600 パン作りと赤飯に芋もち団子




 鱗や骨を受け取って終わると、急いでパン作りの場所へ向かった。

 女性陣は待ちくたびれており、竈の前で「もう焼いちゃう?」とか言い出していた。

 彼女達に謝り倒して、火の調節を行い、変な形のパンを含めて竈に放り込んだ。

 アウレアも作ったらしいが、可愛い(?)岩熊の形をしていた。

 この世界でも熊をデフォルメするのかと思っていたが、焼けたのを見て彼は、

「ふぇれだ! かわいい!!」

 と喜んでいた。

 猫だったのか、と全員が顔を見合わせて黙り込んだ。余計なことを言わなくて良かったーと、内心で焦ったことだろう。もちろん、シウも。


 ところで、パンの好みは大きく分かれた。

 男性陣は意外と白くて柔らかいものを好み、女性陣がハードなタイプでライ麦入りの黒パンを好んだ。

 彼女達いわく、食べごたえがあるのが良いらしい。味わいも深いので、気持ちは分かる気がする。

 男性はふわふわっとした触感や甘めの小麦に、幸せ感を覚えるらしい。菓子パンが好きなのも男性の方だった。

 面白いものだ。

 ちなみに、ガルエラドは主食はなんでも良いタイプらしく、肉が合えばという大前提で決めているようだった。


 午後からは岩猪のベーコン造りや、コカトリスの飼い方に卵の取り方、あるいは孵化させて育てる方法など、里の暮らしを良くする話し合いをした。

 畑の種まき方法、苗の植え方などについてはすでに、彼等の言葉でメモをしてウェスペルに渡している。畑をやる女性陣に渡しても、ちゃんと読めない人もいるので仕方ない。彼女達には絵を書いて説明してみた。

「あとねー、小豆って寒い土地でも育てられるから作ってみたらどうかと思って」

「アズキ? あの、大きい豆とはまた違うのだな」

「うん。そうだ、ついでに小豆を使ったご飯やお菓子を作ってみるよ」

 赤飯と、芋もちだ。サツマイモも植える予定なので、お菓子には良いだろう。

 もち米は作れないから、外の世界で買ってくるしかないが、保存袋が徐々に増えてきているので買い出しも楽になるはずだった。

 作り方をザッと説明して、作っている間にまた話をする。

「甘味も大事だからね。糖分は脳に栄養を与えるんだよ。脳は考えるところ。特に戦士には糖分が必要だ」

「蜂蜜は?」

「あ、いいね! 本当は養蜂が良いんだけど」

「ゲハイムニスドルフの村で、調教しているから分けてもらうことはあるよ。ただ、少ないから赤子用なんだ」

「赤ちゃんに蜂蜜はダメだよ」

「えっ、そうなのかい?」

 この世界でもそうだと思う。以前、蜂蜜を鑑定した時に、名前は違うが菌が幾つも発見された。大人ならば消化できても、赤ん坊には無理だろうと思う。

 浄化魔法を確実に掛けられるなら大丈夫だろうが、そこまでして摂る必要はないし、そもそも危険なものだ。

 そうしたことを説明したら、愕然としていた。

「だから、赤子が育たないのか」

「母の乳が出ないのも栄養不足だと言っていたな」

「そうだよ。お母さんこそ、栄養豊富にしてないとダメだし」

「分かった。栄養だな!」

「だからって、食べ過ぎも良くないんだよ? 適度に食べて、適度に運動。激しい運動は禁止」

 成る程、とウェール達女性が頷いた。

「妊婦さんに蜂蜜も止めた方がいいね。この間説明した肝臓もだけど、ちゃんと火を通したものじゃないとダメだよ。処理に自信がないようなら、野菜なんかで栄養を補って、肉は普通の獣のものにしていた方が良いかもね」

「つまり、お腹を壊すような食べ方はしてはいけない、ということだな」

 その通りです。なにしろ、竜人族は魔獣の肉を生で食べることもあるそうだから。

「じゃあ、蜂蜜は何に使おう。パンにつけるのか?」

「それも良いけど、少ないならパンに混ぜ込んで焼くのはどうかな」

「混ぜる?」

「そう。こういうの」

 魔法袋から、堅焼パンに蜂蜜を練り込んだものを取り出した。

「冒険者が保存食として持ち歩く堅焼パンなんだけど、そこに蜂蜜を入れてるんだ。あと、クルミやナッツを混ぜて栄養価を高めたものもあるけどね」

「うわ、硬いな」

「そういえば大昔に助けた冒険者が、こんなものを持っていたな」

「へえ」

 わいわい言いながら、堅焼パンを矯めつ眇めつして、最後に皆で食べている。

「歯応えあって、あたしは好きだな、これ」

「あたしにゃ、ちょっと硬いよ」

 と言うので、シウは裏技を教えた。

「水を含ませて回復魔法をちょこっとかけたら、ふっくらするよ。火属性魔法で温めると尚美味しい」

「え、そうなの?」

「回復魔法って言ったら、なんだっけ。何使うんだった?」

 水と光属性レベル1ずつあればリフレッシュされるのだが、複合技として使う人は少ないようだった。

 明日は魔法の複合技について教えることになりそうだ。


 話の途中で、赤飯が炊けた。小豆も炊けたので、こちらはあんこにしていく。サツマイモも蒸かして、ジャガイモから作った片栗粉と混ぜて餅状態にする。

「甜菜って砂糖、そんだけでいいの?」

「あんまり甘いと舌がびっくりするよ。それにサツマイモ自体が甘いから、ほどほどにね」

「ふうん」

 丸めていく段になると、楽しそうに見えるのか参加者が増えた。芋もちを広げて、そこにあんこを入れるとなると、もっと楽しそうになった。

 ただし、ウェール以外はちょっと不器用で、変な形の団子だ。

 赤飯も綺麗に蒸し終わったので、こちらは夜に出すことにした。

 おやつは芋もち団子だ。

「甘い!」

「美味しいねえ。ああいう複雑なことをして、こんな美味しいのができるんだー」

 全然複雑ではないのだが、シウは賢く黙った。



 赤飯は賛否両論だった。小豆の触感が苦手という者と、逆にそれがいいという者に分かれたのだ。

 ガルエラドは珍しく美味しいと言っていた。塩味が良かったかもしれないが、勢いよく食べているのを見るとホッとする。彼は元来穀物嫌いなのだ。

 その穀物だが、これを食べることで満腹感が得られることから、特に竜戦士達も畑造りを手伝うと申し出ていた。

 当然、外の見回りや戦士としての仕事が一番大事だが、たとえば腐葉土を持って帰るなどは彼等でもできる。

 特に、作物が実った時の一斉刈取りは、里総出でやらないと難しいと言ってあるので、参加してくれるという気持ちがあるのは良いことだ。

 若手の代表でもあるキルクルスという青年も、畑の事についてシウによく質問してきた。

「では、水はやりすぎてもいけないのだな?」

「そうです。根腐れを起こすので。詳しく書いたものをウェスペルさんに渡しているので、読んでみてください」

「いや、ロワイエ語とやらは読めぬのだ」

「あ、竜人族の文字で書いてます。ついでに古代語でも書いたので、どちらか分かれば大丈夫ですよ」

「……竜人族の文字まで書けるのか。お前はすごいな」

「古代語が分かるので、その流れから派生した竜人族の文字は意外と覚えるの簡単でしたよ」

 むしろ、日本語を今でも覚えていて書けることを自慢したいぐらいだ。あの文字は、この世界で生きていると「頭がおかしい」と思えるぐらい文字数が多かった。しかもその組み合わせたるや、どれだけあったことか。よく、覚えられたものだと思う。

 でも、その記憶があるからこそ、意外と今の世界の文字や物事を覚えられやすい。紐付けをして意味を考えると、理解もし易いのだった。

「一度覚えちゃうと、身に付きますし」

「ふむ。戦士の技のようなものか」

 成る程な、と納得している。

 彼は若手の中では冷静な性質で「強い個体」でもあるので、将来の長老候補だそうだ。同じく強い個体だったガルエラドはアウレアの件があって、候補から降りている。

 そんな2人だが、蟠りもなく、ただ懐かしい顔が見られたと喜んでいた。

「ガルエラドも外では苦労したろう? 新しい技を得たか?」

「里の者ほどではないがな。ああ、探知能力は上がった」

「なに? あれよりも上がったのか。では、ルベルムスカの殲滅時間はどうだ」

「ちょっと、食べている時にルベルムスカの話をしないでよ」

「しかし、ウェールよ」

「はいはい。戦士バカ達は後で手合せしたら良いの。それより、ご飯よ」

 テーブル近くからキルクルスとガルエラドを押しのけ、ウェール達女性が陣取った。

「大体、食べてる時ぐらい、魔獣の話とか、技の話なんて置いておけってのよね」

「うん、そうだよね」

 わかるわかると、同意しておく。女性に逆らってはいけないのだ。

「それより、畑よ。あんなに美味しい芋もち団子? が食べられるなら、あたしは頑張るわよ」

「あ、わたしも手伝うからね!」

「アプリーリス! ありがとうっ。さすがは親友、お願いねっ」

「その代わり、今度あの包丁貸してよ。あれだと絶対にギガスラーナの舌を切り落とせるわ」

「……あんた、あたしの大事な包丁を、あんなカエル野郎殺すのに使うの?」

 アプリーリスも脳筋だったようだ。してはいけない戦闘の話をしたらしい。

 ギガスラーナは巨大な毒カエルのことで、ルベルムスカは毒蝿のことだが、この森には危険な魔獣がよく出るようだった。

 授業や本では見た覚えのない魔獣もいるようなので、研究がてら見てみたいものだと考えながら1人ご飯を食べ続けた。

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