602 襲われる理由と悪魔の猿

少々残酷かもしれません。ご注意を。








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 荷物のほとんどの場所は分かった。が、1つはヒュブリーデアッフェに滅茶苦茶にされていたようだ。

 3人には静かに待っているよう指示して、岩場の上から結界を張り、シウは飛行板を取り出して荷物の場所へと向かった。岩場の隙間から飛んでいくシウを見たらしく、感覚転移で確認していたら男達が目を丸くしたのが分かった。

 森の奥では狭い場所に誘導されたのか、竜戦士達がヒュブリーデアッフェと戦っていた。ウェールが教えてくれたように魔獣の数が増えている。

 しかも、大きな円を描くように外側から別の種族もやってきているようだ。ものすごい速さで、猿型魔獣の移動が早いことがよく分かる。

 フェレスは慣れているガルエラドと連携して、戦っていた。

 しかし、これだけ縦横無尽に動き回る魔獣は初めてで、戸惑っている。決定打のないフェレスは、ガルエラドのために遊撃を買って出ているようだ。

 里の方は問題がなく、ヒュブリーデアッフェの群れも、別種の猿型魔獣もそちらへは向かっていなかった。

 あくまでも、ここが主体らしい。

 狙っているのはゲハイムニスドルフの彼等かもしれなかった。


 荷物を拾って持って帰ると、男性3人がホッとした顔でシウを見た。そんな顔になるぐらい、ここで待っているのは不安だったということだ。

 よく、この森を通り抜けて来たなと、気になった。

「あの魔獣は危険ですけど、いつも3人で山越えするんですか?」

「……護衛がいたのだが、追われている間に死んだ」

「おい」

 1人が話しかけた男性を止めようとしたが、どうせ分かることだと話してくれた。

「その護衛の1人が以前、森の奥地へ行った際に彼等の子をそうとは知らずに攫って来てな。調教するつもりだったらしいが」

「魔獣の子だと分かったのが村に入る前で、話し合いの末、殺して埋めたのだ」

「このあたりは彼等の縄張りではなかったし、以前のことだから大丈夫だと護衛職に戻ったのだが……」

「村を出たところから尾行されていたらしく、一番最悪な場所で襲われたんだ」

 魔獣の子を殺した時、一緒にいたのが骨折した男性らしい。

 見ていたのか、匂いでなのか。彼等は敵として認定したようだ。

「村へ入らなかったのは強力な結界があるからだろう。奴らは賢い。このままだと、俺達は村から出られなくなる」

「くそっ、あいつが攫って来たからだ」

「だが、殺すことを提案したのはヨサンだろう」

「おい、やめろ。他人の前だ」

 3人が言い争っているが、彼等のしたことはまあ、しようがないと言えなくもないが、それより前に言うことがあるはずだ。

 なんといっても、竜人族の里に近い。竜人族に迷惑を掛けることになる。

 今も、ヒュブリーデアッフェと対峙しているのは彼等なのだから。

「……ちなみに、探知の結果、別の猿型魔獣らしきものが、外側から円を狭める格好で向かって来てますよ」

 ガルエラドには通信魔法で伝えてある。荷物を拾いに行った時に、3人には聞かせたくなかったので、その時に話した。

「えっ?」

「僕はこのへんの魔獣に詳しくないから名前は分かりませんが、動きが早いですね。えーと、大きさは2mほど。ヒュブリーデアッフェよりひと回り小さいです」

「そ、そんな!!」

「トイフェルアッフェ!?」

 悪魔の猿という意味だ。小さいけれど、こちらの方が最悪らしい。3人の顔が、この世の終わりみたいな色に変わってしまった。

「どんな魔獣なのか教えてくれますか? それによって対応策も変わってくるので」

「……対応策、対応できる、のか?」

「はい」

 ここは自信たっぷりに答えた方が良いだろうと、にっこり笑って答えてみた。

 男性3人は、先程シウに助けられたことを思い出したのか、少々不安そうながらも知っている事柄を矢継ぎ早に教えてくれた。


 彼等によると、ヒュブリーデアッフェは気性の荒い猿型魔獣で、賢く他の魔獣と違って真正面から戦える相手ではないそうだ。

 魔獣としては珍しく、同じ種族への繋がりを大事にし、子は特に可愛がっている。これも大変珍しいことだが、同族食いは行わないらしい。

 その為、ゲハイムニスドルフの村では、彼等は人族のなれの果てではないかという伝承も残っていたそうだ。

 もっとも、人を好むところは魔獣と変わらず、結界がなければとっくの昔に村は襲われて食い尽くされていただろうとのことだ。

 元々、この群れの住処や狩場はもっとずっと東にあり、豊富な魔獣を餌に暮らしているらしい。偶に紛れ込む冒険者などを食べて人の味を覚えるのではないかと言われていた。

 先ほど、護衛が奥地へ入り込んだという言い方をしたが、彼等にとってみれば、シャイターン側が奥地なのだった。

 そして、トイフェルアッフェはヒュブリーデアッフェよりも小型ながら、悪魔と名のつく通り狡猾で恐ろしく、群れで暮らしてはいるが単体による戦闘能力の高い大層厄介な相手らしい。

 ただ、統率された戦い方を好むヒュブリーデアッフェよりは、単騎を好む傾向にあるので対処の方法もある。

 とはいっても、人間の裏を行くような高度な技を繰り出してくるので、ゲハイムニスドルフの村でも、竜人族からしても戦い辛い相手のようだ。

 彼等が恐れられる理由の一番は、人間の女は食料とせず、攫って連れ帰ると犯して子を産ませるからだ。

 完全な他種族なのによく生まれるものだと思うが、オークもそうした習性があるそうなので、ありなのだろう。

 ただオークの場合は苗床のような扱いだと聞いたことがあり、子は1回しか作れない。その前に精神が壊れてしまう女性も多いので、詳しくは分かっていない。もっとも、研究者とて調べる気にもなれないだろう。あまりに惨いことだから。

 しかし、トイフェルアッフェは、何度も産ませるという話が彼等の中で伝わっているそうだ。それならば確かに恐れるのも分かる。

 しかも、まれに男も食われずに連れて行かれることがあるそうなので、あるいは性行為の対象とされるのかもしれないと男達は怯えていた。

 シウとしては別の案の方が有力だったので、彼等の話を聞いてから、それを口にした。

「……それ、家畜として飼うつもりじゃないかな」

「え?」

「それだけ賢い魔獣なら、男と番っても子供が生まれないことぐらい分かるだろうし、魔獣はそのへん本能に支配されているだろうから性行為の対象にはしないと思うよ」

「そ、そうなのか」

「むしろ、保存の効く餌として扱ってると考える方が妥当だ。どちらにしても不幸だけど。とにかく、単体で動くのが基本、ということは分かったよ」

 その彼等が群れで向かってくる。

 何故だろう。ヒュブリーデアッフェと共闘を組むことはなかったそうだし、魔獣がそもそも他種族と連携するのは有り得ない。ちょっと違うかもしれないが魔獣スタンピードの時ぐらいだろう。まあ、あれは違うか、と1人納得する。

「ところで、肉とか毛皮とか、取っていた方が良い?」

「いや、肉は食べられたものじゃない。とにかく不味くて、飢えている時でさえ吐き気を催すほどだと聞いた」

「そんなにひどいんだ……」

「だが、毛皮は高級だ。特にヒュブリーデアッフェの変異種は最高級品として、シャイターンで売れる。魔核も大きい。トイフェルアッフェの毛皮も売れるが、あちらは肝臓が薬になるのと、魔核が他とは一線を画すぐらいに大きく素晴らしい。最高級品だ」

 滅多に手に入らない代物なので、村でも宝物扱いだとか。その話の時だけ、彼等は目を輝かせていた。


 というわけで、対策だ。

「今、北へ500mほど進んだ場所で、竜戦士がヒュブリーデアッフェを3匹殺したところだね。残り6匹、あ、1匹また死んだ。残り5匹だけど、たぶん、なんとかなると思う。フェレス……さっきの騎獣のことだけど、あの子が攪乱していてやり辛いみたいだね。騎獣はこのへんにいたことないのかな?」

「……空を飛ぶ獣のことだったら、以前、村にもいた。白い子で、とても優しい子だったが、寿命で死んだのだ」

 聖獣の事だ。彼等が聖獣を知らないはずはないのだが、急に物知らずの田舎者のような発言になってしまった。ばれたらまずいということぐらいは知っているらしい。慌てて隠そうとしたのだろう。シウも彼等に合わせた。いたずらに悩ませるつもりはない。

「滅多にいないんだね。この森だと生まれても、拾われ難いし、幼獣のうちは弱いから殺されるのかな」

「……あれらは、人の近くに生まれると聞いたが」

「そうかもね。だったら、不幸はなかったことになるから、良かったよ。まあ、騎獣に慣れていない魔獣のおかげで、あちらは上手くいってる」

 問題はトイフェルアッフェだ。

「全部で14匹か。あと10分ぐらいで到達しそう」

「10分!!」

「もうダメだ、俺達はここで死ぬんだ」

 餌になるのは嫌だ! と3人目が叫んだところで、シウは苦笑した。脅かし過ぎたようだ。

「大丈夫だって。でも、念のために騒がないでね。あと、パニックになってここから出ないように。あ、精神魔法持ちだったら困るから、出られないように固定しておくよ」

「え?」

「ここにいてね。外から結界魔法を掛けるので」

「で、でも、そうしたら俺達は」

「僕が死なない限りは結界が守ってくれます」

「そ、そんな!!」

 真っ青な顔になる。そんなにシウは当てにならないのか。失礼な人達だ。

 でも、確かに見た目で言うならば、信じられないのも無理はなかった。

「どのみち、僕が死んだら、生き残れないですよ。戦えないでしょう?」

「う」

 一応は村の外を出られるぐらいだから、ある程度の冒険者レベルはあるようだが、護衛がつくぐらいだから押して知るべし。自分達の足手まといぶりを思い出したようで、シウの提案を受け入れるしかないと気付いたようだった。

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