598 空白の地の意味、秘薬の素材




 空白の地は、竜人族の祖となった竜が死んだ時、不毛の大地となったようだ。

 それまでは恵み豊かな楽園とまで呼ばれるほどの森だったらしい。

 竜人族達は、空白の地を見守れる場所に移動して里を作った。

 里から少し北へ上った場所に見晴台があって、常に竜戦士達が空白の地を見ている。

 ウェスペルにそれを聞いて、シウは心底「勝手に行かなくて良かった!」と思った。

 興味本位で墓標に立ち入るべきではない。

 ものすごく興味はあるが。

「もしかしてだけど、黒の森って、滅亡したオーガスタ帝国の帝都を中心にして広がってませんか?」

 仕方ないので別の興味を口にした。

 するとウェスペルがものすごく驚いた顔でシウを見つめてきた。無表情で見下ろされることには慣れているが、さすがに怖い。

 ちょっぴり顎を引いて上目遣いになってしまったら、ウェスペルが我に返って、ゴホンと咳払いし、自らの行為を反省するかのように誤魔化した。

「……どこでそれを?」

「推論なんですけど。あちこちの遺跡の話や、狩人の里で聞いた昔語り、古書などから総合して考えてみました。ずっと、そうじゃないかと思ってたんです」

「……すごい子だ。そう、あの恐ろしい場所こそ、かつて栄耀栄華を誇ったオーガスタ帝国の神髄、帝都なのだ。何が起こったのかは我等も詳しくは分かっておらぬが、兆候はあったのだと言われておる」

「だから、今でも竜人族は竜の動向を見張り、大繁殖期には調整を行い、世界を見ているんですね?」

「そう。二度と過ちを犯さないためにも。もう同胞が死ぬのを、黙って見ていたくはないのだ。我々は竜人族ではあるが、元は人族でもあった。善き隣人である人族ならば、生きていてほしいと願うのでね」

 誼を通じた人族も多いだろうし、袂を分かった竜人族も世界には散らばっているのだろう。そんな彼等を守るためにも、古(いにしえ)の盟約を守って彼等は今でも「世界を見ている」のだ。竜に代わって。

「……他の竜はどうなったんでしょう?」

「当時の混乱でほとんどが力を失ったか、永い眠りに陥ったと伝わっておる。力を失った古代竜は人族や魔族に倒されてしまったものもあったようだ。ただそれらは若い個体で、強く古い個体は眠りについていたとか。時折、竜人族の前に姿を現すそうだが、当時の古代竜ではなく代替わりしているのだろうと考えている。敵意もないが、積極的に意思疎通を図るつもりもないらしい。ただ関心はあるのだろう、ただの人族よりは遥かに接触する回数が多いように思う」

「古代竜の血の匂いでしょうか」

「そうかもしれぬが、これだけ薄まれば分かるのかどうか」

 それに古代竜と呼ばれるアンティークィタスドラコ種は、親から生まれるわけではないそうだ。

 神に近い存在と言われているが、どちらかと言えば聖獣ポエニクスと同じ、ある日突然生まれてくるということで尊ばれている。確かに親が存在しない命のありようは、神の奇跡のように思える。

 聖獣も、卵石を産み落とす種族もあるらしいが、ほとんどが親なしではないかと言われているために「聖なる獣」と呼び、希少獣の中でも区別される。特にポエニクスは同じ時代にふたつと存在しないことからも、至高の存在として崇められ、古代竜と同列扱いされるのだ。

 その古代竜も、聖獣と同じく当然ながら若い個体は物の道理が分からないこともある。しかし彼等が持つ力は強大で、暴れると大変な災害となってしまう。そうした時には古い個体が窘める。大昔には神が直々に教え諭したこともある、とは竜人族の昔語りにもあった。

 元来、人とは違って高位な存在なので、世の理にも通じ、理知的になっていくそうだ。

「よくそれで、人の形を取って、子供を成せましたよね」

「高位な存在は人型を取れるというが、あれは興味のある存在の形を取れる、という意味であろうと我々は思っている」

「あ、成る程」

「だから、別の古代竜は、馬と番って竜馬を生んだとも言われている」

 だが、その竜馬よりも強い個体は希少獣として卵で生まれ、ドラコエクウスと呼ばれていた。

 本当のところは分からない。

 まあ、聖獣も人に変化するし、有り得るのかもしれないが。

「……あれ? じゃあ、聖獣って人との間に子を成せるのかな?」

「望めば、可能ではないのか?」

 今まで出会った聖獣を思い浮かべ、それはないな、と結論付けた。

 少なくともシュヴィークザームは人族の女性に懸想するタイプではない。

 あと、裸男のカリンもいたが、彼こそ人族の女性にセクハラされたりしていたので可能性はあるけれど、本人が望まないと無理だからないだろう。

 そもそも、彼等に生殖行為が理解できているようには思えない。いや本能では理解しているのだろうが。全くそうした兆しが見えない。

 まあ、男性としての機能にまだ目覚めていないシウがどうこう考えるのも変だ。

「聖獣の事はもういいや。忘れよう」

「……我等も聖獣についてはよく分からぬので、そうしてもらえると助かる」

 ウェスペルも困惑気味に、シウの言葉に頷いていた。


 それにしても、古代竜は今でも存在するようだが、会おうと思って会えるものでもないらしい。

 残念だ。

「あのように偉大な存在に会ってみたいとは、おぬしは肝が据わっているのか、無頓着なのか。不思議な子だ」

「いや、えーと。あはは」

 変な子だと思われても嫌なので、今更感はあるが、正直なところを吐露した。

「実は古代竜の鱗が欲しくて。作ってみたい薬の材料なんです」

「……鱗?」

「はい。他は全部揃ったんだけど、それだけ集められなくて」

「……どういった薬なのか聞いてもよろしいか?」

 もちろん、と笑顔で答えた。

「スペキアーリスという秘中の秘、最高峰の薬です」

 時戻しの異名を持つ、秘薬だ。

「……スペキアーリスとな。その言葉を、いや、その配合を何故おぬしが知っておるのか」

「あ、本です。えーと、ここだけの内緒の話ですが、シーカー魔法学院の大図書館にですね、そっと大事にしまわれていた本がありまして」

 禁書庫の奥にあった、ものすごく厳重な管理に下に置いてあった、大昔の古書だった。それまでもロワルの王城にある禁書庫で似たようなものは見付けていたが、シーカー魔法学院のものはたぶん、本物だろうと思っている。本自体も本物なら、中身も本物。鑑定の結果は間違っていないし、書かれている素材の効能を考えるなら、余計にだ。

「大昔の偉大な魔法使い、ゾイマー=アルバトロスという大賢者が自ら書き記したものなんですけど、そこに人生の集大成とも言える秘薬の配合が書かれてまして」

「……それは我等竜人族の秘薬であるぞ」

「え、そうなんですか!?」

「なにしろ、古代竜の鱗など、我等ぐらいしか手に入る術はなかったのだからな」

「あ、そうか」

「ゾイマーという名に覚えはないが、大昔に大賢者が教えを乞いに里へやってきたことは昔語りにもあった。随分と世話になったようなので、あるいは秘薬の事についてもある程度教えたのかもしれぬなあ」

「秘薬なのに、いいのかなあ」

「……うむ。どうだろうか。その配合とやらを教えてはもらえぬかな」

「あ、いいですよ」

 あっさり答えたシウに、ウェスペルはまた無表情に目を見開いてシウを見下ろすのだった。


 時戻しの材料とその使い方はこうだ。

「ポエニクスの毛、高位ドラゴンの鱗、一冬草、竜の肝臓、黒茸、白粒茸、大型火蠍の毒、聖水です。これを混ぜ合わせたものを、空間魔法あるいは高位結界魔法の魔法陣を描いた中で飲ませるか振りかける、です」

「……およそ、合っている」

「わあ、そうですか」

 シウは喜んだが、ウェスペルはちょっと顔色が悪い。竜人族の秘薬について、外部にだだもれなのが引っかかるようだ。でも、正直この材料を集められる人はいないと思う。

「竜の肝臓は、できるだけ高位のものでないといけない。できれば水竜、落ちても火竜までだ。更に聖水は、聖別魔法の持ち主が一晩かけて祈ったものか、あるいはアドリアナ国にあるヴィルゴーカルケルという神殿で守れらた泉で汲んだものだけなのだ」

 聖水はできれば後者が良いと言われた。それだとシウは持っていない。

 前者の聖水なら、キリク繋がりで以前知り合ったシュタイバーンの第一級宮廷魔術師オリヴィア=ルワイエットにもらったことがある。正確には聖別魔法を使う際に持ってきていて余ったのを、捨てるならちょうだいと、興味本位でもらったのだが。

 彼女もキリクもシウが空間魔法の持ち主だと知らなかったので、飲んだフリして保管したのは知らない。だから、詐欺のような形で手に入れている。

「ううむ、困った。ところで、おぬしはそれらをどれだけ手に入れているのだ?」

「鱗以外です」

「む、ここまで話しても、なお、そう言えるのか」

「だけど、聖水は泉のものじゃないから、効き目は弱いのかな? 今度あの神殿に行ってみようかなあ」

 目的があると、旅路も楽しそうだ。呑気な事を言っていたら、ウェスペルが頭を抱えてしまった。こうした仕草は全国共通のようだ。


 結局、ウェスペルは長老ソヌスと相談すると言って、シウを置いて出て行ってしまった。

 長話に付き合ってられないとばかりに庭へ遊びに出ていたフェレス達が、ようやく終わったのーと戻ってくる。

「にゃ、にゃにゃ!」

 この森には宝物がいっぱいある、と楽しそうな報告を受けた。フェレスの宝物は大抵子供が好きそうな変なものなので、笑って付いて行った。

 借りている家の庭では、クロがアウレアのズボンの裾を嘴でつまんで引っ張っていた。その先にはブランカの尻尾が見えている。草むらの中の窪みに落ちているのだ。

 それを助けようとアウレアが手を伸ばして、更にクロが止めているのだった。

 で、フェレスが慌てて飛んでいき――文字通り飛んでいたが――アウレアの前に立って壁になると、窪みからブランカを救出していた。

「にゃにゃ、にゃにゃにゃ」

 あぶないことしちゃだめ、とお兄さんぶって注意している。

 が、その窪みは彼が作ったものだ。

 フェレスはブランカを叱った後、シウに振り返って報告してくれた。

「にゃにゃにゃ、にゃにゃにゃにゃー」

 きれいないろのヘビのぬけがらがあったの、ここに! と示してくれた場所が、小さな窪みだった。その横には除けたと思しき石。

 シウは、褒めたら良いのか、怒れば良いのか分からないまま、曖昧に笑って皆を見回したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る