278 魔術式と古代語の文字について
生産の授業に集中しすぎて昼休憩まで押してしまった。
昼ご飯を急いで食べてから、午後の授業に向かう。同じ本校舎内にあるので移動は楽だった。
午後は複数属性術式開発の授業だ。
怖い顔の無表情な先生はもう来ており、シウを見付けると手招いた。
「なんでしょう」
「商人ギルドで、君の特許申請を調べてみたんだが」
「あ、そんなことができるんですね」
特許内容の検索ではなく、人物で検索するとは。
「できるとも。それにしても術式を全体公開するとはね」
「広めるためにも術式は公開すべきでしょう?」
「内部構造を隠す魔術士も多いのだよ。しかも君の場合は、特許料があまりに低い」
「広めるためには高くてはいけないでしょう?」
シウの言葉に、トリスタンは虚を突かれたような顔をしてから、ゆっくりと微笑んだ。無表情で怖い顔のトリスタンが笑うと少し気持ち悪い。もちろん、そんなことは言いはしないが。
「……しかも、大変合理的であり更に節約されており、面白くて美しい術式ばかりだった。あれだけ洗練されていると手直しの必要も全くないね」
「ありがとうございます」
「でも、勿体無い。あれほどのものを、ただの通信魔道具や簡易トイレ、竈作成などに使ってしまうとは」
「はあ」
「保温鍋も面白かったがね」
「そうですか」
「ラトリシアでは大変役に立つ発明だ。しかも必要最小限の術式で済んでいるから、魔核も小さくて良いし、安く買って長く使える」
「一般の人が使えるようにと考えましたから、そう言ってもらえると嬉しいです」
トリスタンは、ふむ、と顎を撫でて頷いた。
「君は生活魔法の複合技を作るというし、庶民向けのものを作るのが好きなんだね?」
「そうですね」
しきりに、勿体無いと言っていたが、シウが特に何言うでもなく黙って聞いていたら最後には溜息を吐いていた。
「……ただまあ、魔力量計測器は画期的な魔道具だと思う。シーカーでも導入を決めたほどだからね」
「はい」
おかげさまで儲かってます、と内心で答えた。
「冒険者に限らず、旅をする者にとっては簡易トイレは大変ありがたいものだし、四隅結界など素晴らしすぎてびっくりしたよ。君が作ったものだとは知らずに、同僚たちとも一緒に買ったんだ」
お客様だった。シウは苦笑して、頭を下げた。
「いやいや、そういう意味ではないのだが……この才能をもう少し別の方へ向けたら良かったのにと思うと」
とても残念だと、最後に締め括ったところで授業開始の鐘が鳴った。
授業は教科書通りに進み、ところどころでトリスタンの解説という名の独自の解釈が入ったりした。
複数属性を重ねあわせて使う魔法は緻密で繊細なイメージ力が大事なので、基本的な事柄を知っていなくてはならないし、解釈の仕方によっては魔力が無駄になったりもする。なので、いかに簡単に作るかが大事だ。
古代語は覚える文字数は多いが、ひとつの文字に意味があって、術式を書く上ではより簡単にできる。古代語には前世で言うところの、漢字のような役割の文字が存在しているので、覚えるまでは大変だが使う分にはとても楽だった。
かなの役割を持つ文字もあるので、一時期は古代のオーガスタ帝国を興した、あるいは文字作成に関わった人の中に日本人がいたのでは、と思ったこともある。
ただし、漢字とは全く異なった文字であり、簡略化されているというわけでもない。
強いて言うなら、絵文字を装飾文字に起こしたようなものだとシウは考えていた。
笑顔マークにも男性女性子供といろいろあって、そう考えて読むとまた覚えやすかった。後付されたらしき文字もあるため、全体にそのルールは適用されないが、それもまた面白い。
シウは現代語で魔術式を書きこむので古代語よりはずっと大量の文字を使用するが、一般的な魔道具に付与するにはそちらの方が良い。
付与士が理解できなければ意味がないからだ。
その為、もっと節約できるであろう書き込み部分を使う以上は、常に合理的に術式を書きあげて行かなくてはならなかった。
トリスタンの授業の合間にも、ちょっとした問題などが出てくるとすぐに最短ルートを探した。
書き上げてからも、古代語に変えてみる。そうすると粗が出てくるので、また考え直したり。
イメージを優先して作ってしまうのも良かった。出来上がった魔法を見ると、自分の考え違いに気付いたりするからだ。
授業を受けつつ、幾つもの自分の粗にも気付いた。
以前、飛行できたらいいと思って考えた魔法があったけれど、そもそもあんなに無駄な風属性の複合技など要らなかったのだと思い至った。
もっと簡単に飛ぶには、何か媒体を作ってそれに乗ってしまえば良いのだ。仮に板とすると、シウは板を飛ばせば良いだけだ。
不安定な物に乗っている分、バランスを取る必要などはあるが、そんなものは後のことで、必要なのは飛ぶことだ。
板はそのへんのものを使っても良いし、氷にしてもいい。更には、風の板を作ったって良いのだ。
何故、自分の体を浮かして飛ばそうと考えたのか、考え出すと恥ずかしくなってきた。
もちろん、あれだって間違いではなかっただろうが術式や魔力量の節約を考えるなら、無駄遣いも甚だしい。
シウは一人でこっそり顔を赤くしていた。
五時限目はまた自由にディスカッションが始まった。
今回は最初からエウルたち、庶民グループがシウを誘ってくれたのでアロンドラの追及は受けずに済んだ。
何度かこちらへ突進しようとしていたようだが、オルセウスが間に入ってくれていた。
シウとエウルたちは、生活魔法で役に立つものをもっと庶民でも簡単に使えるような方法がないかと考えていた。
「浄化も回復も、家族に教えたらできるようになったよ」
「あ、良かったね」
どちらも水と光属性それぞれレベル一あれば使える。シウの言葉に他の生徒も頷く。
「簡単だったもんな。でも光属性まで持っているのは珍しいよ」
「そうそう。水属性は持っている人、結構いるからね」
「複数持ってても、火とか土とかが多いもんな」
「意外と複数持ってるよな。ただ、魔力量が少ないんだよ」
「魔力量が二〇ぐらいあれば魔法学校に通えるんだけど、大きな壁だぜ」
彼等はシーカーに来るほどなので、魔力量は段違いに多い。スキルのレベルも高く、使える魔法は多かった。
が、家族も同じかというとそれはない。魔力量やスキルレベルは血縁にあまり関係ないのだ。
人族以外ならば血縁にもよるのだが、人族に限って言えば、エルフなど他種族の血が入っていない限りは一代限りとされている。
そのため、家族との差に心を痛める魔法使いもいるそうだ。
幸いにしてエウルたちは家族とも仲良く魔法の話をしているらしい。
「他にもいろいろ組み合わせ考えてみたいんだけど、シウ、手伝ってくれる?」
「いいよ」
「俺の家は、水と風と火の組み合わせが多いかな。みんな魔力量は十五から十八ぐらいしかないんだ」
「僕のところは無と闇だよ。魔力量はぎりぎり二〇あったけど、使い道ないからって魔法学校には通わず職人になったんだ」
「親父さん?」
「うん、それと兄さんも」
シウも話に加わった。
「レベルは二ある?」
「それが、あるんだよな。魔力量二〇でレベル二あってもしようがないんだけど」
他の生徒たちも、微妙だよなーと言っている。けれど、シウはホッとして笑顔になった。
「だったら、付与が使えるよ」
「え?」
「付与魔法のレベル一程度だけど、術式を理解できれば付与魔法レベル一でも量産品なら使える。道具屋なんかでも助かると思う。職人さんって、どういった仕事の?」
「そ、それ、道具屋、魔道具の基礎造り!」
「じゃあ、仕事の合間に術式なんて聞いているだろうから他の人よりは理解早いよね。絶対、付与が使えると思う」
「ほんとかよ。すげえ」
わいわい騒ぐクラスメイトに、その術式や簡略化などを説明した。
「これ、魔力量がすごく少なくて済むんだけど……」
「うん。僕の、課題なんだ。僕は魔力量が二〇しかないから」
「「「えっ!!」」」
近くにいた生徒たち全員が驚いてシウを見て、もう一度またハッと視線を強くした。
「たったそれだけしかないのに、スキルは全属性あるんだよ。レベルも今は増えたから二から三はあるんだ」
「ひぇっ」
近くの男子生徒が驚いて変な声を上げていた。
「気を抜くと魔力を使い切ってしまうんだ。だから魔力量計測器を作ったし、魔力の節約にもこだわっているんだ」
「はー、なるほど、そうだったんだ!」
持てる者は、持っているその立場での悩みがある。大型攻撃魔法を使えば当然ながら魔力量は減ってしまう。誰もが魔力量の減りには敏感だ。
だからこそ、節約思考が広がるといいなと思う。
その後の話し合いでは、洗濯や乾燥といった簡単にできるものをシウは教えた。手でやるよりは楽なので、魔力量が節約できるなら助かるということで喜ばれた。
反対にシウは、攻撃魔法の簡単なものを教わった。それらを皆で簡略化させていくのも楽しかった。
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