601 フラグの珍種魔獣と防衛




 翌朝、魔法の複合技についてウェールやアプリーリス、クロタルムという後方支援タイプの男性に教えていたら、俄かに里の外から甲高い音が聞こえた。

 どうしたのだろうと視線を向けたら、クロタルムが真っ先に気付いた。

「合図だ。東の、三の通りの、五の休憩地、二、いや四の数の、ヒュブリーデアッフェ、襲われている!?」

 途中で竜声魔法による報せが入ったらしかった。里の外の騒ぎは、緊急予報のような合図だろう。魔獣の骨で作った音鳴らしがあったから、あれに遠くから矢を射て知らせてきたのだ。

 ウェールがアプリーリスを見て、頷いた。

「あたしは里を防衛する。あんたは里に残っている竜戦士を集めて警戒に行って」

「わたしは里の外を固める」

「うん、壁を任せたよ!」

 ウェールはシウをチラッと見て、ごめんねと目を伏せた。

「客人には休んでいてもらいたいところなんだけどさ、子供達もいるし」

「戦うなら、僕も出るよ」

「……助かるよ。あんた、強いらしいもんね」

 彼女が走りながら説明してくれたところによると、ヒュブリーデアッフェというのは大きな猿型の魔獣で、非常に獰猛で気性が荒く、猿ならではの俊敏な動きで対処するのが大変な相手らしい。

 それが4匹現れると言うことは、その倍はいると考えた方が良いらしい。

 そして襲われる、という伝令が来たことから、ゲハイムニスドルフからの使者が襲われていると考えたようだ。

「この時期に毎年来るしさ。竜戦士なら、襲われたって言わないんだ。応援求む、とか」

 竜人族らしいと思って笑ったら、彼女もふと力を抜いたようだ。

 彼女の家に戻ると、愛用の刀などを取り出して、近隣に知らせて回った。

 長老はすでに竜声魔法で伝令を受け取れているので知らせる必要はないらしい。さっきのは広範囲に伝える術のようだった。

「シウ、アウル達は今ソノールス達と一緒だったよね?」

「ノウスとクレプスクルムが面倒を見てくれてるよ。フェレスもいるし、大丈夫だと思うけど」

「……心配じゃないの?」

「じゃあ、一度寄ってみようか。顔を合わせるとフェレスが付いてきたがるからなあ。クロとブランカ、アウルを守ってほしかったんだけど」

 まあいっか、と軽い調子で答えたら、ウェールは益々肩から力を抜いていた。


 案の定、フェレスは付いていくと言い張って聞かなかった。

 こういう戦闘時には傍にいたいのだ。

 クロは賢く、足手まといだと分かっているのかアウレアの頭の上でちょこんと立っていた。そこは止めなさいと笑顔で注意しつつ、ブランカの空気を読まないちょっかいをなんとか躱して、クレプスクルムに面倒を頼んだ。

「この子達、動き回って大変なので、申し訳ないんですが」

「いいわよ。今日の当番は留守番だから。最悪、わたしが里を守るのに出るけれど、ノウスがいるから大丈夫でしょう」

「ありがとう。念のため、ここに結界を張っておきます。出るのは簡単だけど、入れませんので気を付けて」

「え、すごい」

 驚く彼等に手を振って、フェレスを連れてノウスの鍛冶小屋から出て行った。


 ウェールは自警団と一緒になって、里の防衛に残ると言うので、シウはフェレスと共に里を出ることにした。

 途中、クロタルムに出会ったが、彼は土属性魔法で壁を作っている最中だった。後方支援と言っていたが、こういうわけだ。

「わあ、すごいですね」

 膨大な魔力量を持つ竜人族だからこそできるのだと、その量を見て思った。

「シウ殿、外へ出るのか?」

「うん。手伝いができるだろうから」

「そうか。でも気を付けてな!」

 はーいと返事をして、森へ入った。


 珍しい魔獣に会ってみたいと思っていたが、いきなり大騒ぎなのは嫌だなあと、昨夜の自分を反省してたら、全方位探索に引っかかるものがあった。

 見知った竜戦士のものと、魔獣らしき点、それから竜人族ではない人のもの。

 結構、逼迫しているようなので、シウはフェレスに指示を出しながら見知らぬ森の中を最高速度で駆けさせた。


 ほんの少し拓けた場所で、戦いが始まっていた。

 竜戦士達がここまで誘導したのだろう。しかし、場所が悪い。崖に近い斜めになった場所で、下は地面ではなくて岩場がほとんどだ。

 ゲハイムニスドルフ村の人々はハイエルフの血を引いているとはいえ、人族に近い。逃げたり隠れるのに向いているような場所ではない。

 と言っても、これ以上、前へも後ろへも行けないようだ。

「シウです。手伝います!」

「助かる! シウ、お前は彼等を守ってくれ」

「分かったー」

 守りながらの戦いは難しい相手らしい。シウはガルエラドに言われた通り、岩場にフェレスを下ろしてから彼等に近付いた。

 岩場の陰では、色の白いエルフのような見た目の人族が3人、蹲っていた。

 1人が大怪我をしているようで、別の男がポーションを飲ませようとしているのだが受け付けないようだ。

「手伝います。僕はシウ=アクィラ、竜人族の里に滞在しているので、変な者じゃないです」

 自分で言うのもおかしいが、敵意はないと両手を上げて示した。

 というのも、大怪我をしている男性以外の2人から、思いっきり警戒の眼差しで見られたのだ。

「とにかく、さっきもガルエラドが言ったように、僕はあなた方を守りますから。怪我を見させてください」

「……分かった」

 手当をしようとしていた男性が退いたので、その場所にスッと降り立った。フェレスは岩場の上で警戒中だ。敵が近付いたら噛み殺して良いと言ってあるので、真剣な顔付きで辺りに注意を払っている。

「何をするのか、言葉にしていきますから、気になったら言ってください。でも、時間がないので急ぎます。まず、気道の確認をしますね」

 かろうじて息ができているようだが、吐いたのか様子がおかしい。男性の体をくの字にさせて背中を叩く。

「詰まっている物を取り出します」

 途端にゲホッと噎せ、その後は暫くゴホゴホッと身を丸めて悶えていた。背中を撫でながら、落ち着かせ、魔法袋から取り出した麻酔用のポーションを見せた。

「骨折しているので、先に延ばしてから回復させますね。その方が治りが良いです」

 回復用のポーションは彼等の物を使うだろうと思って、そうした。

 シウの作った上級ポーションならば、接がなくても大丈夫だろうが。

 ここはセオリー通り、形を整えてから回復するのがベストだ。

 特にこの骨折が、今できたところなのかどうか分かり辛いのもあった。

 鑑定したところ、何箇所か折れているのだが、ひとつは古そうだった。

「麻酔をかけます。痛みを緩和するものですが、痛くないわけではないので押さえておいてください。舌を噛まないように布で固定、そう」

 言わずともそこからは協力してくれた。彼等も骨折に対する治療方法は分かっていたようだ。安心して、男性の足を引っ張った。

 声にならない叫び声がしたものの、シウは何度か引っ張って修正した。

「鑑定してみます。うん、ちょっと足りない骨もあるようですが、戻りました。回復用のポーションを、ゆっくりと飲ませてください。ゆっくりです。同時に、こちらでも補助の魔法を掛けてみますから。もしかしたら、古い怪我の、足りない骨の分を補強してくれるかも」

 カルシウム多め、と考えながら補助魔法を掛けて行った。

 光属性がないとできない回復魔法だ。

 ポーションと同時に掛けると効果は高く、上級ポーション並になるとも言われていた。

 実際、男性の足は上手く元に戻った。綺麗になりすぎて、もう片方の足とは全く違って見えるほどだ。

 周りの男性2人も驚いていた。

「す、すごい」

「でも失った血は元に戻るわけじゃないから、造血用のポーションを飲みながら暫く安静にしていてください」

 ゆっくり飲ませないと、と注意しておく。

「造血剤は吐き気があるので気を付けて。ゆっくりです」

 他の2人の軽い怪我も、回復魔法で治しておく。

「フェレス、あっちは大丈夫そう?」

「にゃ」

「さあ、って。何、その素っ気ない態度はさー」

 笑うと、フェレスが、だってと拗ねた声で鳴いた。

「にゃにゃにゃ」

「あ、行きたいの? でも、守ってないといけないんだけど。フェレスだけで行く?」

「にゃ!」

「ふうん。いいよ、行ってきな。その代わり、皆の邪魔しちゃダメだよ」

「にゃにゃ!!」

 分かってる、わーい、と飛んで行ってしまった。

「しようがないなー」

 呆れながら、岩場の影を振り返った。男達3人が、なんとなく居心地悪そうにシウを見ていた。

「さて。じゃあ、皆さんの荷物でも片付けますか」

「……その、ありがとう」

「いいえ。荷物はそれだけですか? もし落として来たなら探しますよ」

「え?」

「この付近だったら、探せます。どんなものか、どの道を進んできたかだけ教えてください」

 シウの言葉を聞いて、彼等は半信半疑ながらもあれこれと教えてくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る