276 魔獣の特性と生産の新しい仲間
三時限目の魔術基本理論の教室へ行くと、知らない教師が待っていた。
今日から担当を変わるということで、どうやら生徒たちの嘆願が通じたようだった。
そして、何故か一律に試験を受けさせられた。先生への抗議のついでに、生徒の一部が飛び級を受けさせてくれとも訴えたようだ。
どうせなら面倒がないようにと一斉に試験を行うことにしたらしい。シウも問答無用で試験を受けた。
結果、合格してしまった。
クラスの半数が飛び級になってしまったので、残り半数は新しい先生のクラスへ統合されることになったようだ。
午後は魔獣魔物生態研究なので、また研究棟へと戻る。
考えたら魔術基本理論の授業を受けなくて良くなったので、火の日は朝からずっと研究棟に居ついていても構わないのだ。
どうせ昼ご飯は持参しているので。
ただ、一時限分がまるまる空いてしまうから、暇と言えば暇だ。
研究棟近くでできることを探してみよう。
つらつら考えつつ、研究棟の一階へと到着した。
昼ご飯を終えた生徒たちがいて、シウを見付けると手を振った。
「今日はもう食べてきたの? 楽しみにしてたのに、残念!」
「あ、ごめん。三時限目の試験が長引いたから、ついでに食堂で食べてきたんだ」
「あはは、冗談よ! 気にしないで」
彼女はルフィナ=ライネリという伯爵家の第八子で、家柄の割には気さくな人だ。従者兼親友のセレーネといつも一緒で楽しそうだった。
「よく言うよ。さっきまで、シウ君まだかなーって言ってたくせに」
貴族の割には言葉づかいが庶民風の彼はステファノ=サトゥルノといって、子爵位を持っている。宮廷に出仕するというような仕事はないらしく、貴族年金だけで生活しているそうだ。
従者のメルクリオも生徒として通っており、生徒ではないが護衛のウルデリコも何故か皆と一緒に授業を受けている。
「だって美味しかったもの」
「美味しかったけどね!」
わいわい言いながら、適当に席に座った。
小さい希少獣を持つ者は手元に置いているが、少々大きくなったものたちは護衛たちと共に後部の待機場所へ預けていた。
フェレスも早速そちらへ向かう。
アロンソのハリーと、ウスターシュのヒナとは仲良くなったので小さい子たちを一緒に乗せて行っていた。
他に鹿型のカプレオルスのルルと、山羊型のカペルのゲリンゼルも一緒だ。ルルはセレーネ、ゲリンゼルはステファノの希少獣だ。普通の鹿や山羊よりは大きいものの、騎獣というほどではなく乗せられても子供だけで、ほとんどは荷物持ちや連絡係といった能力しかない。しかし、ペットとしては大変賢く、それに可愛いので貴族などには人気がある。
セレーネは商人の娘なので本来は希少獣を持てないらしいが、ライネリ家からの下賜という形で受け取って育てているらしい。
そのライネリ家の娘ルフィナは、鼠型のムースでタマラという名の希少獣を持っている。鼠と言っても可愛らしく、小さいのでいつもポケットに入れて持ち歩いているそうだ。今も机の上に置いている。
小さい子たちもいいなあと、ついついうっとりと眺めてしまった。
バルトロメが来てからは、多少真面目な雰囲気となり授業が始まった。
シウのような新入生組のことを考え、基本的なこともおさらいしてくれるので助かる。
基本的なことは本を読んで知っていたが、実際に見たことのない魔獣たちの特性を語ってもらえるのは有り難かった。
爺様もよく教えてくれたものだが「バーンとやってきて、ドーンと倒して」というような擬音も多かったのでイメージが追い付かなかったのだ。子供相手の説明だったからしようがないのだろう。
狩人たちも、小さな子相手にえげつない内容は告げられず、かなり誤魔化していたことが分かった。
たとえば、スキュラという上半身が人型女性もどきで下半身が魚、魚の胴体からは六本の獣の足が生えているという魔獣についても、授業では微に入り細を穿った説明で、心底おどろおどろしく気持ち悪かった。
水気のある場所に下半身を入れておいて、人を呼ぶのだそうだ。ちなみに人間のような手があるのでそれを振って「おーいおーい」と声を掛ける。
心優しき人が助けに行こうとして、引きずり込まれるという寸法だ。水気が好きだが、陸地でも這い回れるとか。怖い話である。
他にもムスカという蠅型の魔物も気持ち悪い。一般的な蠅よりはひと回り以上も大きいのだが、それでも小さい魔物だから、見付けづらい。そして、生きているものに寄生して魔力を吸い取るのだ。インビジブル化ができるようで、音や気配に気付かないと人間も寄生される。恐ろしい魔物だった。ただし、腐った魔獣などから発生するため、後処理をしていれば人の多く住むような場所では見かけないものらしい。
事実、シウも見たことはなかった。
こうして、本にはない詳しい話が聞けて、講義は楽しいものとなった。
水の日は朝から生産の授業なので、勝手に早出をして教室へ向かった。
フェレスは勝手知ったる風で、庭に出たりごろごろして遊んでいた。
シウも他の早出の生徒たちと材料について語ったり、何を作ろうか考えていたら初めて見る生徒が入って来たのに気付いた。
「あ、アマリア様! お久しぶりです!」
生徒たちが立ちあがって挨拶している。
学校内では平等と謳っているが、全員緊張している。貴族かなと思って見ていると、シウに気付いた「アマリア様」がやってきた。
「新しい方ですか?」
「はい。初めまして、シウ=アクィラと申します。冒険者で魔法使いの十三歳です」
挨拶すると、彼女は優しく微笑んで膝を曲げ、軽い淑女の礼をしてくれた。
「アマリア=ヴィクストレムです。伯爵の第二子で十八歳です。領地に戻っておりましたので授業に間に合いませんでした。一年生ですか?」
「はい」
「よろしくね」
良い人そうだ。
貴族名鑑によるとヴィクストレムとは公爵領なので、彼女の名乗りから、公爵の外戚だと知れた。生徒たちが緊張しているのは、高位貴族出身というのもあるだろうが、彼女の纏う雰囲気によるのだろう。見るからに本物の高貴さを感じる。
「良ければ、お話を伺ってもよろしいかしら」
「はい」
返事をすると、更に近付いて空いている席に座った。彼女の護衛らしき男性たちは後部へ行き、女騎士と従者の女性だけが彼女の後ろに立った。
他の生徒たちは遠慮してか少し離れた。でも気になるようで聞き耳は立てているようだ。
「シウ殿は、生産科でどういったものを作られるの? それともまだ決めていませんか?」
「僕はなんでも作ります。気になったら、それこそ、なんでも。大抵のものは手作りしてますし、素材も大抵のものは自分で手に入れてきます。買うのは、食材ぐらいですね」
「……まあ、そうなの!」
両手を合わせて、何故かとても嬉しそうな顔をした。
「たとえば、その、共同研究なども、考えてくださったりします?」
「共同研究ですか?」
首を傾げていたら、先生が入ってきた。
「おー、アマリアか! お、なんだ、また勧誘してるのか?」
レグロはぶれない人だった。確かに教師と生徒だし、相手が貴族だろうが平等を謳っている学校なのだから当然なのだが、まるで気にしていない。
シウたちのところまでやってくると、レグロは腰に手を当てて笑った。
「シウに目を付けるとは、良い勘してるじゃないか。だがな、こいつにはこいつのやりたいことがあるんだ。押し付けるんじゃないぞ?」
がはは、と機嫌よく笑ってから他の生徒たちの製作を見に行ってしまった。レグロなりに気を遣ってくれたのだろうか。しかし、機嫌が良いところをみると、彼もまたアマリアのことが気に入っているようだ。
「もちろん、押し付けたりしません」
アマリアはにっこり笑ってシウを見た。
「実は、今、課題に行き詰ってまして。以前も何度か一緒に研究してくださる方を探したのですが、皆さん相手にしてくださらないの」
「それは、遠慮してる、とかで?」
アマリアに聞いても分からないだろうと思って、後ろに立つ女性二人を見上げた。
女騎士は困ったように視線を逸らし、従者の女性の方が微かに頷いてくれた。
「いえ、遠慮などでは……ただ、わたくしの課題が突拍子もないと仰る方もいて、そのせいかもしれません」
「どういったことをされてるんですか?」
課題は自分で決めて、先生が了承したら研究することができる。彼女も了承はもらっているはずだ。
「実は、本来は創造研究科を取得しておりまして、そちらの課題なんです。完成させるために生産科も学んでいるのですが、あまり得意ではなくて伸び悩んでおります」
それで、と本題に突入した。
「わたくし、ゴーレムが作りたいの。それも古代の聖遺物、騎士人形のようなものを」
おお、と声を上げてしまった。それは確かに大きく出たなと思う。
シウも書物でしか知らないが、ようするにロボットだな、と結論付けた記憶がある。
ゴーレムとは全体的な総称になっているのでそうした呼び方になっているけれど、あれはもう「泥人形」とは別物だ。
「課題でそれを?」
「いえ、まさか。一生を掛けて行う研究だと思っております。ただ、それより前に少しでも形にしたいの。そのためには、たくさんの人の意見を聞いてみなければと思いまして。また自分自身でも最低限のことができるようにと、生産の技術を得るために講義を受けております」
見た目の柔らかい淑女らしさとは違って、熱い心を持っているようだ。向上心もあり、しかも自ら学ぼうとする姿勢は尊敬できる。
ただ、シウもロボットはまったくの門外漢で、流行ったアニメをテレビで見た程度の、ようは素人だ。意見と言えるものなど何ひとつなかった。
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