477 叱られる聖獣、今期最後の授業へ




 ラム酒入りのチーズケーキにチョコケーキ、ウィスキーボンボンはシュヴィークザームのお気に召さなかったようだ。

 それでも頑として食べたいと言い張った手前か、無理に食べようとするので止めた。

「さっきの人達にあげたら?」

 まだ廊下にいることは分かっていたのでそう提案したら、渋々、メイドに命じて呼びにやらせていた。

 戻ってきた王子2人は、ヴィンセントも食べたものだと知って喜んで口にしていた。

 お付きの人達の慌てた顔も、毎度のことだなあと風物詩のように見ていたら、2人の王子が騒ぎ出した。

「おー、なんという味だ」

「斬新だね。お酒を入れるなんて」

「僕はこのチョコというのは初めて食べたよ」

「わたしは以前フェデラルで献上されたので食べたことがあるよ」

 2人がわいわいやっている中、折角なのでお付きの人達にも「毒見にどうぞ」と勧めてみた。

 シュヴィークザームはすでに次のお菓子に目が移っていた。

「これはなんだ?」

「餅菓子だよ。搗き立てのお餅に黄粉と黒蜜を掛けて食べるんだ。さあ、どうぞ」

「うむ。……おっ? くっつく、が、むむ」

 最初は顔をカクカク動かして妙なことになっていたが、段々と口角が上がっていって、目が潤んできた。

「美味い。いつもの菓子とはまた違う甘味だ」

 豆大福餅も出したら、食感の楽しさに驚き、もちもちっとした魅惑にすっかりはまったようだった。以前あんこを食べているはずなので嫌いではないはずだと思ったが、気に入ってもらえて良かった。

「でもこれ、腹もちが良いからあんまり食べられないよ。ほどほどにね」

「うむ」

「じゃあ、他に新しいのは、これかな。残りは全部また移動しておくね」

「うむ」

 王子やお付きの人達は先程のお菓子を食べただけで満足していたようだった。胃袋の関係もあるが、普通はひとつ2つの量で止めるのだ。シュヴィークザームの食べ過ぎが気になるところだが、後でメイドにちゃんとご飯も食べているか聞いておこう。

 そんなことを考えながら作業を終えると、ヴィダルがシウに声を掛けてきた。

「とても美味しいものをありがとう。全部、君が作ったのかい?」

「はい」

「すごいね。将来はレストラン、いやカフェかな? そういったお店を出すの?」

「え? いえ、僕は冒険者で魔法使いなので、あちこちを回るつもりです」

 先ほど名乗った時に、省いていたようだ。ぼんやり別の事を考えていたせいだなと反省しながら、答えた。

「料理は趣味なんです。あ、美味しい物を食べるのが趣味、かな? 研究好きなので、食材を見付けては作ってます」

「へえ」

「シーカーに通っているって言ってたよな、君。じゃあ、研究の道には進まないのかい」

「あくまでも研究は趣味なので、やっぱり冒険者一択です」

「へえ」

 流れでなんとなく普通に喋っているが、これって大丈夫なのかなとお付きの人達を見た。彼等は毒見という以上のものを、黙々と食べていた。

 見なかったフリをして、シュヴィークザームの次へと伸びた手を止めていたら、またヴィダルに話しかけられた。

「ところで、この対価はどこから出ているのかな?」

「対価?」

「そう。これほど大量に、高価な砂糖も使われているのだ。当然対価が支払われているはず。しかし、陛下がそうした書類を出されたのを、わたしは見ていないんだ」

「そういえば、わたしの方でも聖獣管理基金の支出で見た覚えがないね。今日が初めてと言うならいざ知らず、すでに何度も来ていただいていると聞いたが」

「……我の羽をやったぞ」

「それは確か、昔シュヴィークザーム様が『抜け毛を拾ってなんとする』と仰られていた、例の羽のことですか」

「そこにいるチビどもに加護を与えてやった。その礼だ」

「ほう」

 部屋の温度が一度下がった気がした。

 2人の王子は、仕事はきちんとするらしい。笑顔でシュヴィークザームを見つめていた。


 仕入れてきた材料費だけでいいですよ、と2人には言ったものの、相応の分は支払うと押し切られてしまった。

 暗に借りを作りたくない、というようなことも含んでいたので受けることにした。

 貴族からも貢物はあるようだが、袖の下にならない程度に留めているようだ。あまりにも高価すぎると、いずれどこかで回収される恐れもある。

 特に時期的に社交界の季節ということもあり、庶民のシウがせっせと高価なお菓子を貢いでいるのはよろしくない。

 釘を刺されたのはシウでなくてシュヴィークザームだったので、彼もしょんぼりして反省しているようだった。

「今度は、内緒でおぬしのところまで飛んでいこうか。礼なら、使っておらん白金貨があるのでな」

「シュヴィークザーム様? ご冗談ですよね?」

 反省している、はずだ。たぶん。

 王子2人からしっかりと見つめられ、シュヴィークザームは肩を落としてソファに座りなおしていた。



 金の日がシウにとっては前期授業の最後となる。

 戦術戦士科でも夏休みの話題は出たものの、授業が始まるといつものように乱取りなどを行った。

 クラリーサ達女性からは、夏休み後に防御術の成果を見せると言われ、ずっと訓練を続けるつもりなのだと感心した。

 エドガールやシルトは里帰りするそうで、同じ方面だから共に行く約束をしたと教えてくれた。

 いつの間に仲良くなったのかと不思議に思ったが、食堂で話を聞いていたら、エドガールが歩み寄り誘ったようだった。面倒見の良い青年である。

 ディーノとクレールも飛竜で里帰りをするということで、今から緊張すると笑っていた。

「来る時は地竜便だったんだ」

「そう。金額は安いけど、時間がかかるからもううんざりでさ。父上に頼み込んだら、意外とあっさりお許しが出たんだ」

「それ、クレール様と友人になったって僕がお知らせしたからだよ」

「なんという現金な父上。……クレール、悪い。一度ぐらい遊びに来てくれる?」

「もちろん。君には助けられたんだ、それぐらい。というよりも、わたし達はもう友人だろう? 是非お邪魔したいし、わたしの家にも来てくれ」

 仲の良い話をしていて、シウも笑顔になった。


 食堂ではチラホラ生徒の数も減っていて、遠いところから留学している生徒ほど早めの出発となっているらしい。

 それ以外の地元の貴族出身者は、サロンへ行っていないことからも分かる通り下位であったり貧乏家らしく、夏休みのバイトについて話をしていた。

 シウは、近くに座る顔馴染みとなった人たちにギルドをプッシュする。

 今ならとても喜ばれる上に、引率もあってやりやすいよと。

 その気になった一部の男子生徒達は張り切ってギルドの情報を収集し始めた。



 午後の新魔術式開発研究のクラスでは夏休み前とは思えない、通常進行で始まり、終わった。

 誰も夏休みの話をする者はおらず、矢のように進むヴァルネリの口上に余計な会話は一切挟めず、ひたすら授業を受け続けていた。

 5時限目の補完授業の時も、シウはヴァルネリを横に張り付かせてラステアの話や他の生徒の解釈を聞いて過ごした。

 そのうち、聖徳太子になれるのではないかと、最近は思い始めている。


 授業が終わると引き留められないうちに皆へ挨拶して、今期の授業を終えた。

 アラリコにも挨拶に行くと、今時珍しく礼儀正しいねと言われてしまった。

 ロッカールームなどへの伝言見逃しを防ぐためだったので、恥ずかしくなって顔が赤くなり、正直に話したら笑われてしまった。

 ついでにというと失礼だが、トリスタンの執務室へも行ってみた。

 世間話をしてから、何気なくヴァルネリのことを話してみた。

「ヴァルネリ先生のような人には、トリスタン先生のようなしっかりした方が傍で共同研究した方が良いような気もするんですが」

「わたしも同じことを考えたことがあるよ。でも、きっと一緒だと、腹が立って血管が切れると思う」

 この世界でも興奮すると頭が切れるという言葉があり、脳の血管がどうかなるということまでは分かっているので、このような比喩も出てくる。

 シウが苦笑すると、トリスタンも肩を竦めて笑った。

「お互い研究者でもあるから、それぞれの考えた案に絶対の自信もある。他人に掻き混ぜられるのを好まないという気持ちはよく理解できるから、無理強いもできないのだ」

「あ、そうか。そうですね。すみません、軽はずみなことを言って」

「いや。一度ならずも考えたことだ。それがとても良い手だということも分かっている。ただし、彼と長く共にいられるかというと、そうではない。あの破綻した性格に付いていけるものはそういないだろう。折角の天才の能力も、どこかに欠けがある。しかし人とは得てしてそのようなものだろうと思う。人生とはままならないものだね」

 含蓄のある言葉に、シウも静かに頷いた。

 今正しくそのような人生を進む人が、いる。

 この世に望むままに生きられる人がどれだけいるだろうか。

 そう考えたら、シウは幸せだ。

「先生、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします」

 深く頭を下げて感謝の気持ちを沿えた。

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