277 ゴーレム造りのお嬢様




 知識もないし、提案できるものなどなかったが、アマリアの真剣な様子にシウは応援したくなっていた。

 なので、今、彼女がどれぐらい作れるのか、また魔力量やスキルを聞いてみることにした。ただし、こうしたことは普通は答えられるものではない。魔法使いにとってステータスは身を守る術でもあるからだ。

 この学校に入学した際にも水晶による確認はあったが、プライバシー保護はしっかりされていた。ロワルの学校とは雲泥の差である。

「失礼ですけど、どこまで作れるんですか? できればスキルも伺っても?」

「ええ」

「お嬢様!」

「姫!」

 後ろに立つ二人の女性から窘められていたものの、どこか呆れた顔をしている。どうやら慣れた応対らしい。あまり強くは引き止めなかった。

 そのせいもあってか、アマリアは素直に教えてくれた。

「わたくし、土属性がレベル五あります。ただ、生産などの固有スキルは持っておりません。他に基礎属性が金がレベル二、無と闇がレベル一です。魔力量は七十一だったと思います」

 羨ましい魔力量だ。

 頷くと、アマリアは従者の名を呼んだ。

「ジルダ、あれを」

「はい、お嬢様」

 さっと小さな鞄から人形らしきものを取りだした。魔法袋のようだった。小さいのに幾つも出てくる。

「これです。幸い土属性がレベル五ありますので、動かないゴーレムでしたら作れます。そうね、五メートルほどの大きさなら十体ぐらいは五秒以内で作れるかと思います」

「それはすごいですね」

 動かせないのは闇属性のレベルが低いからだろう。あとは、人形の造りを見て分かったのだが、動けるようになっていないこともある。

 魔物でゴーレムタイプのものもいるが、あれらには魔物としての生命体が備わっているからこそ有り得ない形でも動けるが、人が一から作り出したものを動かそうと思ったら、それなりに「動ける形」でないと無理がある。

 この世界にはゴーレム使いというような魔法使いはいないが、それは動かすには多大な労力がかかるからだ。動くような構造体にしなくてはならないし、魔力も大量に必要となる。

 古代の聖遺物のひとつとされる騎士人形も、恐ろしいほどの大きな魔核と魔石が付けられていたらしい。ただし、魔力を使い切ってしまっているので、今では全く動かせず、魔術式も展開できないのでブラックボックス化状態となり、誰もその仕組みを解明できていない。

「でも、まずは動ける形にすることですよね」

 アマリアの作った小さな人形達を手に言うと、彼女も頷いた。

「動かしても安定しないし、倒れてしまうの。安定させようとすれば大きくなり、今度は重くなって動かせなくなるのね」

「そうでしょうね。人型にするのなら、もう少し人体研究もされるといいとは思いますが、それよりこの部分」

 と関節を指差した。

「球体にするとか、仕組み自体を変えないと」

「きゅう、たい?」

 簡易な人形だと、関節に丸い部分を入れると動きやすくなる。

 ロボットなら金属のボールジョイントなどにして、更に筋肉の代わりになるものがあれば良い。

 どちらにしても、ただの「人形」では無理がある。

「人間も獣も構造上、関節が丸いんですよ」

「そうなんですか!」

「他にも軟骨やらたくさんありますけどね」

 アマリアは上流階級の人間らしく、骨を見たことがないようだ。学校でも生物学として習うものは簡単すぎたし、教科書などあっさりとしたものだったから、興味のない人なら覚えてもいないだろう。

「生き物の解体をされるのも勉強になりますよ」

「そのようなこと、姫にさせられません!」

「そうです。お嬢様を誰だとお思いなのですか」

 窘められてしまった。

 シウはすみませんと謝った。

「いいえ、とても参考になります。あなたたちも教えてくださる方にそのような言い方をしてはいけません」

「……はい、お嬢様」

 女騎士は返事をしなかった。不満なようだ。だが、シウに対して敵対意識があるというわけでもなさそうだった。ただただ、主が心配なのだろう。

「作り上げたゴーレムをどのように使うかによっても、目指す方向性が違ってくると思いますが、アマリア様はどのようなものを作るつもりなんですか?」

 たとえば、自分が中に入ってしまうロボット型にすれば、少なくとも動かす動力は少なくて済む。騎士人形もひょっとしたらそうした使い方だったのかもしれないと、古代の遺跡本を読んだ時に思った。

「自分の代わりに戦う人形でしょうか。愛玩用、便利に使えるメイド、それとも、戦場で働く兵士人形など、いろいろありますが」

 アマリアはにっこりと微笑んだ。

「騎士を作りたいのです。自分の代わりに人が死ぬのを見たくないんです。幼い頃は愛玩用の小さなお友達が欲しかったのですけれどね」

 恥ずかしそうに教えてくれた。

「いろいろな方に、ご注意いただきましたけれど。……夢なんです」

「良い夢ですね」

「……シウ殿は、わたくしの夢をお笑いになりませんね」

「悪いことでない限り、夢を持つのは素敵なことだと思いますけど」

 首を傾げたら、アマリアはまた嬉しそうに笑った。うっすら化粧をしているようだが、白粉をしていても分かるほど頬が上気している。

「ありがとうございます」

「小さなお友達を、まずは作ってみることですよね。これを、商業ベースに乗せるために頑張って見てはどうでしょうか」

「え?」

「資金はどうされてます? ご実家からの援助でしょうか。でも、ご自分で金策してみるのも良いですよ。採算についてよく考えられますから」

「お嬢様に御商売など」

 ジルダという従者の女性が言いかけたが、アマリアが手で制した。

「あなたの夢を叶えるために、ゴーレムの地位を高めるのも良いことではないでしょうか。動く人形を広めるのは悪いことだとは思えませんし、女の子は好きですよね?」

 たぶん、男の子も好きだとは思う。ロボットにすれば。

 ただ彼女の求めている部分はロボット風の騎士人形ではなさそうだ。きっと彼女は騎士人形の名前そのものに惹かれて、その名を出したのだろうと思われた。

「それと同時に、緊急避難用の防御ゴーレムを作ってみるのも良いですね。魔術式まで作り上げたら、魔道具にできるかもしれません。そうすると、たくさんの人が助かります」

「……シウ殿!!」

 自分の代わりに人が死ぬのを見たくない、と言ったアマリアだから、思った通り受け入れてくれた。むしろ彼女の考えていたことをシウが言葉にしたといった感じだろうか。

「騎士人形が出来上がるまでの、アマリア様の防御力にもなるでしょうし、土属性レベル五を生かすべきですよ」

「ええ、はい、そうね」

「防御ゴーレムなら、僕も少しは思いつけます。人形の方はお力になれませんが」

「いいえ、さっきとても貴重なことを教えてくれました」

「?」

「関節について、です。わたくし、ただ組み合わせることや重心にばかり気持ちが行ってました。土から作り上げるもの、と限定もしていました。でも、構造を分割してもいいということに、気付きました。シウ殿のおかげです」

 アマリアの作った人形だって分割はされているのだが、これを一から魔法だけで練り上げたのだとしたらそちらの方がすごいと思った。

 シウがやっても、本当にただの泥人形にしかならないだろう。

 やはり興味がある人間の、探究心や努力は素晴らしい。

「僕こそ、いろいろと勉強になりました。ありがとうございます」

 お互いに頭を下げ合っていたら、レグロが戻ってきた。

「お、仲良くなったのか? よしよし、良いことだな!」

 がははと笑って、また別の生徒たちのところへと行ってしまった。思わず、彼の後ろ姿を見て笑ってしまった。

「シウ殿、よろしければもっとお話を続けてもよろしいですか?」

 アマリアに声を掛けられたので、シウは視線を戻し、今度はお互いに思いついたことを話しあった。

 それから、粘土を持ち出してきて、試行錯誤し合う。

 防御ゴーレム自体は簡単にできたので、あとは魔術式を軽くして誰もが使えるようにまで「落とす」ことだけだ。

 そうした話し合いも楽しいものだった。


 その日の生産授業は、他の生徒も巻き込んでのゴーレム作りに終始した。

 なまじ生産スキルや金属性や土属性持ちが多いだけに、多種多様な「人形」もできた。

 もちろん、動かすには魔核や魔石などが必要だし、それだけの術式を書きこまなくてはならないのでとてもそこまで手が出せなかったのだが、全員で何かを作るのも楽しくて良かった。

「これで分かったろう? 何かひとつ成し遂げようと思ったら、あらゆることを知っていなければならない。学校の勉強に無駄なことなどないということがな!」

 レグロに言われて、生徒たちは一斉に頷いていた。

「努力だ。努力あるのみ! ということで、最低でも必須科目は全部取得しておけよ!」

 発破を掛けられたが、生徒の半数から「えーっ」という声が上がっていた。

 アマリアもこっそりと、困ったような顔をして俯いていた。どうやら苦手な科目があるようだ。

「シウなんぞ、全部飛び級したんだぞ」

「「「えっ」」」

 皆がシウを見た。その視線が怖い。

「……天才か」

「いや、勉強好きには変態しかいない」

 誰だ。

 なんてことを言うんだ、と言った生徒を探したが、皆が視線をそっと反らしていた。

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