604 特殊個体の討伐と能力、合流




 緑の個体を鑑定したら、魔力量が200にまで減っていた。

 渾身の一撃だったに違いない。

 が、全ての魔法をキャンセルしたシウを前にして、彼――雄だったのだ――は困惑しているようだった。

 何故、立てているのか分からないらしい。

 ところで、≪強者の威圧≫と≪将軍の咆哮≫、それに≪魔力混合砲≫は彼独自の魔法らしい。無害化魔法がなかった頃から、威圧系にはめっきり強いシウなので、大声を上げるぐらいはと気にしていなかったが、魔力混合砲は危険だったかもしれない。豊富な魔力を咆哮に練り込んだ衝撃波は、普通に当たれば死んでしまうだろう。

 あってて良かった、無害化魔法だ。

 その後の、≪波動砲≫≪認識阻害≫≪火焔砲≫≪雷撃砲≫などは複合技が元になっているらしく、人間を食うことで得た能力のようだ。それらの固有魔法もあるかもしれないが、取り込まれたことで彼の物になったと考えるのが妥当な内容だった。これほど固有魔法を持っている人は滅多にいないし、魔獣が、人が使うような攻撃スキルを揃えていることも不自然だった。

 それとは別に、≪結界破断≫というのは、固有魔法のような気がする。これ独自で立派に成り立つ魔法であり、複合技で使用するには難しそうだからだ。

 相当、腕の立つ人間が緑の個体に食われたようだった。

 ≪魔力解放≫は鑑定スキルの一番最新位置にあったので、内容から考えて魔獣独自のものであり、人から得たとは考えにくいので、緑の個体が編み出したものだと思う。

 これらを考えると、やはり緑の個体を逃すわけには行かない。

 頭もよく、仲間を統率し動かせるのは恐ろしい力だ。しかも魔法まで編み出した。

 もはや魔族と言って良いのではないか、というほどだ。

 もっとも、魔族の方がよほど人間的であり、取り引きできる相手だと聞いているので、食いたいという本能で動いている目の前の緑色の猿よりはずっと知的だろうが。


 魔力の込められた魔石を手にしつつ、シウは破断された結界のひとつを完全に消し去り、もうひとつ増やしてみせた。

「ギッ!!」

 悔しそうに地団太を踏んでいる。

 シウの持つ魔石に、自らの魔力が流れ込んだことも薄々分かっているようだ。そのぎょろりとでかく付き出た目が、魔石を捉えている。

 シウは魔石を右に左に持ち替えて、追い詰めることにした。

 観察はもう終わりだ。一気にたたみかける。

 ヒエムスグランデルプスを倒した時と同じように、高高度から落とした物体を何度も繰り返して空間庫に放り込んでいた、ただの高炭素鋼材を、緑色のトイフェルアッフェの真横に向けて放つ。板状になった鋼材が一瞬で首と胴を切り離してくれた。

 鋼材がそのまま飛んでいくと周辺の土地が危険なことになるので、浄化しつつその勢いを保ったまま空間庫へ戻した。このパターンで、永遠に武器として使えそうな気がする。ちょっと危険なので取り出す時は要注意と、付箋でも貼っておこう。と思ったが、すでに貼られていたようだ。


 ところで、この強い個体を倒すのに、重力魔法を使うか悩んだ。先程の実験の結果では可能だと思ったのだが、トイフェルアッフェには魔法ではなくて直接的な方がやはり向いている。確実に倒したいなら物理的な切断方法が良いだろうと急遽変えてみた。

 それに、緑の個体の鑑定中に魔力阻害というスキルを見付けたのだ。もし一息に仕留められなかった場合、反撃されると厄介なので方針転換した。

 魔力阻害はその内容から、たぶん、無害化魔法の下位版だろうと思う。魔法による攻撃を回避する能力があるようだった。ヒエムスグランデルプスにも似たようなスキルがあったのだろうと、今になってみれば思う。巨大な、あるいは強力な個体の魔獣相手では、魔法が効きづらく、物理的な攻撃が効果的になることもある。それをよくよく学んだシウである。

 もっともトイフェルアッフェの魔力阻害はレベルが低かったので、気にし過ぎかもしれないが、何事も慎重な性格のシウなのでこれで良かった。実際、結果的に、緑の個体は死んだ。

 念のため魔核を転移させて手に取り、完全な死体の状態にした。

「ふう」

 意外と大変だったなあと、溜息を吐いたが、ガルエラド達の方ではまだ戦闘が続いているようだった。

 体力的には持ちそうだし、感覚転移で彼等の様子を眺めつつ、シウはその場でトイフェルアッフェの解体を行った。

 数匹は残していたが、それは竜人族に渡すためだ。今後のことを踏まえて、研究した方が良いだろう。

 14匹のうち、10匹は解体して素材にしてしまう。肉も念のためラップで囲んでから空間庫に放り込んだ。



 やがて、ヒュブリーデアッフェの討伐も終わったようだった。

 それを確認してから、ガルエラド達の近くまで転移した。

 戦闘に集中していたらしく、ガルエラド以外はシウが突然索敵内に現れても気付かなかったようだ。ちょっとガルエラドが渋い顔をしていた。

 近付くと案の定、愚痴のようなことを零す。

「いくら戦闘後とはいえ気を抜きすぎだ。気配探知もできていない」

「僕も気配を断っていたから」

「……確かに転移をして、それだと、見付け難いか」

 ふうと、溜息を吐いている。

「厄介な相手だったね」

「シウの方がよほど大変だったろう。よく、倒せたな」

 ガルエラドはシウが全匹倒したことを疑ってないようだ。眼差しを緩めて、シウを見た。頑張った子供を褒めるような、視線だった。

「にゃー!」

 そんな2人の間に、フェレスが割り込んできた。

「にゃにゃ、にゃにゃにゃ!」

 ふぇれ、がんばったよ! とこちらは素直に「褒めて褒めて」とすり寄ってくる。シウはガルエラドと顔を見合わせて、笑った。

「よく頑張ったねー。偉い」

「にゃ!」

 むふー、と鼻息荒く、自慢げだ。尻尾を立ててふりふりしているので、討伐における自分の役割がどれほど大きかったか理解しているようだった。

 直接倒していなくとも、彼が攪乱してくれた恩恵は竜人族の戦士達にも伝わっていて、フェレスの大騒ぎとシウの姿に、皆が駆け付けてきた。

「こっちはなんとか倒せたが、ゲハイムニスドルフの使者達は――」

「あ、結界を張って保護してます。あと、里へ戻ったら重大な話があるので、とりあえず急いでここを片付けましょう」

「分かった。すぐにこの場で解体するぞ。必要な物だけ保存袋に入れたら、残りは処分だ。リングアは周囲の警戒、後続班に巡回を強化するようブーコリカが伝えてくれ。その後は――」

「里までの行程を確保する」

 ブーコリカという男性は斥候なので、先に行くようだ。

 後続班も来ているので、解体が終わる頃には合流できるだろう。一歩遅かったが、彼等が騒がしくなった森の巡回をしてくれるなら、助かる。

 シウは簡単にガルエラドへ報告した後、アルティフェクスという斥候の男性と使者たちのところへ戻った。


 使者が最初に遭遇するのは森を警戒中の斥候職が多いので、アルティフェクスの顔も彼等は知っていた。

 馴染みの顔を見て、ホッとしたようだ。

「戦闘は終わった。これから急いで里へ向かう。荷物は各自で振り分けて持ってくれ」

「わ、分かった。その、そこの子供は」

「彼はシウと言う。我が里の恩人であり、大事な客人だ。ゲハイムニスドルフの一族方にも、そのことを覚えておいてもらいたい」

「……そ、そうですか。では、さっき言っていたトイフェルアッフェも、まさか」

 それが知りたかったらしい。そういえば彼等には言ってなかった。

 そしてアルティフェクスも詳しくは知らないらしく、目を細めていた。

「ここへ向かっていた群れは全部倒したから、大丈夫です。でも、森が騒がしくなっているから、急いで里へ向かいましょう」

「倒した……? 倒したのか」

「や、やった、俺達は生き残れるのか!」

「おおっ、神よ、大精霊よ!」

 3人が感動している間、アルティフェクスはちょっぴり困惑顔で彼等の荷物を片付けていた。付き合いもあり、助け合うことも多いふたつの里と村なのに、何故一緒に暮らしていないのだろうと思ってたが、少しだけ理由が垣間見えたシウだった。

 たぶん、この大袈裟な態度に付き合い切れないのだろう。

 竜人族は明るいし、サバサバしている。言葉を選ばずに言えば、単純というか素直な人が多いのだ。くよくよもしていない。

 でも、人の血を多く取り入れたハイエルフの末裔一族は、人の良いところも悪いところも持っているようだった。

「荷物だ。さあ、持つが良い」

「……あ、ああ、そうだったな。ありがとう」

「助かったのか。だがまだ危険だな。よし、急ごう」

「お、おい、その前にお礼を」

「うん?」

「俺の命を助けてくれたし、先程もトイフェルアッフェの群れを倒してくれたのだ」

「ああ、そうだった、忘れていた。すまない、シウ殿」

 生き残った喜びですっかり舞い上がっていた彼等は、恐縮し始めた。

 うん、でもそれはもういいから、とシウは苦笑した。アルティフェクスも同様に、まだかなーといった様子でつまらなさそうに岩場の向こうを眺めていた。警戒もしているのだろうが、あからさまである。

「とりあえず、先を急ぎましょう。骨折していたあなたは、血が足りないでしょうから、一度アルティフェクスさんに持ち上げてもらってください。岩場を抜けたらフェレスに乗せます」

「あ、ああ」

 恐々、フェレスに目をやって、それから諦めたようだ。アルティフェクスはようやく自分の出番とばかりに狭い窪みに降り立ち、男性をひょいと背負った。そのまま飛ぶように岩場へトンと軽く移った。残り2人は自力で岩場を登り始める。

 使者になるだけあって、身体能力は高い男性達だ。一般人とは違って足手まといになることもなく、崖のようになった岩場を脱出していた。

 竜戦士と合流すると、一度全員に回復魔法を掛けて、それから里を目指した。途中、後続の竜戦士達と連絡を取り合い、森を警戒しながら抜けていく。

 里へは、昼を大きく過ぎた頃に到着した。

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