295 誓言魔法と芝居




 一番最初に我に返ったのはロランドだった。

「シウ様、あなたがショックを受けてどうするのですか。しっかりなさってください」

「あ、はい」

「リュカには、あなたから大丈夫だと示してあげれば良いのです。まだ幼い子供ですから、いくらでも幸せになれます。そして、今後の事ですが」

「簡単だよ。僕が、神殿に寄進しよう」

 カスパルがドアのところに立っており、にっこりと笑った。

 聞き耳を立てていたようだ。いつもは遊戯室で本を読んでいるのに、どうしたのだろうかと思ったが、そのままカスパルの話を聞いた。

「寄進に行って、そのまま高位神官の方に今回の件をご相談する。誓言魔法持ちの方もいらっしゃるだろうから、その方に魔法を掛けていただくわけだ」

「……坊ちゃま、また」

「まあまあ」

 半眼になったロランドに、カスパルが手で制した。

「何故か、その場には僕の知り合いの貴族がいて、相談内容を聞いてしまう。誓言魔法により知らされた内容に驚き、それを宮廷で話してみようと騒ぐんだ。こんなことがあっていいのかと、義憤に駆られる性質の方だからね。話を大きくすれば、後ろ盾も下手なことはできないさ」

「……あざといですね」

「あくどい相手には、ね」

 肩を竦めて、それから皆を見回した。

「煩くて、好きな本も読めやしない。さっさと終わらせた方が、僕のためだ」

 と、話を締めくくってしまった。

 カスパルはそのままさっさと部屋を出て行ったので、残された者で顔を見合わせた。

「坊ちゃま、いえ、若様は、昔からそうなのです。興が乗ると、妙な芝居がかったことをなさる。有り難いのですが……」

 段取りをつけるのは周囲の者なのだ。

 根っからのお坊ちゃまらしくて、準備などは自分でやらない。

 それでも、話の道筋を付けてくれたので良しとしなければならない。

 スキュイも、ホッと一息ついていた。

 神殿の方は自分たちがなんとかすると請け負ってくれたので、ブラード家としては巻き込む相手を選別しなければならない。それには常にカスパルと一緒のダンしか、できないことだろう。

 ロランドはダンを呼んでくるようメイドに言いつけると、さっさと計画を立て始めたのだった。



 翌日は、客人が来ても屋敷には誰も通さないということで話が決まり、一日かけて準備することになった。

 と言ってもシウはほとんどやることなどなく、ダンが一番大変だったようだ。

 学校では貴族としての付き合いもあるらしくて、カスパルたちは昼休みなどはサロンで過ごす。付き添いのダンでしか話を通せないので、シウにも手伝えないのだ。


 戦術戦士科の授業の間も気になって、時折上の空になってしまった。

 ストレッチはやりたい人だけやるということになっていたが、ほぼ全員が参加していた。ほぼ、というのはやはり女性には勧められないということでクラリーサには教えなかったからだ。

 本人はやりたそうだったが、服装がまずかった。

 貴族の女子として剣を扱うため、騎乗服のような格好をしていたのだが、柔軟すると体の線が丸見えなのだ。

 侍女のみならず、先生も全力で止めていた。

 せめて上着の丈が長いと良かったのだが。あるいは、スカートにして中にズボンを穿くなどしてくれたら。

 たらればを言ってもしようがないので、クラリーサには除け者になってしまう形となったが我慢してもらった。


 上の空でも、慣れたルーティンなので問題なく行えた。

 レイナルドには見抜かれていたけれど、飛行板を持ち歩いていたのでそのことだろうと思っていたようだ。

 復習の時間が終わり、組手乱取りをやってから自由時間になると、すぐさまやってきて指差した。

「これが噂の飛行板か!」

「噂って」

「レグロや、トリスタン先生が自慢していたからな」

 うずうずしているので、乗りたいのだなと思って勧めてみた。彼も風属性持ちだ。ちょうどレベルが二なので、どれぐらい乗れるか確認もしてみたかった。

 レイナルドは喜び勇んで飛行板に乗った。

 説明も聞かずに乗ったのは彼が初めてだ。どれだけ乗りたいんだ、と苦笑した。

「えーと、じゃあ説明しますけど」

 わくわくして話を聞いてくれるので、おかしくなった。その間にも生徒たちが集まってくる。

 皆して、同じような顔付きで話を聞いていた。

 もしかしなくても、次は自分が乗ると、思っているのだろうか。

「先生、早く! 次がつかえているんだから!」

 その通りだった。


 戦術戦士科の生徒はさすが体を鍛えているせいか、すぐに乗り方を覚えていた。

 また、風属性のレベル二でも乗れることが分かった。レベル一でも大丈夫な気はするが、大抵は比例して魔力量が少ないので、操り方が下手だとあっという間に落ちてしまいそうな気がする。

 安全対策も必要だなと実感した。

 風属性を持たない生徒たちからは、羨ましそうに見られてしまった。

 特にクラリーサなど、恨みがましい視線で見ている。

 誰かが、魔法を使わずに飛べるものも作るのかと聞いて来たので、そのつもりだと答えたら、クラリーサの顔がパッと明るくなった。でもその後に、シウが、

「冒険者仕様にするし、相当高価になるから誰も使えないと思うよ」

 と言ったら、面白いように落ち込んでいた。

 意外と顔に出るようだ。

 ふふふと思わず笑ったら、従者で侍女の、鞭を武器に持つジェンマがシウをちろっと冷たい目線で見ていた。

 視線が怖くて思わず頭を下げると、ジェンマはまるで「分かればいいのよ」といった顔をしてツンと視線をお姫様に戻していた。

 どうしても鞭を持つ人は怖く感じるのだが、本能なのだろうか。恐ろしかった。



 ダンの方はトントン拍子に話が進んだらしく、夕方には神殿で一芝居打つ段取りが付いたとかでシウに連絡を寄越してくれた。

 カスパルたちも午後は空いているそうなので、お友達を連れて一旦屋敷に戻り、それからリュカを連れて神殿へ行くことになった。

 リュカには昨夜も、そして今朝も「神様は誰にでも平等に愛を与えてくれるんだよ」と教えている。混ざりものだから認めないということはない、ということを根気強く伝えたので、神殿へ行くことは了承してくれた。

 ただし、相当怖いらしくて、シウの腕の中から離れようとはしなかった。

 昼ご飯の時もぴっとりくっついて、シウが作業をしている間はずっとフェレスにしがみ付いていた。


 おやつを食べる頃になると少しましになって笑顔になったので、せっせと食べさせて面倒を見た。

 食べ終わって幸せそうなところに、急いで服を着替えさせ、彼が嫌なことを思い出す前にと思ったのだが、屋敷を出る頃にはまた引っ付き虫になってしまった。

 苦笑しつつ抱っこして馬車に乗るところで、カスパルの貴族の友人と顔を合わせた。

 ここでは会釈だけして、彼等とは別の馬車に乗る。

 貴族と庶民は同席できないのだ。

 鑑定してみたら、カスパルの友人たりうると思われた。なにしろ言語魔法がレベル三、展開魔法がレベル三もある。魔力量は少なめだが文系のようなので大して必要ないだろう。絶対、魔術式関係で仲が良くなったに違いないと思った。


 神殿に行くと、懐かしい気持ちになった。

 そういえば暫く行っていない。誕生祭の時と年始の時ぐらいだ。

 神様と言えば、夢に出てくる少女のことなので、どうしてもこの世界の神に祈ろうという気持ちにならないのだ。元々信仰心もないので仕方ない。

 出てきた神官は昨夜の人を含めて数人おり、慈愛溢れる笑みで迎えてくれた。

 シウに抱き着いているリュカを無理に剥そうとはせず、そのまま中へと案内してくれる。

 祭壇の前には十数人の庶民らしき姿が見えた。

 誰でも、いつだって祈りを捧げに来られる。

 貴族などは立場があるので別室に通されるが、一般人は中央にそのまま進む。

 幾人かがシウを見て、それから腕の中にいる子供の耳を見て少しだけ怪訝そうな顔をした。何故ハーフがここに、といった顔だ。

 それにしても、シウには区別がつかないのだが、どうやって獣人族と、そのハーフというのが分かるのだろうか。不思議だ。

 鑑定できるならいざ知らず、どこに違いがあるのだろうと思わず探してしまった。

 耳も尻尾も同じようなのに。

 強いて言えば、顔や腕など見える部分の肌の毛が薄いことぐらいだろうか。

 でも、狼の獣人族たちだってさほど毛深くなかった。

 なんだろうなあと思案していたら、時間になったようだ。

 スキュイが来て、手招きするので祭壇前に向かった。


 役人らしき男もいて、その人の前でカスパルは滔々と相談事をしていた。

 友人はうんうんと頷いて、それなら誓言魔法で証明してみせようよと言った。

 幸いにして何故か誓言魔法持ちの神官がいて、更には神に祈りを捧げに来た当人がいて、質問されたままに告白する。誓言魔法の結果は正しく、それを書記魔法にて記す。

 証人になれる役人もいて、正式な書類となった。

 できすぎた内容で、下手な演技だったけれど、これでようやく前に進める。

 スキュイも、最初に出会った神官もホッとしていた。もちろん、シウもだ。

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