603 悪魔の猿の統率者
岩場をトントンと飛び跳ねて抜けると、男達の視線から隠れた。
飛行板を取り出しながら、転移する。
同時に感覚転移でガルエラド達の戦いを見た。
「(そっちは大丈夫そうだね)」
「(ああ。フェレスが奴等の居場所をいち早く察知してくれるので、裏をかこうとしても返り討ちにできる)」
「(じゃあ、そっちは任せるね)」
「(シウはトイフェルアッフェを迎え撃つ気か)」
「(うん)」
「(危険ではないか?)」
「(むしろ、他の人の視線がある方がやり辛いから、勝手にやってみる)」
「(そうか。もし、必要なら呼んでくれ。フェレスならお前の所まで連れて行ってくれるだろう)」
「(そうだね、じゃあ、その時は頼むよ)」
通信を切って、フェレスの戦いぶりを眺めながら、もう一度転移した。
今度はトイフェルアッフェの真後ろに出た。
「ギッッ! ギャッギャギャギャッー!!」
1匹が後を追っていたので、突然現れたシウを見て叫んでいたけれど、シウの目の前のトイフェルアッフェは振り返る間もなく首を落とした。
念のため、相手が強いといけないから、空間魔法を使ってみた。以前にも同じような技を使ってみたことがあるが、それを改良したものだ。
空間壁を細く強固にして作り上げ、その内部を真空状態にしてから、壁を解く。その刃を振り下ろせば、真空状態の細い刃が、その場の物を切り裂くというわけだ。
レーザーを試しても良いかなと思いながら、後方の個体を振り返る。
「≪魔核転移≫……は、難しいか。よっぽど強い魔獣なんだなあ」
魔核が大きいと言われていたので、魔力の壁が厚いのだろう。魔法が効き辛いのなら、直接攻撃が合うというわけだ。
しかし、折角なので以前に作っていた魔法を試しておきたい。
「≪魔素吸収≫で、どうかな」
鑑定してみると、周辺の魔素が一気に減った。が、当然体内魔力の高い魔獣には異変が分からない。シウを相手に威嚇したままだ。その間に特殊な音波を発していたので、仲間を呼んでいるらしい。
「≪指定虫≫と≪魔力吸収≫っと、今度はどうかな」
結界を張らない状態でどうなるか、少々心配な面持ちで見ていたらすぐに効果が表れた。
虫と称したが魔法による「対象物」の指定と、そこから魔力を奪うものだ。くっつくと離れない仕様である。
「ギッ、ギギギッ?」
木の上で威嚇していたトイフェルアッフェが枝から落ちた。途中で枝を掴もうとしたが、それさえできずに地面へ激突する。
がくがくと足を振るわせて立っているが、動きがおかしい。
その様子に、トイフェルアッフェが相当魔力に頼った生き方をしていることが分かった。体内魔力が減ったからといって、これほどまでに弱まるはずはない。生き物には本来持つ体力なり、筋力があるのだから。
もしかしたら、魔力で身体強化していたのだろうか。
となると、人と同じか、それ以上の魔法の使い手ということになる。
残りの応援が来る前に、シウは2匹目も首を落として倒した。2匹とも、空間庫にとりあえず入れておく。
詳細を調べるのは後だ。
続けて、音波を察して方向を変えた後続のトイフェルアッフェがやってきた。
塊射機を向けると、それが武器だと判断して慌てて木の後ろへ回ったり、冒険者から奪ったのか盾のようなものを向けてくる。鑑定すると魔法攻撃を回避する、結構な代物だった。こんな森へ入ろうとするぐらいだから、よほど腕の立つ冒険者だったのだろう。
その戦い方を学んだのか、動きも妙に人間臭い。
(≪対生物重力圧≫)
実験でしか使ったことがなく、実戦では初めての魔法だったが、トイフェルアッフェには有効だった。ただ、効き目が悪い。やはり直接魔法は魔力の高い相手には厳しそうだ。
それでも空間を囲って全体に掛けていると、案外いける。
木の裏に隠れたものも、盾を持つものも、まとめて全部が潰れてしまった。
威力は高めていないので、身が潰れることはなかったが、あまり気持ちの良いものではない。
こうなると砲が向いているかもしれないと、次に現れたトイフェルアッフェには、
(≪対生物重力砲≫)
と内心で唱えた。
唱えずともイメージだけで大丈夫だが、癖付けていた方が、後々を思えば良いだろう。いつかやってくるのだ、ボケる日が。その時、無意識におかしな魔法を使いたくはない。
「あ、砲だと頭を狙えるから楽か、も、じゃない? のか、な?」
頭を失っても動いているのでちょっとどうかと思ってしまったが、やがて止まってくれた。
次の個体では頭を飛ばしてすぐ、魔核を転移させてみた。するとあっさり成功した。頭と密接に関係していることが分かった。魔核を狙わずに倒せるのは良い情報だった。
空間魔法を使った≪真空切断≫では、割とすんなり倒れていたのに、違いはなんだろうと不思議に思ったが、階位のせいかもしれないということが、後で分かった。
後続のトイフェルアッフェに色の違う個体がいたからだ。そこで初めて、その場の魔獣達を鑑定してみた。
1匹だけ緑色の個体の魔力量が、桁違いに多い。
「550って。どこの竜だよ」
他の個体が100から200だったので、それでも高いのだが、550は特別だ。
聖獣ポエニクスよりは少ないが、少なくとも人族では有り得ないし、竜人族よりもずっと高い。
さすがに水竜よりも下だが、火竜と同等、飛竜などよりは遥かに勝っている。
「ギャッ! ギギギッ、ギギギ、ギギギッ!!」
なんとなーく、通じてしまうのが怖いのだが、もしかして言葉を持つのだろうか。
まさか人間の範疇に入らないだろうなと、不安になってきたけれど、出会って早々殺しにかかってくる相手はやり返してもいいかと、気を引き締めた。
ちなみに緑の個体は、あいつおかしいきをつけろ、というようなことを言っている気がした。
あと、食べたら身になるだとか、力が増える、といったニュアンスも混ざってて副音声か、と突っ込みそうになった。
あるいは音波が飛んでいて、それを拾ったのかもしれないが、どちらにしてもすごい能力である。
「能力のある人間を食べて強くなったのかな。そうすると特殊個体、あるいはトイフェルアッフェ自体が相手の能力を奪うか、取り入れるのか」
盾を使ったりするぐらいなので、学習能力も高そうだった。
そして単体行動の多いらしい彼等が群れで移動していたのも、この強力な個体がいたからだろう。
ゴブリンでもそうだし、オーガやオークも、リーダーが生まれると途端に大きな群れを形成する。やがて王が生まれるのだ。
そうなるともう手が付けられない。ものすごい勢いで増え、討伐も大がかりだ。
今ここで彼等に出会ったのは僥倖だったのかもしれない。
もし知らずにいたら、オーガよりも恐ろしい集団が出来上がったかもしれないからだ。
今も、シウを相手にして、どうやって倒そうか考えを巡らせているようだ。一部の仲間をシウの背後へ回しているのも分かっている。
多い魔力を使って、身体能力も高めているようだった。
真っ先にシウへ向かってきたのは背後のトイフェルアッフェだ。黒い2mほどの細身の猿が襲ってくるのは意外と怖い。
シウが避けるのを待って、そこに別の個体が飛び込んでくる。こちらも身体強化を掛けており、とても早い。拳が向かってくるが、それは結界で阻まれた。
結界は効くようだった。緑の個体が何かやるかと思っていたが、彼は離れた場所から様子を窺っているだけだった。それでも指示を出しているのは分かる。音波が飛び交っているからだ。
試しに、幅広く周波数を変えた妨害電波を発してみた。
すると緑の個体が、バッとシウを見て、驚いたようだった。
電気はどうだろうと、地面に手を置いた。仕組みは分かっているので、地面に手を置く必要はなかったのだが、これもイメージだ。そして緑の個体は、シウが何かするのだと悟って飛び上がった。
分からなかった他の個体が、高圧電流を受けて倒れた。電気を通しやすいよう細工した細い糸を伸ばしていたのだ。
一気に駆け抜けたそれに、身体強化していても耐え切れなかったようだ。
木の上にいたものは助かった。そして、緑の個体も。
助かった個体には、間を与えず≪真空切断≫で首を落とした。そのまま空間庫へ転移させる。動いていた体は空間庫へ入った途端に止まった。つまり、首を落としただけで「死」という状態になったのだ。
動いているのは、ただの反射だったようだ。
残ったのは緑の個体だった。
離れた場所からシウをジッと見つめている姿は、人間のようにも思える。
が、口にしたのは人間のものではなかった。
「ギャッ、ギッギギギギッギギギッ!」
くってやる、くってもっと、くってやる。
食べたい、食べるために力を得るのだ、そしてまた食べる。その思考がまともに向けられた。
更には、折角の兵隊を失った、食べずにとっていたのに、とも伝わってきた。
同族食いはしないと聞いていたが、個体にもよるのかもしれないが、あるのだと知れた。そしてそこに忌避感はないようだった。
やはり相容れないのだなと納得し、倒す算段を考える。
魔核転移は無理だろうから、≪指定虫≫≪魔力吸収≫が使えないか考えていたところ、緑の個体が動いた。
すうっと息をのんで、あ、何か発するのだなと思ったので慌てて大きな空間壁で取り囲んだ。相手は気付いておらず、ついで強力な結界魔法も掛けてみた。
終わると同時に、緑の個体が大音量の叫び声と、超音波を被せて魔法を放ってきた。
フル鑑定したままだったので、ものすごい勢いで内容が流れていく。
その中に気になるものが沢山あった。
≪強者の威圧≫≪将軍の咆哮≫≪魔力混合砲≫≪波動砲≫≪結界破断≫≪認識阻害≫≪火焔砲≫≪雷撃砲≫とまあ、出るわ出るわ。
それを尽く、同じ空間にいたシウの≪無害化魔法≫がキャンセルしていく。
申し訳ないぐらいあっさりと、シウの方の鑑定結果も、解除解除と表示されて流れていった。
緑の個体の放った魔法の中には≪魔力解放≫というものもあり、自らの多い魔力量を他の魔獣に分け与え、僕として使うようだ。強制的に狂わせることになるもので、いわゆる、狂化に近い。
こちらも残念ながら、空間壁と結界に阻まれて、魔獣に分け与えられることはなかった。むしろシウの用意した魔石に、魔力吸収されてしまった。
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