296 問題終結とカスパルの友人




 その日のうちに、スキュイと役人、神官が一緒になって奴隷商のチェルソの店に向かった。

 念のため「知り合い」の憲兵も同道したようだ。憲兵はより警察機構に近い部署なので、ようするに逮捕ができる。その場でなんとかする気満々というわけだった。

 そして、リュカの父親が奴隷になった経緯も聞いてくれるそうで、事と次第によっては罪に問えるとか。

 幼い子供を娼館にあげると脅し、隷属しろと迫った話は大問題だ。

 父親は最後までリュカを守り、死んでいった。

 彼のためにも徹底抗戦すべきだった。


 リュカは神殿でたくさんの人に囲まれたことや、話し疲れたせいで屋敷に戻ってからは晩ご飯も食べずに寝てしまった。

 離れたくなくて、シウも一緒にいた。本当は奴隷商のことが気になったのだけれど、そうしたことは大人に任せることにした。



 朝になってスキュイたちが訪ねてきた。

 カスパルは学校へ行っていたが、ロランドとシウが立ち会った。リュカはスサに抱っこされて客間の端で待っている。フェレスが寝転んでいるので、二人ともそこに座り込んでいた。

「証拠を突きつけましたので捕まえることができました。誓言魔法と書記魔法が効きましたね」

「なんだかんだと言い訳したり言い逃れしてましたが、神官が相手ではね」

 役人さんも頑張ったようだ。少々疲れた顔をしていたが、晴れやかな笑みを見せていた。神官もホッとしているようだった。

「他にも奴隷の扱いがひどいとの報告も出てきて、ようやく監督官も動く気になってくれました」

 それから神官はリュカを振り返って、微笑んだ。

「よく頑張ったね。リュカ君がお話をしてくれたおかげで、悪い人を捕まえられたよ」

 リュカはきょとんとしていたが、神官に褒められたことは分かったようで頬を赤くしてえへへと小さく笑った。

「神様は、リュカ君のことも大事に思っているからね。君はとっても偉かった。神官が怒ったりぶったりすることなんて、ないんだよ」

「……そうなの?」

「そうだよ。もちろん、リュカ君が悪いことをしたら叱るけどね。たとえば、人のものを盗んだり、何もしてない人を叩いたりしたら、ダメだよね?」

 リュカに近付いて、諭すように優しく語りかけた。

「うん。そんなことしちゃ、だめだよ」

「そう。悪いことをしたら、してはだめだと叱る。でもぶったりはしないよ」

「……僕、おとうがわるいことしちゃだめって言ったから、しないよ? シウが、いいこいいこしてくれたから、僕も、いいこいいこするの」

「そうか。やっぱりリュカ君は偉いね。お父さんはとても良い人だったんだね」

「……うん」

 少し涙ぐんだリュカに、神官は更に近寄ってその手をソッと握った。

「お父さんのために、お祈りしようか。神様の元へ行けるように。また神様の所でリュカ君と出会えるように」

「うん!」

 いつか出会えるのだと聞いて、嬉しくなったようだった。

 リュカは神官の祈りの言葉をたどたどしくなぞっていた。

 流暢でもなんでもないのに、今まで聞いた祈誓の中で一番心に沁みるものだった。



 お昼にカスパルと、その友人が屋敷に戻ってきた。授業は午前で終わったようだ。

 改めて挨拶することになった。

「ファビアン=オデル、辺境伯の第一子で、十九歳だ。君のことはカスパルから聞いている。ようやく会えて話ができるので嬉しいよ」

 手を出されたので、高位の相手に対する礼をして握った。

「同じ学生なのだから、敬称なしでお願いする。できれば君のことも、シウと呼びたいのだけれど?」

 シウは苦笑して、どうぞと了承した。

 彼には騎士が二人、男性と女性の従者が一人ずつ付いて来ていた。護衛ではなく騎士位だったので、一緒に客室へ入ってきた従者たちは部屋の端でひっそりと気配を消して佇んでいる。全員、よく訓練された兵のようだった。

「ところで獣人のハーフの子は、今日はいないのかい?」

「早いけどお昼寝させてます。午前中にスキュイさんや神官様が来ていて、事後を話してくれたりしたのでちょっと疲れてるみたいなんです」

「そうか。上手くいったようで良かったよ」

「お手伝いいただいてありがとうございました」

 頭を下げたら、敬語もなしでいいよ、と腕を軽く叩かれた。頭も下げる必要はないという仕草だった。気さくな人だ。

 そこにカスパルが入ってきた。帰宅して着替えのため部屋へ行っていたのだ。

「あれ、まだ座ってないの? お客人を立たせたままにするなんて」

 苦笑しつつシウとロランドに視線を向けた。怒っているというわけではなく、単純に軽く口にしただけという感じだったが、

「ごめんなさい」

「申し訳ございません」

 シウとロランドは同時に謝った。確かにカスパルの言う通りだからだ。

「ああ、いいよいいよ。僕が勧めに従わずに話をしていたのだし、挨拶するには立ったままというのが正しい礼儀作法だ。わたしはラトリシア貴族の出身だが、辺境暮らしなので気楽な方が好きだ。君たちも気にしないでね」

 ファビアンは笑って手を振った。

 それから、確かに貴族の嗣子と言う割には少々豪快な座り方をして、

「あー、学校も疲れるねえ」

 などと嘯いている。

「君は猫かぶりだからね」

「ふふふー」

 見た目は違うのに、似たような雰囲気の二人だった。

 シウがお邪魔だろうと席を外そうとした時も、同時に、どこへ行くのと声を掛けられた。

「話をしたかったのに」

「だってさ。シウ、今日はもう冒険者ギルドへは行かないんだろう?」

「はい」

「じゃ、ファビアンの相手をしてやってよ」

「はあ」

 なんだか変な予感しかないのだが、カスパルに言われるとしようがない。

 またソファに腰を下ろした。


 ファビアンは二年先にシーカーへ入学したそうで、現在は必須科目を全部修了し、研究科を三つ受けているそうだ。

 古代語体系研究、古代語魔術式解析、新魔術式開発研究で、カスパルが学ぼうと思っている科目ばかりだった。

 仲が良くなるはずである。

「カスパルも受けたらいいのに、授業を詰め込みたくないと言って来年に回すそうなんだ。信じられないよ」

「君だって一年目は研究科を受けていなかったんだろう? ゾーエに教えてもらったぞ」

「ゾーエ、君、バラしたの?」

 後ろを振り返って文句らしきことを言っているが、顔は笑っている。

 ゾーエというのは侍女の女性で、侍女という役割からすれば魔法スキルは相当高い。

 彼女はにっこり微笑んで、はい、と答えていた。

「坊ちゃまは、何事も嫌なことは最初に片付けておきたい性質でございますから、一年目で必須科目を制覇いたしましたと申し上げました」

「やなことを言うね。どうせわたしは美味しいものを後で食べるよ」

 カスパルは苦笑して、返した。

「僕はどっちも食べたいなあ。だから、必須科目もほどほどに、残った時間で読書三昧さ」

「カスパル先輩は、朝一番の授業は入れてませんしね」

 シウが茶化すと、カスパルは肩を竦めて、だってと口を尖らせた。

「朝からあくせく働きたくない」

「貴族らしいねえ」

「貴族ですから」

 この場にはダンもいたけれど、彼は会話には混ざらなかった。従者として立場を守っているのだ。話しかけられなければ口を開かない。

 シウが彼等と対等に話しているのはあくまでも「同じ学校の生徒」というくくりだからであって、卒業したら貴族と庶民(あるいは流民)という扱いになるのだろう。

「シウも、来年は古代語魔術式解析あたり、受けるんだろ?」

「どうでしょうか。一応カスパル先輩のお守り役として来いとは言われてますが」

「先生から?」

 少し驚いた顔をするので、はい、と頷いた。

「アラリコ先生の方か、もう一人の先生になるかは分からないけれど、そう言われました。この人、のめりこむと突っ走るので」

「シウに言われたくないなあ」

 あはは、とシウとファビアンの二人で笑った。

「それに今も研究科の、古代遺跡研究、魔獣魔物生態研究、複数属性術式開発を受けてるので、これ以上増やすのはどうかなあと思ってるんです」

「君、そんなに受けてるの……」

「ファビアン、シウはねえ、必須科目はもう全部飛び級してるんだよ」

「えっ」

「しかも専門科目の薬草学からも来ないでいいって言われて、実質飛び級扱いなんだ」

「それはまたすごいね」

「シウの怖いところは、それで空き時間が増えたからどうしようって相談して、特例で受けられる授業を詰め込んだところだよ。僕なら楽ができると思うところだけど」

「まさか、三つ以外にも?」

「そう。なんだったっけ、古代語解析と魔術式解析作成は一緒なんだけどね」

「まだあるの」

「えーと、生産と、戦術戦士科です」

「……君、変態なの?」

 憐れむような視線で見られてしまった。どういうわけか、彼の騎士や従者たちからも変人を見るような目で見られ、シウは「えー?」と不服そうに唸ったのだった。

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