162 見習い冒険者の勧誘
うんうんと頷いていた神官が顔を上げ、ハッとして慌ててシウを室内に招き入れた。話に夢中になると、その他のことを忘れるようだ。
「うん。実は、いきなり仕事を決めたはいいが、合わなかったり慣れなかったりで辞める子が多いんだ。学校へも通ってはいるんだが、正直どんな職が自分に合うのか分からないものだよね。そうしたことは、親のいる家ではもう少し上手くいくと思うんだ。親の職業を継ぐか、継ぎたくなければ違うものをと探すだろうからね。明確な将来を考える機会が彼等には小さい頃から備わっている。孤児も将来のことを考えはするんだけど、逆に漠然とし過ぎていて、何が良いのか分からなくなるんだ。レオンは幸いにも魔法の才があったから上の学校へ進むことができたけれど、大抵の子はそういうわけにはいかない。さっきも見た通り、勉強嫌いの子も多いしね」
と苦笑する。
「成人したら、とりあえず向いていそうなギルドなどに割り振ったり、見習い職人を探しているところへ紹介したりしていたけれど、君の話はこちらにも都合が良い」
「そう言ってもらえると助かります。難しく考えないで、職業体験のつもりで良いですしね。しかも、見習いの子にはギルドが礼儀作法を無料で教えてますから」
「おお! それはいい! 僕が言っても聞かないが、仕事のためと思えば聞くだろうね」
ふんふん、と何度も頷いてから、またハッとした顔をして神官は慌てて立ち上がり、お茶を入れに行ってしまった。
そして戻ってくると、開口一番に、考えていたらしきことを口にする。
「しかし、何故またそれを、君が? 依頼者のためとはいうけれど、ギルドからは話を聞かないのでね」
「ギルドでも、見習いの子が増えるのは有り難い、けれども自分たちが勧誘するのは違うのではないかと、試行錯誤してるみたいです。あと、西中地区にもギルドはありますし、越権になるんじゃないでしょうかね。あ、中央地区が見習いを増やしたいって話は本当ですよ。レオンも知ってますから、彼から聞いてみてください」
「……あの子ね、最近反抗期であまり口を利いてくれないなんだよね。寂しいものだね」
あ、テンションが下がってしまった。
「……小さい頃はそりゃあもう可愛くてね。おとうちゃまおとうちゃまと、こう、小さな手を伸ばしてにっこり笑ってくれて。またあの子は抜きんでて姿形も良かったからね、可愛い女の子のようでねえ、そりゃあもう」
でれでれした顔で自慢げに笑っていた神官が、慌てて口を閉ざした。
それから、まるでブリキ玩具のようにギギギと顔を逸らす。
「おめー、何言ってんだ、おい」
ものすごい重低音を響かせて、レオンがどすを利かせていた。
うん、ごめんね、来ていることは分かっていたんだけど。面白いので黙っていましたと、心の中で神官に謝った。
むくれたレオンを宥めながら、もう一度最初から掻い摘んで説明した。
「……そういうことなら、うちのチビ共にも聞いてみるか。考えたら、シウはまだ十二歳だったな? ついつい年齢の割にはしっかりしているから、うちのチビ共と比較して、まだ無理だと思い込んでいたが」
「あはは。でも、聞いてみて。部屋の掃除とか、簡単なのが多いんだよ。あと、見習いだったら二人で行ってもいいし」
「そうなのか?」
「レオンは優秀だから、受付で誰も言わなかったんじゃない? 見習いは最初の頃は、依頼金がもちろん半分になっちゃうけど二人で受けてもいいんだよ。親や後見人が様子を見ていても大丈夫な依頼だってあるし、なんでも相談できるから」
「そうか。だったら、チビ共に勧めてみるか。やっぱり養護施設だと、お小遣いがどうしても少ないからな」
と、腕を組んで考えている。
その後ろで神官がにやにや笑っていた。あ、また余計なひと言を言うのではないだろうか。
はたして。
「そんなこと言って、独り立ち資金を割いて、皆にお小遣いあげてるくせに」
「……てめーは黙ってろ」
一瞬で振り返って睨みつけている。神官の顔が青くなっていた。
「ていうか、レオンって普段はそんな喋り方なんだね。学校だと大人びた喋り方するから。こっちの方が年相応で良いと思うけど」
「……うるさい。それじゃあ、リグドールみたいだろう」
「リグはまた商人の子らしくない喋り方だよね」
「そうだな。あいつ、ちょっと変わってるし」
「そう?」
「まあ、変わってる最たる者がお前だけど」
「えー、そう?」
今度は本気で不満げに答えたら、珍しくレオンが笑った。
「自分で気付いてないとか、ありえんだろ」
何か言うと怒られそうなので黙っていたが、シウよりもずっと、神官が嬉しそうだった。
この日、養護施設に残っている子で、働いてみたいと言う子を連れて中央地区の冒険者ギルドに顔を出した。
事情を話すと歓待に近い状態で、それが分かるのか、ついて来ただけという子も真剣に説明を聞いていた。
あれは、お菓子も効いていたと思う。
そんなわけで、中央地区には見習いの子がまた増えた。最初は礼儀作法を学んでからだし監督が付くこともあるけれど、養護施設ではしっかり教育していたらしく、翌日からはきちんと働ける子が続出したそうだ。
光の日も冒険者ギルドに顔を出すと、同じように掲示板の前でああだこうだと選んでいる子供たちと遭遇した。
「あ、シウ兄ちゃん。こんにちは。レオン兄ちゃんがお世話になってます」
と頭を下げるので可愛いやら面白いやらで、にこにこしてしまった。
「どれにしたの?」
「この、中庭の草むしり。これならできるかなと思って」
「あ、その家の人は優しいよ。頑張ったらすごく褒めてくれるし」
飲み物とおやつも出てきたが、そこは黙っておく。
女の子もいたが、心配なのか男の子が一緒についていくと言っていた。
子供を狙う犯罪に巻き込まれないとも限らないので、このへんはギルドからも散々注意を受けたようだし、神官の普段からの教えもあるのだろう。倫理観は他の子よりはしっかりしている。
「頑張ってね」
「はーい。じゃあ、またね!」
と、それぞれ掲示板の前で別れた。
シウは、ザッと見て、必要そうだと思った依頼を幾つか取って、窓口に向かった。
「クロエさん、お久しぶりです」
「シウ君! 良かったわ。エレオーラから引き継ぎで聞いていたけれど、ちゃんと顔を見たかったの。心配してたのよ、みんな」
「うん。ありがとう。幸い、学校の子も皆が無事だよ」
「そのようね。安心したわ。それにしても、まあ、エレオーラから聞いていたけれど!」
呆れたように笑って、ふふっと溜息のような笑いを漏らす。
「光の日まで仕事するなんてね。こちらとしては有り難いけれど、複雑な気分よ」
依頼書を確認すると、クロエは気を付けてねと送り出してくれた。
その日は、午前中に二つ、午後には四つ掛け持ちして朝から晩まで働いた。
充実した一日だった。
夜には、招待されたので養護施設にお邪魔して、初仕事おめでとうパーティーに参加した。こうした催しをよく行っているそうだ。
お客さんがいるのが嬉しいらしく、小さな子供たちは喜んで大騒ぎだった。
もちろん、フェレスは大人気だ。
さすがに赤ん坊に尻尾を掴まれて引っ張られた時は、嫌そうに鳴いていたけれど。
「にぁーにゃにゃにゃ」
助けてという視線に、笑いを堪えながら救出に向かったりもした。
もっともその前に、近くにいた女の子が赤ん坊を叱って手を外させていた。上の子は下の子の面倒を自然と見ているし、下の子は上の子を見て色々なことを覚えていくようだった。
神官の手はあまり入らず、子供たちだけで上手く回っている。
まあ、ここの神官はどうもおっちょこちょいの気があるようなので、子供からは「だめだよ、そんなこと言ったら」と注意を受けたりしていたが。
愛すべき大人、といった感じだ。
レオンが反抗期ということで、愚痴を零していたけれど、皆で食事しているときにはしっかりと下の子を面倒見ていて、良い兄貴ぶりを発揮していた。
この養護施設には望めば十八歳までいられるらしく、遅い時間に仕事先から戻ってくる「兄」や「姉」もいた。
その人たちを前にするとレオンも子供に戻るのか、ちょっと照れ臭そうにしていたのが興味深かった。
シウの手前、気負っていたけれど、兄に、
「なんだよ、大人ぶって。友達の前だからって気張るな気張るな」
と笑われていた。
姉たちからは、いつもお世話になっていますと頭を下げられて、それを真似する小さな子たちもいて、非常に面白かった。
こうした姿を子供は見ているのだなあ。
子供は鏡というが、本当だ。
たくさんの子供に囲まれて、シウは楽しいひと時を過ごした。
お酒を飲んだわけでもないのに、どこかふわふわとした気分で夜道を帰る。
送っていくよと言ったレオンに、フェレスという用心棒がいるから大丈夫と断って、一人と一頭で帰っていた。
子供たちと遊べて楽しかった気持ちのまま、足取り軽く歩いていると、急に通信が入った。
「(シウか。俺だ)」
また、オレオレ電話だ。相手はシウの返事を待たずに、そのまま疲れたような声で通信を続けた。
「(ようやく、終わったぞ。一応、見張りを置いてはいくが、撤退だ。俺たちは明日の朝に、軍は明後日の朝にはそちらに到着すると思う。お祭り騒ぎになるだろうから、楽しみにな!)」
王都が待ちに待った報告だった。
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