293 飛行板




 レグロが騒いだせいか、あるいはシウが何度もうろうろ飛行板を飛ばしていたせいか、生産の生徒たちが集まってきた。庭に出てきて、シウをぽかんとして見上げている。

 彼等の前にふらふらとしながら辿り着いて、地面に飛び降りた。着地が上手くいかなかったのだ。それに低速でも安定させないと、発進時と着陸時に怪我を負いそうだ。

「うーん、まだ改良の余地あるなあ」

 渋い顔で呟いたのだが、先生や生徒たちは大騒ぎだった。

「すごい! 空を飛ぶ魔道具かっ」

「あんなことができるの!?」

「やりたい、やりたい!」

 あまりにうるさくて、廊下を歩いていた教師が注意しにきたほどだった。

 レグロは笑いながら謝るということをして、相手の教師に怪訝な顔をされていた。


 乗ってみたいと言われたが、まだ試作品だし危険だと言って断った。

「それに、これは風属性持ちの人しか使えないよ。極力、無駄を省いたから」

「えー、そうなんだ」

「風属性ないと乗れないのかあ」

 あまりに残念がられたので、シウは苦笑した。

「これが完成したら、それ以外のも作るつもりだけど、相当お金かかるからね」

「えっ、そうなのかい?」

「でも考えたら魔核や魔石を大量に消費しそうじゃないか」

「あ、そうか。そうだよなあ。空を飛ぶわけだし」

 皆、がっくり肩を落としていた。

 可哀想になって、

「試作品なら乗っていいよ。売り物は正規の値段で売るけどさ」

 そう言うと、皆パッと顔を輝かせた。

「やった! じゃあ手伝えることあったら言ってよ」

「僕等も手伝うよ」

 そこにレグロが戻ってきて、待て待てと皆を押し留めた。

「そうはいうが、開発費用がバカにならんだろう? 書類を出して申請したら、学校から研究費が出るぞ」

「あ、いいです」

「いいですって、お前な」

「材料は全部揃ってるので。魔核は売るほどあるし素材関係は今のところ困ってないんです」

「そりゃまた、豪気だなあ」

 ただ、学校内で研究ないし開発したのなら、それは卒業課題のポイントにもなるそうで、事後でいいから論文を書いてみるといいと言われた。

 どうかしたら、奨学金やら、報奨金なども出るそうだ。

 シウは適当にはーいと返事をして、また作業に戻った。

 レグロも集中を途切れさせてはならんと周りに言い聞かせ、離れて行った。


 それから午前中を目一杯使って、なんとか完成させることができた。

 途中で、作業の間の時間待ちをしている生徒やレグロを呼んで、見てもらったがおおむね上手く作れたようだった。

 あとは、実際に風属性持ちの人に使ってもらうだけだ。

 知り合いで誰がいたかなと考えたが、教えてもらっていないのにこちらが知っているのは大変まずいということに気付いた。

 シーカーに来てから分かったが、ロワルの魔法学校ほど誰も自らのスキルをフランクに話したりはしないのだ。それが普通なのだが、あの学校のゆるさに慣れていたので、困る。たまに、聞いたかどうか分からなくなるのだ。

 スキルを知っている前提で話しかけられても、はてどっちだったっけと考え込んでしまう。さすがに、知っている知識を記憶はしていても、一々会話までは覚えていないのだ。

 困ったなあと思いながら、昼休憩に慌てて屋敷へ戻り、それからまた学校へととんぼ返りした。



 複数属性術式開発の授業では、トリスタンの話を聞きながらそわそわとしてしまった。

 それがばれていたらしく、自由時間になると先生に頭をパコンと叩かれた。

「まるでデートに遅れそうな青年のようにそわそわしていたが、どうしたんだね」

 なんだその喩えは、と思ったもののシウは素直に謝った。

 それから理由を説明した。

 たぶん、トリスタンなら気に入るだろうと思ってのことだったが、案の定目の色を変えていた。

「こ、これはすごい! 君が作ったのか?」

「はい。試運転まではやったんですけど、実際に他の人にも乗ってもらいたくて。でも風属性持ちの人をどうやって探せばいいのかなーと途方に暮れてた、あ」

 目の前の男性は基礎属性を全部持っている。

 そのことは最初の授業でも聞いていた。

 シウが期待を込めてトリスタンを見たら、彼はそれまでの興奮した姿をスッと消し、静かに目を逸らした。

「先生?」

「……いや、その」

 しかも挙動不審になってしまった。

 まるで嘘をついていました、といった態度だ。しかし彼のステータスにはちゃんと各属性が表示されている。

 シウがジーッと見つめていると、トリスタンは逃げられないと悟ったのか大きな溜息を吐いて、顔を寄せてきた。

「……君は、案外頑固だね」

「はあ」

「……風属性は持っている。だが、これは自ら上げたわけではなく元からの資質であって、スキルとして使えるというわけではないのだ。そしてわたしは、開発を主に行う魔法使いだ」

「はい」

「……ええい、まだ分からんのか。そういうところが子供なのだ。つまりわたしは、運動音痴なんだ!」

 小声で怒鳴るという不思議なことをして、トリスタンは机をダンッと叩くと、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

 さすがに周囲の生徒たちがなんだなんだと視線を向けてきたが、それに対するフォローもない。

 ふと見ると、トリスタンの耳が赤くなっていた。

 どうも彼にとってはとても恥ずかしいことのようだった。

 シウは、気が回らない自分を戒めるとともに、五十歳を超えた先生の可愛い姿を見て、苦笑を噛み殺すのに強い精神力を要することになった。

「ええと、ごめんなさい。先生にしてもらおうと考えるなんて、おこがましかったです」

「……いやいいんだ。分かってくれたなら。さて」

 ゴホンと咳払いして、トリスタンはシウを見た。もう顔は赤くない。さすがだ。

「風属性なら、このクラスメイトにも多いだろう。複数属性術式開発科は、伊達ではないのだよ」

 そう言って、生徒たちに声を掛けてくれた。


 応じてくれたのはオルセウスとエウルだった。

 アロンドラも手を挙げてくれたのだが、明らかに運動慣れしていない風だし、従者のユリという女性が猛反対していたので丁重にお断りした。いつも本を持たされておとなしい感じの従者だが、主の一大事には声を上げられるようだ。良い人だなと、思った。

 オルセウスは男爵家の出身ではあるが従者は付けておらず、護衛も二人きりという身軽さだ。それだけ体を鍛えている自信もあるのだろうし、今までにそれで切り抜けても来たのだろう。

「座学がつらかったんで、有り難いよ」

 そうした言い方で、シウのお願いを快く引き受けてくれた。

 エウルも楽しそうだからと了解してくれた。


 トリスタンは複数属性術式の勉強にもなるからと、自由時間でもあるからそのまま席を外して良いと言ってくれ、三人と護衛で連れだって教室を出て行った。

 さすがに教室内で試運転するわけにはいかない。

 ドーム体育館に向かうと、小部屋が幾つか空いており、担当の職員に声を掛けて借りることにした。

 授業の一環だと言うことは一筆もらっていたので、それを出すとあっさり貸してくれた。

 乗り方を、懇切丁寧に説明して、シウ自身でも乗って見せてみた。

 二人とも驚いていたが、乗る段になるとどっちが先かで少々揉めた。

「オルセウスは貴族だから、僕の方が先に」

「いや、ここは貴族としての勇気を試されているのだから」

 新しい玩具を前にした子供か、と思ったが、黙って二人の言い分を聞いた。

 やがて。

「この間、僕は従者のフリをしてあげたよね」

「ぐっ」

「大貴族の前だから僕もすごく緊張したんだけど」

 どうやら大貴族を前にして、従者がいないといけない場面でもあったようだ。

「だからそのお礼をすると言ったじゃないか」

「うん。だから、これで、貸し借りチャラにするよ」

 爽やかな笑顔でエウルが言い切った。

 今回の事があるまでは、お礼はいいよ、という良い話で終わっていたようだ。

 申し訳ないやら、取り合っている姿が仲良しの子供たちのようで微笑ましいやらで、困ってしまった。

 結局、エウルが先に乗ることになった。

 オルセウスは「譲ってあげたんだ」そうだ。


 二人とも風属性はレベル三もあるので、すぐにコツは掴んだようだった。

 高い天井まで飛んでみせたり、よくも落下が怖くないものだと、シウの方が逆に驚いた。

 オルセウスの護衛は焦っていなかったので、元々やんちゃな性質なのかもしれない。

 運動神経の良さそうな二人は、最初こそ飛行板だけすっ飛ばしていたものの、足留め紐に靴先を固定してからはぐんぐん上達して、五時限目が終わる鐘の音を聞いても終わろうとしないほどのめり込んでいた。

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