294 飛行板の開発理由と奴隷契約
商品化したら即購入するから教えてねと念押しされ、教室まで戻ると、トリスタンがちゃんと待っていてくれた。
二人は課題として、複数属性術式でどう書けば良いのかを提出するよう言い渡されていたが、上の空で出て行っていた。
「試運転は良い感触だったようだね」
「はい。でも、まだまだですね。それに、風属性持ち用として作ったので、とても簡単な造りですし」
「というと、そうではない者でも乗れるようにすると?」
「はい。ただし、危険なことに変わりはないので、元々の目的として、冒険者に限定して使ってもらうつもりです」
トリスタンはおや、と片眉を上げた。
「冒険者に?」
不思議そうな顔をされたので、トリスタンに事情を説明した。
「シアーナ街道が雪崩で通行止めになっていることはご存知ですか?」
「もちろん。復旧作業のことも」
トリスタンがハッとした顔になってシウを見つめた。
「雪崩は一向に収まらず、調査したらニクスルプスの群れがいたんです。王宮には再三に渡って宮廷魔術師の要請を出していたそうですが、魔獣の群れが発見されたことを知っても未だに出ていません」
「……機動力の高い騎獣などはすべて、王侯貴族の持ち物だね」
「はい。僕は、騎獣と魔法袋持ちだったので荷運びとして仕事を受けたんですけど、予想を上回る数の魔獣がいたので、空からの攻撃に参加しました。子供に手伝わせて申し訳ないって、大の男に謝られましたよ。ギルド長からも。もし彼等に騎獣があれば、僕みたいな子供に頭を下げなくて済んだと思います」
「そうか……」
「この国で仕事を受ける冒険者は大変だと思って、だから彼等に機動力があればと思ったんです。一般の人が乗るには難しいというのもありますけど」
スノーボードと同じく、多少の運動神経は必要だ。
また街中に住む人に必要な道具とも思えない。騎獣と同じ扱いで、基本的には街乗り禁止となるだろう。
「これ、最終的には相当高価なものになると思うし、使用者権限を付ける予定なんです」
「となると、複雑な術式になるだろうね」
「その時はまた見てくれますか?」
「もちろんだとも。決して真似されることのない、強固な守りを付けてみせよう」
シウの気持ちを汲んでくれて、トリスタンは協力してくれると請け合ってくれた。
翌日はカスパルのお守りをしながら授業を受けつつ、こっそり内職をするという技まで編み出した。
飛行板の冒険者仕様に書き込む魔術式を古代語で書いていたからか、アラリコは見ないフリをして見逃してくれた。
午後の授業では次々と課題を出されたが、他の生徒とは違う内容のようだった。
カスパルにもシウとは違う課題で、こっそり視覚転移で覗いたら古代語で書かれていた。
カスパルは猛然と課題に取り組み、ぶつぶつ呟きながら誰よりも早く仕上げていた。
全部の課題が終われば帰っていいと言われ、早速シウとカスパルは帰ることにした。
それぞれ理由は違うが、早く帰りたかったのだ。
ちなみにカスパルは、新たに手に入れた古書本を読みたくてしようがなかったからで、それだけ古代語の本が読みたいなら大図書館へ行けばいいのにと言ったが、古代語で書かれた魔術式の本というのは意外と少ないらしい。とっくに調べていたそうだ。
そして、それらの本はもうほとんど手に入れている、と返された。
全部読んだのか聞いたら、読めない本も山積みだと言われ、そうした本は夜にお酒を飲みながら考えるのが楽しいと言われた。変わった人だと思ったが、口は閉じておく。
この日、早く終わったこともあって冒険者ギルドに顔を出した。
ギルド長はいなかったが、ルランドは待機しており、シウを個室に案内してくれた。
「今日、ようやく宮廷魔術師と騎士たちが出発した。兵まで出してアイスベルク方面を調査するつもりはないようだが、ニクスルプスの残党狩りはこれでなんとかなるだろう。街道も整備しやすいよう魔法を使ってくれるそうだ」
「良かったあ」
「討伐数確認の職員も同行しているから誤魔化されないようにするよ」
「国がそんな誤魔化したりするんですか?」
「念のためな。なにしろ今まで出てこなかっただろう? その理由として大したことがなかったのだと後付するために、過小評価されるかもしれん。交渉担当も一緒に行かせたよ」
「そうですか、なら、大丈夫でしょうね」
「せいぜい搾り取ってやる」
にやりと笑って人の悪い笑みを見せた。
それから、リュカの話もしてくれた。
「スキュイが交渉しているが、相手がちょっと渋っていてな」
「えーと、チェルソ=モンカルヴォという奴隷商でしたっけ」
「そうだ。獣人族は力があるので奴隷としての価値が高かったと言ったり、子供を庇って死んだのなら、その子供が残りの負債を負うべきだと言ったり」
「契約はそうなってるんですか?」
「それが、契約書らしきものがないんだ。とはいえ、誓言魔法でしか奴隷契約は結べないから、本人が承諾したのは間違いないんだが」
シウは、うーんと唸った。
「……騙された場合でも承諾はしますもんね?」
「そうなんだ。ただ、その証拠がなあ。せめて本人が生きていれば違ったんだが」
「最悪の場合は、僕が奴隷商から買い取りますけど、その時の交渉もスキュイさんにお願いしてもいいんでしょうか」
「それは構わないが、いや、君にそこまでする――」
「リュカはもう僕の子供みたいなものだし、屋敷でも可愛がられていますから」
「……そうか。いや、だが、諦めないでくれ。子供は別だと、話を通す。スキュイも頑張って交渉しているからな」
「はい」
頷くと、ルランドがふっと息を吐いて、それからシウの頭を撫でた。
「お前さんの子供って、おかしいだろ。弟にしろよ」
がしがしと、揺さぶるように撫でられたのだった。
その夜、屋敷にスキュイが訪ねてきた。
神官も一緒だった。
「突然すまない。神殿にも話を通していたのだが、ぜひ子供に会わせてほしいと言われてね」
神官も申し訳なさそうに頭を下げた。
「聞けば奴隷の子にまで奴隷化を適用しようとしているとか。話を聞いて、急いだ方が良いと思ったのです」
「と言うと?」
応対に出ていたロランドが口を挟んだ。
彼はシウが玄関横の客室に来るまでの間にスキュイや神官の対応をしてくれていた。
「実は、子供も奴隷なのだから、当然自分の財産になると息巻いていて。どうやら裏に大物が付いているようで、交渉にも応じないのです。そこで人権救済申告も含めて神殿に相談しました」
「我々が役に立てれば良いのですが、まずは子供の様子を知らなくては相手が出来ません。それで遅い時間と分かっておりましたが参った次第です」
「そうしたことなら、我々も協力いたします。リュカは当家にとっても大事な子。決してそのような無体な輩に渡したりはしません」
ロランドはそう言うと、メイドの一人にスサとリュカを連れてくるよう言い付けた。
その間に、チェルソという奴隷商の男の事を聞いた。
「身辺を調べてみたら、胡散臭い男でした。騙されて奴隷になったという者が多く、そうした者に限って使い潰されているようです」
「ひどい話です」
神官は胸の前で縦一本をなぞるように動かした。スキュイが話を続ける。
「度々調査には入られているのですが、いつも厳重注意などで終わってしまいます。証拠もなければ、尻尾も出さない。たぶん、貴族が裏にいるのだろうと思われます」
お金を払って買い取っても良いのだが、それだと業腹だという結論になったところで、リュカが部屋に入ってきた。スサに抱っこされて、少し眠そうだ。
人がたくさんいるし、雰囲気が固いので怖くなったのだろう、途端に顔をひきつらせた。
「大丈夫だよ。おいで」
手を広げると、スサから下ろしてもらってよたよたと走ってきた。
転びそうになったところでフェレスがひょいと尻尾で助けてやり、そのまま勢いでシウの腕に飛び込んだ。
「怖くないよ。リュカがちゃんと元気でやっているのか、見に来てくれたんだって」
「……ほんと?」
「うん。ほら、神官様もいるよ」
「神官さま……」
チラッと見て、それから慌ててシウの胸に顔を擦り付けた。
怖がられた神官が少しだけ寂しそうな顔をして、可哀想になった。
「大丈夫だからね。ごめんね、眠たかったよね」
リュカはううんとシウの胸元で首を横に振ると、そろっとまた顔を上げた。
「神官さま、は、僕をぶったりしない?」
「ぶたないよ。どうして?」
向かいの席で話を聞いていた神官がびっくりして顔を青くしていた。
「だって、えらいひとが、おとうに言ってたもの。神官さまに言っても、たたかれる? 怒られるだけだって。じゅうじんはだめなんだって。神さまはゆるしてくれないの。それに、僕はまざりものだから、神さまはみとめないの。神官さまにあったら、何も言ってはいけないと、えらいひとがいったの」
「……偉い人って、どんな顔してるか分かる?」
「うん。おとうが、えらいひとだから、逆らったらだめと言ったの。えらいひとは、おとうに、子供をしょうかん? にあげたくないなら、れえぞくしろと言ったよ。おとうは、泣いてたの」
神官がとても痛ましい顔をして、服の裾を掴んでいた。スキュイも怖い顔だ。
「僕、シウに言ったから、だから怒られないよね? 神官さまには言ってないの。だから、ぶたれないよね?」
シウは、ただ、大丈夫だよ、としか言えなかった。
父親のことを思うと、涙が出そうだった。
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