599 古代竜の鱗、保管場所の骨




 翌日、朝からウェール達とパン作り教室をやっていたら、ソヌスとウェスペル、そしてガルエラドがやってきた。

「じゃあ、成形だけしておいて。種菌は大事だから保存には気を付けて」

「分かった。成形ってのは、好きにやっていいんだよね?」

「うん。でもあんまり奇抜なのは焼けないよ。出来上がりを想像して作ってね」

「はーい!」

 女性陣は楽しそうに石で作ったテーブルに戻って行った。竈も作ったので、成形後に焼く予定だ。


 シウが女性陣から離れると、ソヌスはにこにこ笑い、ウェスペルは苦笑気味でシウと女性陣を交互に見ていた。

「ああしていると、彼女達も女なのだと分かるが」

「女の人でしょう?」

「竜人族は女でも戦士として戦うのでな。事実、ガルエラドの母や姉も女竜戦士だ」

 彼女達も森の見回りは平等に行うし、外部との戦いがあれば真っ先に飛び出るそうだ。

 魔獣と死闘を繰り広げる女竜戦士というのもすごい話である。

「料理の腕が上がってきているのも有り難いことだ。そなたには畑の事やコカトリスの捕獲など、とても感謝しておる」

「いえ」

「元より、ガルエラドからもそなたへの感謝の言葉を聞いておるのでな。せめてものお礼をと思っておったが」

「この里に遊びに来るのがお礼だってことになってたので、もう良いですよ」

「いや、それでは収まらん。収支が合わんのだ」

「はあ」

「もちろん、我等の里にさしたるものがないことは、そなたもよく分かっているだろう。だから、そうして遠慮もなさるのだ」

 あはは、と頭を掻いた。

 お礼と言われても、本当に欲しいと思えるものがないのだ。大抵はシウが持っているし、角や尻尾、もとい「竜尾」は触ってはいけないものだ。

 墓標となっている空白の地へ行きたいというのも、人として言ってはいけないことだと重々承知しているし。

「ウェスペルから聞いたのだが、そなたは古代竜の鱗が欲しいとか」

「はい。会えるなら会ってみて、もらえないか交渉できたらいいぐらいに思ってましたけど」

「……相変わらず、とんでもないことを考える」

 横からガルエラドが呆れたような口調で口を挟んだ。でもどこか、身内に対するような気安さがあって、彼の視線や態度が嬉しかった。

「ふむ。我等に要求しようとは思っていなかったのか?」

「え、あるんですか? うーん、でも、大事なものだろうしなー。いくらなんでも、古代竜の鱗がどれぐらい価値のあるものか、僕でも分かりますし」

 そう言うと、ガルエラドがシウの頭を撫でた。珍しい態度にシウが驚いて顔を上げると、無表情ながらも瞳が緩んでいたので、笑ったようだ。

「ところで、火山の方面からものすごい威圧のような気配を感じるんですけど、やっぱりあそこに住んでます?」

「っ、気付いたのか、シウ」

「やっぱりー。そうかなと思ったんだよね。岩塩山の話を聞いて、探知魔法を掛けていたら感じて、まずいと思って逃げて来たんだー」

 威圧には免疫力のあるシウだが、気配はしっかりと感じていた。

「……この間のコカトリスを狩りに行った時か」

 ガルエラドが溜息を洩らした。その間に、ソヌスとウェスペルがようやくといった様子で息を吐いていた。

「シウ殿や、あそこの古代竜は危険だ。あれが暴れまわったせいで岩塩山が吹き飛んだと言われておるのだ。近付くのは止めた方が良かろう」

「そっかあ。せめて、岩塩の名残ぐらいあればと思ったんだけど」

 あわよくば鱗ぐらい落ちてないかしらとは、ちょっぴり心の片隅にあったことは確かなので黙っておく。

「……シウ殿は、意外にやんちゃなのだなあ」

「ウェスペル殿、シウはこのような顔をして突拍子もないことを考え、思うままに行動することがあるので、意外どころではない。助かったことも多いが、驚かされたことの方がもっと多かったのだ」

「ほう。ガルエラドの朴念仁が驚くとはな」

 ソヌスがにやりと笑い、からかい口調でガルエラドに続けた。

「良い友人付き合いができておるようだ。ひよっこと思っておった青年が、逞しくなっておるし、我等も安泰だな、ウェスペル」

「そのようですな。キルクルスも育っております。そこにガルエラドが加われば、我が竜人族も以前の繁栄を取り戻せましょう」

 彼等の言う繁栄とは、子供を増やすことだ。食事事情の改革が上手く行けば、女性陣も妊娠しやすくなるだろうし、一族も盛り返すのではないだろうか。

「そう、話が逸れてしまったが」

 ソヌスがまたシウに向き合った。真剣な表情で、金色の目を向ける。その瞳は思慮深く、シウの心の奥底を覗き込んでいるようにも見えた。

 事実、彼はシウのことを確かめていたのだろう。

 ふっと表情を改め、笑顔になった。

「古代竜の鱗というのはの、実は人の髪の毛のようなものなのだ」

「は?」

「つまり、抜けやすい」

「はあ」

「気が付けばころりころりと落ちているので、大昔はそれで細工物を作っていたようだ。古代竜の鱗で作った細工物は、時に王侯貴族への貢物となった。それほどに高価なものとして人族は扱っておったが、そもそも、髪の毛だ」

「はい」

「我等が祖を失って以来、遺物として残しておきたいがゆえに散逸を許さず、里で保管しておった。が、当然ながら、物は良いので何かの折には使っておった」

「たとえば、我の小刀も竜の鱗から出来ている」

 ガルエラドが見せてくれた。魔獣を捌くのにも使っている、いつもの小刀だ。鞘は普通のありきたりな革でできている。

「あ!」

 鑑定したら、古代竜の鱗、と出ていた。

「そして、こうしたものは、何百年と保つのだ。我のものも、祖父より受け継いだが、祖父もまたその祖父から受け継いできた」

「……つまり、鱗はまだ結構な数が、あるってこと?」

「その通り」

 ソヌスが自慢げな顔で、満面に笑みを浮かべて頷いた。

「1枚やそこら、そなたに譲ることなど造作もないほどにな」


 対価を払うと言ったシウに、これは正当な礼物であり、等価であると言われた。

 かつてゾイマー=アルバトロスにも渡したであろうことを考えると、これぐらい当然なのだとウェスペルにも言われた。

 なので、遠慮しいしい、鱗をいただいた。

「うわー、綺麗な色ですね」

 彼等の祖である古代竜は、蒼色をしていたらしい。光に翳すと青く透き通って見える。

「これを薬に使うの勿体ないなあ」

 両手で持って掲げていたら、フェレスが飛んできて、涎を垂らさんばかりにシウと同じ場所を見上げていた。

「にゃー」

 きれー、と口を開けて見ている。

「ダメだよ、これ、あげないからね」

「にゃぁん」

 甘えられたが、これは譲れない。ダメーと笑って逃げていたら、ウェスペルから提案があった。

「細工物を作る際に出てくる屑破片があるのだが、我等はそれを飾りに使う。良ければ加工して作ったものがあるので、おぬしら全員に譲ろう」

「え、いいんですか?」

「もちろんだとも。ひとりに渡しては、残った者が寂しかろうしな」

 とは、フェレスの後ろで同じようにぽかーんとして鱗を見ている小さな子達が見えたからだろう。

 結局、首飾りに加工したものをシウを含めて4つ、もらうことになった。アウレアは持っていたらしく、おそろいだねーと嬉しそうだ。

 シウには綺麗な状態の鱗を3枚、くれた。

 薬として使うには1枚で充分で、そこから出来上がる量は10人分ほどなのだが、生産魔法を持っているなら他にも加工したかろうと、気を回してくれたようだ。

 ところで、その隠してある倉庫代わりの場所を見せてもらったが、鱗が所狭しと並んでおり、奥には別個体の牙や歯、骨に皮などが残されていた。こうしたもので身を飾ったり、武器として作り出すそうだ。

 そして、嘗ての戦士達が使ったものが受け継がれていくので、ずーっと余ったままらしい。

 加工するのも大変なので、生産魔法の高レベル者が出てこない間は埋もれたままになっているとか。

「そのへんのものは、持って行ってもらっても構わぬぞ」

「え、いいですいいです。勿体ない」

「骨は我等には使い道がないのだがなあ。この地より他で保管すると、魔獣を活性化させるので集めるしかないのだ」

「そうなんですか? 知らなかった……」

「骨になっても、魔獣には旨味のある素材なのよ」

 その割には魔素など出ているように思えないのだが。

 鑑定してみたら何故か鋼材のような素材扱いになっていた。

「これ、ものすごく魔力を通しやすい素材になってますね。ミスリルやヒヒイロカネよりもずっと高純度で、硬度もある……加工するの大変そうだ」

「うむ。過去に生産魔法の高レベル者もおったのだが、骨ほどの大きさになると加工は無理であった。とはいえ、場所を取るのでな。良ければと思ったのだが」

「……そういうことなら、もらおうかなあ」

「おお、そうしてもらえると助かる。毎回、大がかりに結界を張らねばならず、大変であったのだ」

 わーお。

 そういう意図もあるのかと苦笑していたら、ガルエラドも呆れたような顔で長老ソヌスに口止めしていた。

「シウの魔法袋の大きさを、他言しないよう頼みます」

「分かっておる。魔法袋、であろう?」

 どうやらソヌスには、シウが空間魔法の高レベル者であることがばれているようだ。が、知らないふりをしてくれると約束してくれた。

 おかげで、彼等が持っていても面倒なだけと称された大きな骨などは、ほとんどがシウの空間庫に移動されたのだった。

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