299 国への請求とピストン輸送
ギルドへ戻ると、また荷物を魔法袋に詰め込んだ。
その時に、作業しながら兵たちの態度の悪さを申告した。
「ひどいな、それは」
「子供だから心配なのかもしれないが、確認するとしても、頼んでやってもらっている仕事なのに……」
ルランドたちは眉間に皺を寄せて、シウの話を真面目に聞いてくれた。
「最初の宿営地から、冒険者たちを締め出しもしていましたよ。新たに雪崩が起きた向こう側に良い土地があったから、整地しましたけど。今後、あそこを兵たちの前線にするなら、また取られるかもしれない。最初の分もそうだけど、国がそうした態度を取るなら僕は善意でやったことを翻します」
「もちろんだ。最初の作業についても、支払うつもりだった。こちらの都合で遅れていたが」
「ギルドには請求しません。国に吹っかけておいてください」
むくれて言ったところ、ルランドたちに笑われた。
「シウでも怒るんだなあ」
「まあ、本気で怒ってんじゃないのは分かるが。可愛いな、ぷんっとした顔して」
はははと、笑って頬を突かれてしまった。それがまるで幼い子にするような行為だったものだから、恥ずかしい。
「まあまあ。ほら、ルランドもからかうんじゃないよ。とにかく、ニクスルプスの討伐費用も吹っかけていたが、言い値で払ってもらえるようだし、更に追加交渉しておくよ」
コールが任せておけと胸を叩いたので、有り難くお願いした。
「お昼ご飯を作る約束したから、戻りは少し遅くなるけど、午後に二回は行く予定だから準備だけお願いします」
「助かるよ。これで相当数の馬車便を減らせる。人も集まらない時期だから有り難い」
「でも、無理はするなよ。シウにだけ責任をおっかぶせるつもりはないんだから」
「はい」
返事をして、またフェレスに乗って飛び立った。明るくなってきたせいで、見送る人も増えており、フェレスはやっぱり尻尾をゆーらゆらと振ってあげていた。
今度の荷卸しは特に誰何もされず、素直に通された。
ただし、宿営地を出る際には幾人かの兵士たちに絡まれそうになった。
相手にしていられないので、スッと避けてフェレスに乗ると、さっさと飛び上がったが、またしても何か怒鳴っていた。
シウがつーっと飛んで行ったせいで、彼等のうちの一人が騎士のところへ向かっていた。感覚転移して聞いてみると、告げ口しているようだった。
偉そうな冒険者の子供がいて困っているとか、騎獣を持っているので取り上げた方が良いなどと、言いたい放題だ。
幸いというのか、相手をした騎士は不快そうに兵を見て、侮蔑の表情で叱っていたので卑劣な話はそこで終わっていた。
あんな人ばかりだったら良いのになと思いつつ、第二宿営地へ到着した。
暫くの間、不味い料理ばかりだった冒険者たちに、シウはせめてもの慰めとしてせっせと美味しいものを作った。
前回の時に討伐していた岩猪などは、担当の人が数え終えたので地中に埋めて凍らせていたそうだから、一匹解体してもらった。
残りは王都まで運んで処理するそうだ。帰りの便で持っていくことを請け負った。
「先に、あったかい野菜のシチューからどうぞ。ちょっとピリッとするけど、生姜だからね」
「へえ、スープに生姜を入れるのか」
「肉の臭み消しだけじゃないんだな!」
皆、保温機能のついた皿にスープを入れて、あついあついと言いながら食べた。
数少ない女性のドメニカは、シウの横で作業を見ながら食べている。
「手際がいいわねえ。シウ、あたしたちのパーティーに入らない?」
「お前、メシ担当で呼ぶつもりかよ」
「だったら俺たちのところに来いよ。戦力にもなるわ、料理作れるなんて、最高だろ」
「あら、あんたのところだとシウだけ働くことになるじゃないの。そんなの可哀想よ」
皆、顔見知り同士らしく、楽しく笑って食べていた。
岩猪の焼き肉や、ステーキ、それから酢豚などを作ると奪い合いが始まったものの、おおむね団欒となった。
おにぎりもパンも、とにかく温かいからだろう、出すもの全てに喜んでくれる。
調子に乗ってデザートも出したら、ドメニカには抱き着かれて本気で雇用計画を立てられてしまった。
「シーカーを卒業してからでもいいの。どうかしら? もちろん、取り分は一番多くするわ。なんだったら、一番下の妹を紹介するわよ」
すごいことを言われたが、ククールスにすぐ突っ込まれていた。
「俺のこと殴ったくせに、お前も同じこと言ってるじゃないか」
「娼館と、女友達をどうかって話を一緒にしないでよ」
二人が喧嘩のような言い合いを始めてしまったので、シウはソッと離れた。
たぶん、この二人はこうして言い合いをするのが楽しいのだろう。
「お前、そんなだから貰い手がないんだぞ? あと、料理は見ていても上達しないんだからな」
「うるさいわね! 料理なんてできなくてもいいのよ。大体、貰い手がないんじゃないわ。つまんない男ばっかりだから相手にしないだけよ」
……たぶん、楽しいのだと、思う。
昼ご飯のあとにも、二度、荷運びを行った。
合間合間にルランドへの報告も忘れない。自動書記で記した報告書も提出した。
なにしろ移動の間は暇なので、そうしたことも考え付いてしまう。
帰りの便で討伐した魔獣を運んだりもしたので、職員の仕事が増えたのが申し訳なかった。
途中で残りは置いてきた。天然の冷蔵庫に勝るものはないからだ。
四回運んでから、もう一度行くことにした。冒険者たちの物資が残り少なく、あの状態の、国の討伐隊から分けてもらうことは難しいのではと思ったからだ。
ギルドもそのことは危惧していて、シウの申し出に乗ってくれた。
「本当に君にはいろいろ申し訳ないね」
「いえ、乗りかかった船だし。明日に回すのもどうかと思うし」
「しかし、帰りはもう夜になるんじゃないのか」
「夜間飛行にも慣れているので大丈夫です。訓練にもなるので」
「そうか。いや、すまない。荷は急いで用意したものがあるから、頼む。分類されてないんだが、まあそれは向こうでやってもらおう」
「じゃあ、詰めていきますね」
倉庫に行って、急いで魔法袋に詰め込むと、また飛び立った。
フェレスは律儀に尻尾を振って皆に愛想よくしていた。気分はアイドルのようだった。
冒険者たちの、第二宿営地に作った倉庫へ荷物を置くと、シウはリエトたちから追い立てられるように「早く帰れ」コールをもらった。
心配してくれているのだ。
その為、挨拶もそこそこにまたルシエラ王都へと帰路を急いだ。
フェレスに、もう今日の仕事は終わりだから記録に挑戦してみる? と聞いたら、喜んでやるやると答えたので弾丸スタートを切った。
今までで一番早く飛んだので、時間はなんと三十五分だった。
「フェレス、すごいね!! 速くてびっくりしたー!!」
「にゃにゃん!」
ふふんと嬉しそうに尻尾を振っていたが、ギルド前に到着した時にはちょっと足がよろめいていた。
魔力はまだ残っているが、少々疲れたようだ。
「やっぱり疲れてたんだ?」
「にゃにゃ!」
ちがうもん、とのことらしい。
「だったらいいんだけど、僕には言ってね? フェレスが無理するのは、僕嫌だから」
「……にゃん」
「フェレスが大事で好きだから言うんだよ。分かった?」
「みゃー」
可愛く、うん、と答えてくれた。
照れたのかくねくねと体を捩って、シウに体を擦り付けてくる。
「はいはい、甘えたいの。でもちょっと待ってね、報告してくるからね」
「にゃー」
「家に帰ったら、いっぱいマッサージしてあげるから」
「にゃあん!」
わーいと喜んで、可愛くその場にお座りした。前足をきちっと揃えて座る姿は、いつものフェレスらしからぬ賢さが見える。
数人の見物人からも、可愛いーという声が聞こえてきた。
でも今度はフェレスは尻尾を振らなかった。ジッとシウのことを見て、早く帰ってきてね、という顔だ。
シウは急いで報告に行き、話を最速で済ませるとギルドの入り口に走った。
フェレスはまだ前足を揃えたまま座っていた。尻尾がくるんと並んだ前足に回されており、どこか高貴な猫のようにも見える。
「偉いね、ちゃんと静かに待ってたんだね」
「にゃん」
そうだよ、といつもの返事。
シウが前に立つと、途端にごろんごろんと転がって、いつものフェレスに戻ってしまったが。
どちらも可愛いので良いのだが、ここはギルドの入り口だ。
「ほら、早く帰ろう。あと、ここでそういうことすると邪魔だからね?」
「にゃ……」
ぶー、と拗ねたような返事で、フェレスはすまし顔に戻って歩き始めたのだった。
見ていた数人の冒険者たちは笑いを噛み殺して、シウに手で挨拶していた。
今日はお疲れ様、といったことらしい。
シウも軽く会釈してギルドを後にした。
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