297 変人三人集まれば
授業を詰め込む生徒はあまりいないらしく、よっぽど勉強が好きなんだねと言われてしまった。
「あなた方に言われたくないんですが」
二人とも顔を見合わせて同時に首を傾げていた。
「僕らのは、勉強じゃあないんだけどね」
「そうだよねえ。趣味? だよね」
「そっちの方が変態じゃないですか」
そう言うと、二人とも嬉しそうに笑うのだった。
変態と呼ばれても嬉しそうなのが、変人たる所以だ。おそろしい二人である。
「そういえばアラリコ先生やジェルヴェ先生が、本当は古代語解析と魔術式解析作成を飛び級させなきゃならないと仰ってたよ。ただ、専門科目でたびたび飛び級させると目立つし、シウのためにならないだろうから仕方なく置いてるんだって」
「え、そうなんですか? 僕にはもう少ししたら新たな授業内容になるからそれまで課題をって言ってたのに」
「あの課題、もっと上の研究生用だよ。それさえ答えを書いてくるから、もう作るのが嫌だってぼやいてたもの」
「そうなんだ」
「あ、じゃあ、君たち、来年は古代語魔術式解析に来られるかな?」
「カスパル先輩が行くなら、そうなるかも」
「お守り役、ありがとう」
道化師のような言い方で演技をするので、ファビアンが笑った。その顔のまま、シウに向かう。
「君には新魔術式開発研究にも来てほしいのだけど」
「いや、それはどうかな」
「なんだい、カスパル。君は反対なの?」
「反対というか、シウはもう自分で開発したものを商品として売り出しているからね。今更学校で学んでも意味がないんじゃないのかな」
「ええ?」
「むしろ、授業で習ったのだろうと言われて、特許申請に横やりが入る可能性だってある。先生方も慎重になると思うよ」
複数属性術式開発科でもどうかと思っていたと、カスパルには言われた。
レベル的には新魔術式開発研究の方が上級クラスになり、複数属性術式開発までならセーフっぽい。つまり、シウの開発レベル的には上級クラス以上が気をつける範囲のようだ。たぶん、受け持ってくれる先生の意識にもよるのだろう。複数属性術式開発の担当がトリスタンで、良かったのだと思う。
「残念だなあ」
「まあ、シウの新商品を待ちたまえよ」
にやにや笑うので、ファビアンも気付いたようだ。
「……何か、面白いのがあるの?」
身を乗り出して聞いてくるので、シウのみならず、部屋にいる誰もが苦笑していた。
先に、そろそろおやつの時間だからということで、強請るファビアンを宥めておやつタイムになった。
リュカのために席を外そうとしていたシウに、ファビアンもカスパルも同席していいというので、メイドに頼んで連れてきてもらうことにした。
スサに抱っこされ客間にやってきたリュカは、知らない面々を見て驚き泣きそうな顔をしたものの、シウの腕の中に納まると笑顔を見せて落ち着いた。
「もう、完全に雛だね」
「可愛いねえ。わたしも、子供は早く欲しいな」
ファビアンが本気か冗談なのか分からない顔付きで呟く。彼は一貫して、ほんのり笑顔の人だが、心の奥底の本音というのが見えてこないタイプだ。貴族らしいおっとりとした雰囲気もあって、不思議天然系のようにも見える。
「となると結婚相手を探すのかい?」
「それが面倒なんだよね。さすがに愛人だけ先に作るというのは体裁が悪いし」
「いくら君でもそこは真面目なんだね」
二人とも、子供の前で大人の発言だ。
シウは聞こえないフリをして、リュカに音遮断の魔法をかけた。
おやつはファビアンの来訪に合わせてメイドが購入してきた有名店のもので、ただしシウたちはシウが作ったものを隣のテーブルで食べるつもりだった。
同じテーブルではまずいので、騎士や従者たちと一緒に座ったのだが、ファビアンから見えたらしく、興味津々で立ってまで覗きに来た。
「……そっちのも美味しそうだね」
「えーと、食べます?」
「うん」
ということで、シウの分を手渡した。
「君のをもらったら、ダメじゃないか。交換しよう」
「いえ、余分に作ったので。それにせっかくご用意したので、そちらもどうぞ」
「そう?」
甘いものが好きらしく、素直に受け取って食べていた。
カスパルもジーッと見ているので、メイドが笑いを噛み殺しつつ、取ってまいりますと言って部屋を出て行った。
その間に、シウはリュカにおやつを食べさせた。
途中で、
「僕、もうおなかいっぱいだから、シウ、食べて」
と可愛いことを言う。シウの分がテーブルにないのを見て、そんなことを言い出すなんて本当に優しい子だ。
ちなみにフェレスは、全く気にもしないで真っ先に食べていた。それはそれで可愛かったけれど。
「僕の分は、もうすぐ来るよ。だから食べていいんだよ」
「でも、おとう、あとで食べるって言ってた、のに、食べてなかったよ」
「……そうなんだ」
「お水、飲んでたの。だから、僕、おとうがちゃんと食べるの、みはってたの」
リュカの父親のことを考えると、胸が痛くなる。どれだけリュカを思っていたのだろう。残して逝くのは辛かったに違いない。
「……じゃあ、もらおうかな。それで、後から来た分を、また分けっこして食べようか」
「うん!」
嬉しそうに笑うので、リュカの林檎パイを切り取って食べた。
そうしたら、隣のテーブルから、
「わたしがとても悪い人間に思えてきた……」
呪詛のような低い声が聞こえてきて、笑ってしまった。
林檎パイは大人気だった。
あまりに褒められたので、お土産として包むことを約束した。ついでに干し柿のケーキも追加することにした。
毎回作る時は多めに作って空間庫へ保管したりしていたが、今回は作った分が全て捌けてしまった。
その後、皆で外へ出た。
曇り空ではあったが雪は降っておらず、屋敷内よりも良いという判断でだ。
懐炉を皆に配り、目新しい魔道具を見せる。
《竈作成》や《防火壁》の良さはファビアンには通じなかったが、何故か《簡易トイレ》は受けた。
もしかしてやっぱりカスパルと同じで、トイレに思い入れがあるのだろうかと思ってしまった。
《使い捨て爆弾》は騎士たちが興味津々だった。
そして、《飛行板》を見せた時はファビアンが一番テンション高く喜んでいた。
使いたい使いたいと言うのだが、風属性魔法がないと無理だというと分かり易く落ち込んでいた。
ゾーエが風属性持ちなので代わりに乗ると言って、それでなんとか納得してもらえた。
シウがゾーエに説明し、使って見せてから渡すと、一度ふらついたぐらいで簡単に乗りこなした。今まで試運転に付き合ってくれた人の中で一番上手に乗れていた。
そのことを告げると、年頃の少女らしく頬を赤らめて喜んでいた。
ファビアンも自分のことのようにはしゃいで喜んだ。
「商品化したら絶対買うよ!」
「この型式のだったら一般にも売り出すかもしれませんが、基本的には冒険者仕様なので売りませんよ?」
「えっ。じゃあ、誰でも使える飛行板っていうのは、買えないの?」
そんなーと悲壮な顔をするが、ゾーエともう一人の従者オリオがファビアンを宥めていた。
「いけません、坊ちゃま。たとえご購入されても乗ってはいけません」
「そうです。第一、ファビアン様には乗りこなせないでしょう?」
意外ときついことを言う。
騎士たちも、
「ファビアン様は運動神経がよろしくないので、無理でしょうね」
「怪我するだけですよ。お父上にまた叱られますからお止めになりましょう」
などと言っていた。
「見るからに向いていなさそうなのに、どうして自分で乗れると思うのか不思議だよ」
止めにカスパルが、にやりと笑って言い放った。
「……君だって武芸は苦手なくせに」
「そうだとも。だから、僕は剣も握らない」
カスパルは自信満々に胸を張って答えていた。
ファビアンたちが辞去すると、自然と遊戯室に集まった。
晩ご飯までには時間があるので、リュカと遊びながらカスパルに尋ねた。
「獣人族のハーフって、皆分かるみたいだけど、どこで区別してるの?」
カスパルは暫く天井を見て、腕を組みつつ、うーんと唸った。
ダンや、スサたちも首をひねっている。
「……気配?」
「えー、そんなこと?」
「見た瞬間に、純粋な獣人族には威圧感? 存在感のようなものを感じるからねえ」
「そうなんだ」
「……そういえば、シウは威圧感に強いね」
「えっ」
「偉い人を相手にしても全く気にしていないし」
その時、ルフィノがアッと声を上げた。皆がそちらに視線を向けると、頭を掻きつつ教えてくれる。
「魔獣スタンピードの発生時にたった一人で抑えたほどだから、威圧感には耐性があるというか、元々感じないんじゃないだろうか。そういう人は獣人族程度の気配には動じないのだと思う」
そうかーと納得しかけたのだが。
「つまり、あれだね。シウは鈍感ってことだね」
そんな言葉で、カスパルに話を締め括られたのだった。
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