気もシウの好みだった。全体像がどこかノスタルジックで可愛いのだ。見ていて飽きない。

 ここは王都の中では庶民街寄りの中央地区に位置し、少し離れた場所には冒険者ギルドもあるという。なかなか良い立地のようだ。

 そうして眺めていると、スタン爺さんが店の表のドアを開けた。

「遅くなったが、昼ご飯に行こうかの」

 仕入れの旅に行くため、食材は全て片付けてしまい、何もないらしい。スタン爺さんとシウは近くの食堂まで足を運んだ。


 歩いて数分のところにある、間口が小さ目のヴルスト食堂が行きつけなのだと、スタン爺さんは説明してくれた。店の戸を開けると奥行きがあると分かる。その奥の厨房付近から、すぐに声がかかった。

「スタン爺さん! 帰ってきたのか。早かったじゃないか」

 店主らしき男は、昼時を過ぎたからか休憩しているようだった。彼の横には、布巾を持ってテーブルを掃除している同年代の女性がいる。彼女もにこやかだった。

「あら、スタン爺さん。お帰りなさい」

「うむうむ。なんとか元気に帰ってこられたわい」

「そりゃ良かった。エミナもそりゃあ心配していたしな。おっと、食事だな?」

「そうじゃそうじゃ。腹がぺこぺこなんじゃ。わしと、この子の分も頼む」

「よし、きた! 坊主、苦手なものはあるか? なんでもいいか?」

「あ、はい。お任せします」

 ぺこりと頭を下げると、店主の男はちょっと驚いて、それからにやりと笑って厨房へ入った。シウたちは厨房近くのテーブル席に座った。女性が来たので、

「こんにちは。シウと言います。よろしくお願いします」

 と挨拶すると、彼女は、あらまあ! と嬉しそうに笑った。

「こんにちは。あたしはアリエラよ。旦那はガルシア、さっきの大男ね」

 確かに店主は肉付きの良い大男だった。夫婦共に三十代ぐらいでハキハキしている。

「ね、スタン爺さん。この子、どうしたの?」

「うむ。護衛を頼んでおってな。ついでに良い子じゃから、我が家の離れに住んでもらおうと思っておるんじゃ」

「……え、ええっ?」

 驚くアリエラに、さすがにいきなり離れに住むというのは非常識かと、シウは困った顔をしてしまった。しかし、それは思い過ごしだった。

「こんな小さな子に護衛させていたの? スタン爺さん、やだ、呆けちゃったんじゃないでしょうね」

 あろうことかボケ疑惑である。ハキハキしてるにも、ほどがあると思うのだが、スタン爺さんは慣れているのか笑っているだけだ。

 ちょうど、さっきまでシウの胸元で静かに眠っていたフェレスが、起き出してきた。もぞもぞしながら、顔だけを胸元から出して、辺りを見回している。

 アリエラも気付いたようで、スタン爺さんへの質問を止めて、シウたちを見た。

「……あらやだ、子猫」

「すみません。騎獣の子なんですけど、やっぱり飲食店への連れ込みはだめですよね」

「まだ子供だし、机の上に乗せなきゃそれはいいんだけど。って、本当に騎獣の子なの? あら、まあ!」

 彼女は大きな声で叫ぶと、シウに突っ込むように、近付いてきた。フェレスが驚いて、にゃっ、と鳴いて服の中に潜り込んでしまった。

「あ、あーん、やだあ! 逃げられちゃったぁ」

 ふるふると体を震わせ、身悶えるような格好を見ると、女性というのは幾つになっても少女のようだなあと妙な感想を抱いたシウである。


 アリエラがフェレスに興味津々だったものの、ポンポン叩いて撫で落ち着かせているうちに眠ってしまったので、残念ながら次回にという話になった。

 その間に料理も出来上がった。ガルシアが運んできてくれ、アリエラも慌てて残りの皿を持ってきてくれた。

 テーブルの上には、店の看板メニューの腸詰め料理と、他に黒パンとサラダ、かぼちゃのスープがあった。

 それらを美味しく食べながら、スタン爺さんはシウとの出会いについてや、離れに住まわせることなどをガルシアとアリエラに話している。二人は、特に心配するようなことは言わなかったので、シウはホッと安心した。


 料理を食べ終わってシウたちが食後の香茶を飲んでいると、店に女性が二人入ってきた。

「おや、アキエラと、エミナか」

「お爺ちゃん!」

 若い女性が走ってスタン爺さんに飛びついている。おっとっと、と受け止められる辺り、スタン爺さんはまだまだ元気だ。

「『もう帰ってきてるよ』って、近所の人が教えてくれて! なんでこっちに先に来てくれないのよ」

「腹が減っておったんじゃ」

「もう!」

 ぷんっとむくれるところが若い女性らしい。シウは微笑ましくて二人をそっと見ていたのだが、さすがに第三者の存在に気付いたらしい。シウに視線を向けた。

「あ、えっと、お爺ちゃんのお知り合い?」

「そうじゃ、エミナ。こちらはシウ君といってな」

 シウは自分からちゃんと名乗ることにした。

「初めまして。シウ=アクィラです。もうすぐ十二歳になる見習い冒険者です」

 彼女はびっくりして目を見開いて、それから慌てて居住まいをただし、胸を張って応えてくれた。

「あ、あたしはエミナよ。エミナ=ベリウス。十七歳よ。ええと、ドミトルという夫がいるわ!」

 それから、彼女は一緒にお店へ入ってきた少女に向かって、手招く。

「彼女はアキエラよ。この店の子なの」

「こんにちは」

 シウが挨拶すると、アキエラもちょっとびっくりした顔になった。それから、エミナとスタン爺さんを見てから、シウに向き直って会釈した。

「こ、こんにちは」

 そう言うと、何故か慌てて両親のところに走っていって、後ろに隠れてしまった。

 何か粗相でもしたのだろうかと不安になったが、エミナが答えを教えてくれた。

「あー、驚いた! こんな礼儀正しい子、初めて見たわ!」

「エミナや。お前がちょっと大雑把なんじゃよ……」

 呆れたようにスタン爺さんが言う。けれど、貶しているのではない。その顔には笑みがあって、孫娘が愛おしいと書いてあった。

 いいなあと自然に思う。シウは前世でも今世でも血縁者と早くに死に別れている。育ての親も死んでしまった。今生では結婚できたらいいが、これも縁のものであるし、子供など夢のような存在だ。ましてや孫など自分にできるのだろうか。

 ふと、胸の温もりを感じた。

 そうだ。この子がいた。

 羨ましく思うことはない。フェレスがいるのだ。それにこれから、いつかどこかで誰かに会うかもしれない。神様だって応援していたのだから、どこかに家族となってくれる存在がいると、信じていよう。

 二人のぽんぽんやり合う会話に耳を傾けながら、シウは胸の暖かい存在を撫で続けた。


 落ち着くと、エミナは詳しい自己紹介をしてくれた。彼女は結婚したばかりで、数年の間は新婚生活を満喫すると言って、今は家を出ているそうだ。現在は通いでベリウス道具屋の店番をしにきている。跡継ぎとして店のことを学び始めたところらしい。

 今回、スタン爺さんが大きな仕入れの旅に出てしまって、新人の店主としても孫としても心配していたようだ。途中でシウが助けたことを知ると、とても感謝してくれた。

 離れに住むこともあっさり承知してくれ、片付けや掃除も手伝うと胸を叩いていた。

 夜になって彼女の夫のドミトルも顔を出し、ベリウス道具屋の奥にある本宅で、「お帰り&歓迎パーティー」となった。

 ドミトルは道具職人で、ベリウス道具屋とも取引のある店で働いており、その縁でエミナと知り合ったそうだ。ベリウス道具屋を継ぐのはエミナで、彼は職人として働くのが性に合っていると言っていた。寡黙だが道具作りに一生懸命なのは話していてよく分かった。

 その寡黙なドミトルと正反対なのがエミナで、彼女は引っ切り無しに話をしていた。一晩だけで、およそのベリウス家の歴史に、彼女の好みまでが分かってしまった。

 なんというのか、嵐のような晩だった。スタン爺さんが、エミナもう寝かせておくれ、と言って寝室に引っ込んでしまったほどに……。

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