298 大規模討伐の前段階と荷運び仕事




 シウが鈍感だという話で終わったものの、その後に、獣人族のことをいくらか教えてもらった。

「ああ、そう言えば。獣人族は鼻が良いので、人族の違いもよく分かるそうだよ」

「獣人族の匂いは、フェロモンの一種だとも言うね」

 匂いや雰囲気が濃いので、人族でも獣人族の違いが分かるそうだ。

 ハーフはそうしたものが薄いということだった。見た目にも彫りが深くないなど、違いがあるという。

 シウには全く分からないので、そう言ったら、カスパルもダンも、ルフィノたちも苦笑した。

「君、そもそも、あんまり人間の美醜に興味ないよね?」

「え?」

「だって、誰かの話をする時でも、見た目について語ることないだろう? 年頃なのに、誰が可愛いだとか、そうしたことも言わないし」

「はあ」

「まあ、君自身、ちょっと薄い顔付きではあるよね」

 その自覚はあったので、頷いた。

「シャイターン風かな。イオタ山脈のあたりで拾われたんだったね」

「うん」

「もしかしたら、そちらから来た人たちの子供なのかもね」

 シウも、そして爺様もそう考えていたらしいので、うん、と答えた。

「あ、でも、薄い顔付きだけど、愛嬌があって可愛いと思うよ」

「はあ」

「ほらね。あんまり気にしてない。君は面白いなあ」

「……でもカスパル先輩も、気にしてないよね?」

「まあね。男だし、顔で結婚するようなこともないし。貴族は親が決めてくれるから楽だよ」

 カスパルらしい発言だった。

「女性の場合は大変だけどね。姿絵とか、すごく手を入れてるらしいよ。実際に会ってみて詐欺だって、笑い話もあるほどだから」

「はあ」

「サロンではそんな話ばかりなんだ。うんざりするよ」

 シウのことを散々言うくせに、自分自身も相当面白いということに、気付いてほしいものだ。

 ともかくも、獣人族のことが少し分かった。

 またカスパルの話しぶりからも、シュタイバーンではラトリシアほどハーフに厳しくないと分かったのでそれも良かった。

 今回、リュカを正式にブラード家で見るということになり、書類上は書生扱いとなった。カスパルの留学が終わればシュタイバーンに連れて戻るので、今後のことを考えてホッとした。



 風の日になると、シウは朝早くから冒険者ギルドへ顔を出した。

 スキュイもいてお互いに昨日のことをまた話したりしていると、ルランドたちがやってきた。

「来てくれたのか。もしかして、現地に荷運び行ってくれるとか?」

 期待の目で見られたので、はいと頷いた。

「まだ、整備までは進んでないんですよね」

「残党狩りは目途が付いたんだけどね。そのへんはさすが宮廷魔術師だと思うよ。ただ、整備を頼みたかった宮廷魔術師が行ってなくてね。進んでいないんだ」

「そうなんですか」

「それと、君が言っていたアイスベルク方面の大型魔獣なんだが、エルフ族からも情報が届いたんだ。様子がおかしいので探索していたそうだよ」

「じゃあ、やっぱり」

「グラキエースギガスだろうと結論付いた。近くまで寄れないので、憶測なんだが。君の言っていたことは間違いなかった」

「そうですか」

「その情報を伝えたために、応援の宮廷魔術師二人も現地で待機してくれている。これから兵や冒険者を含めた大規模な討伐を行うので、物資輸送も増えるところだったんだ」

 騎士団も向かうそうなので、その準備として荷物が必要らしい。

 ルランドと話していたら、タウロスが割り込んできた。

「空間魔法持ちの宮廷魔術師も出てくるようだが、荷運びごときをさせられないんだと」

 偉そうに! と、鼻息荒く声を上げていた。

 ともかくも、空間魔法持ちの宮廷魔術師は直前になって合流するそうだ。

 そうしたわけで、大量の荷物は専用の荷馬車でも運んでいるが、全く足りていないからシウが来てくれたら有り難いなーと思っていたそうだ。

 大容量の魔法袋持ちの冒険者は現在ルシエラにはおらず、残りは中途半端な大きさなのであまり利用価値が無いそうだ。

 つまり、大容量の魔法袋を持った騎獣乗りが、一番向いている仕事なのだった。

 昨日来れなくて申し訳なかったなと思い、謝ったら、

「いやいや、そういう意味じゃない。それに、本当に心底困っていたらお屋敷にまで押しかけていたよ」

 と笑われた。

 とにかくも、シウは今日一日、できるだけ荷運びをするということで依頼を受けることになった。


 相変わらず非常事態扱いらしく、堂々とギルド前からフェレスに乗って飛び立った。

 周辺の市民も冒険者ももう誰も驚きはしなかったが、やっぱりフェレスには応援の言葉が掛けられていた。フェレスも慣れたもので、応援してくれる人たちに向かって尻尾をゆーらゆらと振り、謎のアピールをしていた。

 やる気満々のフェレスは、現地まで一時間弱という最短記録で到着した。

 宿営地にはどういうわけか騎士団などが居座っており、冒険者たちの姿は見えなかった。探知すると少し離れた街道にテントを張っている。

 上空を飛んでいると、兵の数人が何か言っていたが無視してテント近くに降り立った。

「おはようございます。どうしてこっちに?」

「よう。久しぶりだな。そうか、学校は休みか」

「おー、シウ、元気か? そうそう、俺たち追い出されたんだよ」

 リエトとククールスが出迎えてくれた。ククールスはやってられねえぜ、とぼやいている。

「シウが俺たちのために整備してくれたってのに」

「え、じゃあ、竈とかも使えないの?」

「そう。だからかったい非常食用のパンだとか、クソ不味いニクスルプスの肉入りスープがちょろっとだけ」

「ひどいなあ」

「だろ?」

 ラトリシアの宮廷魔術師や騎士たちの行為に、益々嫌な気持ちになった。

「荷物を置いてきたら、あとで冒険者用に整地するね。ククールス、どこか良い場所あったら教えて」

「よっし、任せといて。シウ様様だー。助かる!」

 ククールスが喜んで、リエトたちも嬉しそうながらも、申し訳ないなあと言ってくれた。

 この日は待機日だからと整地の手伝いを申し出てくれたが、シウは手伝いはいいから引っ越しだけ頑張ってと伝えて、またフェレスに乗って飛んだ。


 宿営地まで行くと、兵に誰何されたので依頼書を見せた。

「……魔法袋持ちで荷運びの? お前のような子供が?」

「依頼書をご覧ください」

「……念のため、ギルドカードを見せろ」

 偉そうな物言いだなあと思いつつ、ポケットから取り出してみせた。

「十級か」

 ふん、と鼻で笑われた。

 それからチラッと隣で欠伸をしているフェレスを見て、頷いた。

「幸運に恵まれたクチか。分かった、倉庫へ行け。そこに係の者がいるからな」

 余計なことはするなよと命じられて、溜息を噛み殺しつつ向かった。

 倉庫でも、まるで泥棒しないか見張られているようで感じが悪かった。

 宿営地を歩いている最中も頻繁に鋭い視線を受けるし、出ようとすればまた例の兵士が声を掛けてきた。

「その騎獣を売れば、相当な金持ちになるぞ。俺が口を利いてやってもいいんだがな」

 思わず、目をぐるりと回してしまった。

 なんとも言えず、返事をせずに出て行った。

 後ろから何か怒鳴っていたものの、所詮相手はただの兵士だ。怖くもなんともなかった。


 街道まで戻ると、ククールスが雪崩の向こう側に良い場所があると言ってフェレスに乗ってきた。

 向かいながら先ほどの事を話すと、

「だろ? あいつら、本当に態度悪いんだ」

 表情は見えなかったが相当渋い顔をしている風な声で、愚痴を零した。

「どうせ相手にならないし引いたけどさ。騎士団の方はまだマシなんだけど、今回の宮廷魔術師がなあ」

「率いる人によって違うんだね」

「兵も阿るからな。騎士団の方はある程度地位があるから、踏ん張ってくれるけど」

 喋っているうちに到着した。

 確かに土地を探知するとしっかりした場所だと分かった。

 そこに、土属性魔法を使って簡易の建物や四阿、竈を作った。

「一度ルシエラに戻ってまた荷運びするので、その時にお昼ご飯を作りますね。温かくて美味しいのを作ります!」

「やった! シウの作る料理は美味しいからなあ。前回といい、今回も悪いな!」

「ううん、料理は好きだし、美味しいって食べてもらえると嬉しいから」

「はは、尽くす女みたいなこと言うなあ。お前、変な女に引っかかるなよ?」

 見た目は繊細で爽やかなエルフの青年なのに、ククールスはいろいろと残念なタイプらしい。

 王都に戻ったら良い娼館を教えてやるとか、悪い大人の発言をしていたククールスだが、追いついてきた冒険者の一人のドメニカという女性に殴られていた。

「子供に妙なこと教えてんじゃないわよ! この腐れエルフ!!」

「お、お前、本気で殴っただろっ」

 わいわいやって、引っ越し作業を終えていた。

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