606 猿役と訓練、街への買い出し案
翌日、金の日の朝から、また対応策を話し合った。
ヒュブリーデアッフェについては、フェレスの攪乱を見て戦い方を模索し、今後に生かせるということで戦術を組んでいた。
トイフェルアッフェについては生態を研究しつつ、シウの話を中心に訓練しようということになった。
「僕が猿の役をやろうか?」
「……いいのか? それなら、やりやすいのだが」
キルクルスが心配顔でガルエラドを振り返っていた。彼がシウの保護者役らしい。
ガルエラドは黙って頷き、他の面々に視線を向け、最後にシウを見た。
「シウなら問題ない。全力でかかっても誰も勝てんだろう。フェレスは危険だが、訓練には参加させるのだな?」
「外したら拗ねると思う。でも保護結界を張るから大丈夫だよ」
「そうか。では、やってみよう」
話し合っていると、ウェールがアウレアを肩車しながらやってきた。
「ねえ、午後は複合技教えてよね! 料理もー」
「うん」
「じゃあ、アウルはあたし達が面倒みとくよ」
ついでにクロとブランカも連れて行ってほしいのだが、シウから離れてくれないので仕方ない。クロは胸に、ブランカは背中に背負って訓練に参加した。
アルティフェクスなどは「本当にそれ大丈夫なのか」と聞いて来たけれど、これも重石を付けた訓練だと思えば身に付くよ、などと適当に答えた。
まさか午後から彼等が本当に体に重石を付けて訓練するとは思わなかったが。
ところで竜人族の戦士にもいろいろあって、次代の長老候補であるキルクルスなどは冷静沈着なのに若者らしい探究心もあって、好感のもてる青年だ。
ガルエラドよりは少し年上で、本来の年齢は60歳だ。見た目年齢という意味なのか鑑定では≪60/26≫と表示されるから、シウは勝手に彼は26歳だと思っている。鑑定能力が上がったので、表面的なものを調べるぐらいならば気付かれずに済んでいて、ちょこっと見てみたのだ。
他に、リングアという青年も同年代だが、彼は強気なタイプで猪突猛進なところが若干ある。話も好きで、明るくてムードメーカー的存在だ。リングアを見ていると、ガルエラドの無口さが際立つ。
アルティフェクスは静かな性質で、いつの間にか傍にいて、のっそりと話す癖があった。時折つまらなさそうにしているのは、ペースを乱されることを嫌うからのようだ。そのためか、ゲハイムニスドルフの使者達が苦手のようだった。
ディアログスも竜戦士なので訓練には参加していたが、最近は生産魔法を使って保存袋を作ることを覚えたため、夜の仕事が出来たと嬉しそうである。
夜はやることがないため、独身の男性は暇らしい。
早く嫁が欲しいと真面目な顔をして教えてくれた。
ブーコリカはアルティフェクスと同様、斥候職だが訓練にも参加している。穏やかな雰囲気で、静かに気配を消すタイプだ。斥候に向いた性格でもあった。無口だけれど、話し合いの際にはきちんと意思を伝えてくるので、ガルエラドのような言葉が足りないタイプでもない。
他に、今は見回りでいないが女竜戦士もいて、ガルエラドの姉にあたるアプリーリスなどは気が強いらしく、男達もたじたじのようだった。
まあ、総じて女性陣は明るくて気が強い。いざとなった時の肝の据わり方も半端なく、頼れる姉さん、おっかさんタイプばかりだった。
シウも女性陣には可愛がってもらっていた。
一度、ガルエラドの母クレプスクルムに抱っこされながら寝た時には、赤子のように扱われて困ってしまったほどだ。
この里では赤子のソノールス、幼児のアウレアの次に幼いのがシウということになり、見た目も子供だから可愛いのだそうだ。
久しぶりの子供達の姿に、竜人族達は喜んでくれていた。
そんなものだから、シウを魔獣役にしての訓練は途中で何度か邪魔が入った。
「ちょっとあんた達! シウを傷つけたら許さないからね!」
「相手は子供だよ、分かってる?」
茶々が入ると訓練にも支障をきたすので、シウも竜戦士達も呆れてしまった。
「視えないように結界張ってやりましょうか」
「できるのか? なら、頼む」
その後は、結界内で訓練を行ったのだった。
訓練では、里の近くの拓けた場所を使った。森での戦いを模した訓練場所でもあるというので、幾つか手を加えたりもした。
土属性魔法で壁や塔を作ったり、木属性魔法では茂みを増やすなど、障害物を多くした。木々の配置も慣れてしまうと訓練にならないので、簡単に植え替えたりして移動してみたので、訓練に参加した人は目を瞠っていた。
そして、森での戦い方には自信のあるシウだ。特製の木登り用クナイを使って移動を繰り返した。認識阻害の魔術式を付与した蜘蛛蜂の糸を、あちこちに仕掛けて行ったので、それらを使って飛び上がったり、木の後ろへ回るなど、変幻自在の動きには当初誰も付いてこれないようだった。
ましてやフェレスもいる。機動力のある騎獣が攪乱するので、敵役になった時には戦い辛さがよく分かったようだ。
何度もすり抜けていると、終いにはリングアなど、ガーッと怒って突進してきたりもしていた。
そうした相手の方がやりやすいので、身を躱して倒しておく。
ただ、キルクルスとガルエラドはさすが長老候補だけあって、すぐにシウの手の内を察して、行動を変えていた。
阿吽の呼吸で連携を取るので、シウとしてはやり辛い相手だった。
逃げ回りながら、彼等の後ろを取った、と思ったところで捕まえられそうになったり、まるで本当に猿との戦いの延長のようであった。
昼には全員がばてており、シウも気疲れしてフェレスの上に寝転んだ。
「あー、疲れたねー」
体力はもう戻っているのだが、全力で森の中を走り回れば精神的に来る。フェレスもぐでっとなっているが、こちらは満足感に近いようだった。
クロとブランカはシウの抱っこ紐から解消されて、今は周囲をうろついていた。
「疲れたと言うが、まだ元気そうじゃないか」
「こちらは倒れているのが2人もいるぞ」
見ればリングアがテーブルに突っ伏していた。他にアルティフェクスがだれた格好で椅子に座っている。
そこにウェールが食事を持ってきてくれた。
「お待たせー。岩猪のベーコン焼きと、コカトリスの卵を焼いたのだよ。ジャガイモのスープも作ったからね!」
「おー、美味しそうだ」
「美味しいんだよ。さ、パンも、あんた達が好きな白いのにしたからね。食べな」
小麦粉も蕎麦粉も、種をまいて育つまでの間の1年分ぐらいは保つだろうと思っていたが、早々に無くなりそうな気配だった。
それでも半年保てば、また冬を越した後に街へ降りて買い出しができる。
山で得られる食糧も教えているので、今までのように粗食で生活する必要もない。
食に無頓着な彼等だったが、小さな命を守るため、そして覚えた豊かな食生活のために、頑張ることだろう。
「ディアログス、保存袋は順調にできてるかい?」
「ああ。慣れてきたから、材料さえあれば一晩でひとつかふたつは作れるぞ」
「じゃあ、下界に降りてる仲間にも分けてあげられるね」
ウェールが嬉しそうに笑う。
「里帰りの時にさ、買って来てほしいものあるんだ。今まで無理だと思って頼めなかったんだけど」
「なんだよ。珍しいな、ウェールが。なんだ、欲しいものって」
「へっへー。実はさ、エンボリウムと結婚しようかと思って」
「は?」
「でさ、前にあいつが下界回りの時に髪飾りと櫛を買って来てくれてね。その櫛が折れっちゃったんで、結婚祝いに買い直してくれるって言うからさー」
「いつの間に。って、お前あいつと結婚するのかよ!」
俺は!? とリングアが話に混ざってきて、大騒ぎになった。
「誰があんたみたいなひよっこと」
「あんま、年変わんねえじゃないか!」
「あたしは嫌だね。やっぱり、男は落ち着いてなきゃ」
「お前、それ、あいつが酒造職だからじゃねえの?」
酒好きだもんなーとアルティフェクスが相槌を打っていた。
シウは、ふうん成る程、と適当な返事をしながら食べている。こういう時に、シウが話題に入っても相手にされないし、そもそも誰も振ってこないのだ。
そして、同じように、ガルエラドやキルクルスも黙々と食べるだけに留めていた。
どうやら彼等もシウと同じ派閥のようだった。
生活用品は手先の器用なゲハイムニスドルフが作って、竜人族の里と物々交換しているようだった。
が、やはり女性の胸がときめくような細工物になると、下界の街の方が洒落ている。
ウェールの話は、女性達の中では羨ましいこととして知られていたようだ。
「じゃあ、今後は余裕もできるだろうから、荷運びのひとつに嗜好品も入れよう」
金銭的な問題はない。なにしろ彼等は魔獣を狩り、魔核を大量に持っている。自分達の身の回りを整えるぐらいのものは、大したことないのだ。
食糧に関しても今後は自給自足できることを考えたら、ゲハイムニスドルフの分ぐらいでいいから、楽になる。
そのゲハイムニスドルフも、竜人族の里の食糧改革案を聞いて、ぜひ自分達もやってみたいと意欲を示していた。自分達のところだけでは賄いきれずに、食糧の買い出しを竜人族に任せている彼等にとってみれば、自給自足できるかどうかは安心に繋がる。
いつ、この補給線が途切れるか分からないのだ。それだけ危険な場所に彼等は住んでいる。特に今回の訪問でそれが痛いほど分かったので、食糧改革ができるならと乗り気だった。
まずは、竜人族の里で最初の1年を成功させることだ。
シウもできるだけの応援をしようと思っている。
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