605 癇癪のち引っ付き虫と対策会議




 里の防衛をしながらもウェール達は昼の用意をしており、パンの良い匂いに魔獣と戦った男性達は顔を綻ばせていた。

 ゲハイムニスドルフの3人も、匂いを嗅いでお腹が空いていたことに気付いたらしく、挨拶の口上もそこそこにかぶりついていた。

「美味しい!」

「こんなにパンが美味しいなんて、水も、ああ、生き返るっ!」

「というか、このパン、美味し過ぎないか?」

 冷静な人もいたが、竜人族も食べる時は一心不乱なことが多いので、誰も3人には返事をせずにがっついていた。

 シウはいつも通り、ゆっくり食べていたが。

「フェレスは頑張ったから、内臓ねー」

「にゃ、にゃにゃ!」

 とっておきのをあげた。何とは言わない。

 ところで、里へ帰ってきてから、クロとブランカが引っ付き虫になって離れなくなった。クロは何も言わないけれどシウの肩の上から動こうとしないし、ブランカは「おいていった!」と癇癪を起こした後に、爪でがっちりシウの足を巻き込んで、もうここから動かないと決めたらしい。

 たまになら離れて過ごすことも増えて来て、ちゃんとお留守番できていたのに、里の様子が尋常でなかったからか彼等も気になったようだ。

「シウ殿が里の内側に入った途端、気配に気付いたらしくてね。いないことを思い出して、慌てて飛び出していってしまったんだよ」

「すみません、預かってもらったのに」

「いやいや。可愛い子達で楽しかったよ」

 ノウスは追いかけてきて、シウ達の様子を知り、ホッとしたようだった。

「とにかく、大変だったね。ありがとう」

「いえ。あいたたた、ブランカー、噛むのやめてよ」

「み゛ゃっ」

 自分に構え! と、その目で語ってくるので、ノウスと2人で笑い合った。

 クロは静かだけれど、シウの髪の毛を咥えて引っ張ったり、繕ったりしていて、どちらも甘えているようだ。

 フェレスは充分楽しかったので、我関せずでのんびり寝ているし、頼りにはならない。

 仕方なく、行儀が悪いが2頭の相手をして、いつもよりも長い食事時間となった。



 夕方、長老ソヌスを含め、里でも有力な竜人族が集まり、話し合いが始まった。

 そこにはゲハイムニスドルフの使者達もいた。

 彼等が挨拶した後に、今回の始まりを説明した。おおよそ、シウが聞いた話と違いはなかった。

 その後、キルクルスが到着してからの流れを説明し、最後にシウがトイフェルアッフェの事を話した。

 実は誰もその姿を見ていないのだが、竜人族は疑うことなど一切なく信じてくれていたが、使者のうち1人は疑っているようだった。骨折した男性はアエテルヌスと名乗り、助けてもらったという気持ちのせいかシウのことは全面的に信頼してくれているようだった。もう1人はどっちつかずで、半信半疑といった感じだ。

 どのみち、詳しく生態を教えておく必要があったので、解体せずに取っていた体を魔法袋から取り出した。

「うおっ」

「こ、これが、トイフェルアッフェか」

「間近で見たのは初めてだ」

「倒しても、体は持って帰れる余裕があまりないからな。若造どもは見たことがないだろう?」

 竜戦士の中でも年寄りが自慢げに話している。

「それにしても、ヒュブリーデアッフェと比べたらひと回りも小さいな」

「大きさは我等と同じぐらいか?」

「そうだな。ヒュブリーデアッフェは3mもあるが、こちらは2mほどか。こちらも俊敏だったか?」

 キルクルスに聞かれて、シウは頷いた。

「ヒュブリーデアッフェよりも小型な分、小回りが利いて大変でした。特に、その名の通り狡猾で、単騎で動くと聞いていたけれど2匹で組んで、前後を襲ってきました」

「前後を? 囮と本命か」

「考えがあるのか。それは怖いな」

「我等もその話は初めてです。単騎で動くのではなかったのですか……」

 アエテルヌスが怯えた顔で呟いた。

 他の2人も顔色が悪い。

「もしあのままだったら、俺達は餌として連れて行かれたかもしれないのか」

 想像して、気分が悪くなったようだ。

 そんな時に申し訳ないのだが、話を進めさせてもらう。

「もっと大事な話があります。これらは全部で14匹いて、そのうちの1匹が緑の個体でした。特殊個体で、鑑定を掛けたら魔力量が550ありました」

「は?」

「なんだってっ!?」

 有り得ない、と叫んだのはゲハイムニスドルフの男だ。

 もう1人が呆けた顔で固まり、アエテルヌスはその場に力なく項垂れた。

 ガルエラドやキルクルスの顔も固まっていた。

「取り出して見せますね。これです」

 首のない死体が、地面に置かれた。

「鑑定して分かったことと、僕の推論も混ぜて言うなら、この個体は変異種だろうと思います。他の個体は平均150ほどの魔力量で、固有魔法など持っていませんでした」

「……まさか、と言うことは」

「こいつは人間が使うような魔法から、種族特性のような魔法まで持っていました」

 一度に話しても仕方ないので、簡単にスキル内容を教えた。

「これが、変異種だとしても、また出ないという保証はないです。対策を練っておかないとならないでしょう」

「うむ、そのようだ」

「……厄介だな」

 同じ変異種や、魔力量の多い魔獣でも、猪突猛進型がほとんどなので案外対処できるものだ。

 特に竜人族の能力の高さなら、計画を立てて向かえば、水竜を相手にしても戦えるだろう。

 ただ、相手が小さく俊敏で、統率のとれる狡猾な性質だと、厄介だ。

「≪将軍の咆哮≫とあったので、こいつは将軍にまで階位を上げていた。あそこで出会わなければ、王にまでなったかもしれません。となると――」

「スタンピードよりも恐ろしいな。魔人の誕生か」

 シウは言わなかったけれど、思考も出来上がっていたことから考えるに、魔人へは遅かれ早かれ到達していただろう。

「一度、山狩りをした方が良いかもしれんな」

「ああ」

「残党狩りか」

「その前に対策だ。詳しく、教えてほしい」

 竜人族達はすぐに気持ちを切り替えて、現実に目を向けていた。

 が、アエテルヌス達は未だ、衝撃から抜け切れずに呆然としていたのだった。


 何故、彼等がそこまで衝撃を受けているのか、シウが不思議に思っていたらソヌスが教えてくれた。

「ゲハイムニスドルフには強力な結界魔法が張られているのだよ。ハイエルフの血が強い者はほとんどそこから出ないのだ。あの者どもはもはや完全な人族で、だからこそ使者としてやってくるのだが、一族の生き方に慣れ親しんでおるので、さほど遠くへは出ないのだ」

 いつも安全な結界に守られているから、外の様子の恐ろしさに改めて慄いたのだろう。

 では、彼等が森を出て使命を果たす際には、それは途轍もない気力が要るのだろうと同情した。竜人族をお供に付けるとはいえ、大変だったろう。咄嗟に遣唐使を思い浮かべたが、意味合いが違うなと頭を振った。

「ゲハイムニスドルフの村と、我が里の間は定期的に魔獣を狩っているので、さほど危険ではなかったのだが、今回の事があると尚更、彼等も村から出る気が失せただろう」

「いつもは買い出し品は持っていくんですよね?」

「さよう。だが、それでは悪いと、年に一度ぐらいはこの時期に使者を立ててくれるのだ。あちらの話を聞かせてもらったり、こちらの様子を見せたり、な」

 人族の特性として、疑うとまでは行かなくとも、実際の目で見て情報を得たいと思うのが本音だろう。

 ただ、建前として使者を立ててくれるというのは、竜人族の里としても有り難いに違いない。

「今回は送って行くのが妥当であろうな」

「そうだ、ついでにガルエラドが持って帰った素材などを分けて差し上げよう」

「保存袋もあるしな」

 気の良い竜人族達はそんなことを言って、魔獣の対応策を話していた。

 ここで気楽にそんなことが言えるのが彼等の性分である。

 アエテルヌス達はまだショックらしくて、はあ、と曖昧に返事をしていた。


 研究の為に、竜人族の里にトイフェルアッフェの死体を渡すと、ゲハイムニスドルフの、シウの言葉を疑っていた男がものすごく下手に出た言い方で、自分達にも1匹分けてくれないだろうかと言ってきた。

「あの、討伐した魔獣が討伐した者のものだということは分かっているのですが、俺達の村でも研究したいんです」

「いいですよ」

「ですから、対価はもちろん、払いますので! って、え?」

「いいですよ。そのつもりで解体せずに数匹残していたんだし。魔核も綺麗な物だったので、付けておきますね」

「えっ!?」

「い、いいんですかっ!?」

 アエテルヌスもびっくりして詰め寄ってきた。

「……助けてもらって、その上こんなにまでしてもらって、ですが、その、我等はそれほどお金をもっていないのですが」

 困惑する彼等に、シウは苦笑した。

「珍しい魔獣を捕まえるきっかけになったし、別にいいです。それに、アウルのご両親がいた村のことでしょう? そういう理由じゃおかしいかな。いつかアウルが村へ戻った時に、アウルのおかげ、ってことにしてもらえたら、僕はそれでいいです」

「……アウル、アウレアのこと、ですね」

 複雑な顔色のアエテルヌスが呟くと、他の2人も神妙な顔になって俯いた。

 アウレアの名は、彼等には重い言葉だったようだ。

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