275 遺跡物の鑑定
薬草師たちの護衛をしながら、全方位探索で見付けた魔獣をついでなので狩っていった。フェレスにも頑張ってもらう。
時折、消えていなくなるフェレスが魔獣を咥えて戻ってくると、皆一様に驚いていた。
シウが離れる時はフェレスを傍に付かせていたので、誰も不安になることはなかった。
「すみません、一応、森の魔獣狩りも仕事のうちで」
「いいよ。むしろ助かるんだから」
優しい人たちで良かった。
三連休はそうして過ぎて行った。
また学校が始まった。
朝から雪が降っており、渡り廊下から研究棟へ向かう。
積雪が好きなフェレスでも降り続いているのは嫌らしい。顔を顰めていた。魔獣狩りの際には積もった雪に突進していたのにと思うと、不思議だ。
雪のせいで太陽も届かず、どんよりしている。
研究棟の古代遺跡研究科の教室に入ると、明かりが全部付いていた。
中にはミルトとクラフトしかおらず、他の生徒はまだ来ていない。
「おはよう」
「おはよう、シウ。早いな」
「うん。早起きで、やることなくて」
そう言うとミルトは笑った。
「他の奴等はギリギリに来るんだ。アルベリク先生なんて、遅刻だぞ」
「そうなんだ」
「この科目、呑気なんだよ」
「遺跡研究者らしいよね」
「……そういや、そうだな。呑気じゃないとやってられないか」
ミルトは肩を竦めた。
ミルトは獣人で、顔は人間そのものだ。稀に顔にも毛が生えている者もいるそうだが、ほとんどは人間と全く同じで、体毛だったり耳や尻尾が獣の特性をしている。
ミルトも耳と尻尾だけ狼風だ。ピコピコ動くので可愛い。
悪いとは思うのだがついつい視線がそちらへ向く。
「……触ったらダメだからな?」
危険な空気を感じ取ったのか、注意された。
「うん、分かってる。耳も尻尾も触ると求婚になっちゃうんでしょ?」
「よく知っているな」
「竜人族の友達に、怒られたから」
「……おっ前、あんな恐ろしい種族の奴に聞いたのかっ!」
「うん。特別に角は触らせてもらった。尻尾は、あ、尻尾って言うと怒られるんだった。竜尾ね、あれは絶対にダメらしいよ」
「怖いもんなしだな、お前!」
「えへへ」
「褒めてねえよ」
ミルトの横ではクラフトが苦笑していた。
くだらない話を続けていると、生徒が集まってきた。最後にアルベリクも来て、授業が始まった。
遺跡には宝物だけでなく罠や呪いといったものも仕掛けられているので、冒険者が遺跡探検に行く場合は必ず魔法使いを連れて行く。冒険者の中には罠解除のスキルを持った者もいるが、確実に行いたい場合や、初めて潜る場所ならばやはり専門家が必要だ。
この研究科は、そうした専門家になりたい者や、自身が冒険者となって探検したい者、あるいは純粋に研究者として学びたい者がいるそうだ。
フロランは遺跡研究者になりたいらしい。少しのほほんとして変人っぽい。アルベリクにどこか雰囲気が似ており、変わった趣味の貴族出身者はこうなるのかといった感じだ。
リオラル、アラバ、トルカの三人は一攫千金を狙った冒険者希望のようだ。休みの日に魔道具屋などで腕を磨いていると教えてくれた。
ミルトとクラフトは元々、冒険者たちの依頼を受けて案内していた経験を持ち、せっかく魔力量やスキルもあるのだから勉強したらと勧められて学んでいるらしい。
優秀だったため、ソランダリ領の魔法学校から推薦されて、王都まで出て来たそうだ。
学費もソランダリ領から出ている。
「あ、じゃあ魔獣魔物生態研究科のバルトロメ先生を知ってる?」
聞くと、ミルトが嫌ーな顔をした。
「……知ってる。あいつ、小さい頃、俺の耳を触ったんだ」
「え」
「可愛い可愛いって、尻尾にまで手を出そうとして、クラフトに噛まれてた」
「それはまた」
「俺たちは魔獣や魔物じゃねえっての」
「そういう意味で触ったんじゃないと思うけど」
文字通り可愛かったからだろう。気持ちは分からないでもない。
ミルトは二十歳だが、童顔で可愛らしい顔付きをしている。小さい頃はさぞや可愛かっただろう。
しかも他の狼獣人と違って犬の血が出ているからか、愛嬌があるのだ。
豆柴犬のような愛くるしさと言えば分かるだろうか。惹かれるものがあった。
「……お前も、なんか変な目で見てるな? 触るなよ?」
あんまり言われると触ってほしいのかと思ってしまうが、一応嫌がっているはずなので、頷いておく。
代わりに、フェレスを撫でた。
「にゃぁん」
気持ちよさそうに目を細めて、ぐねぐねしていた。
「……お前、やっぱり、俺のこと変な目で見てただろ?」
「ううん。そんなことないよ!」
半信半疑でミルトに睨まれてしまった。クラフトはやっぱり苦笑いで見ているだけだった。
この科では、授業の一環として遺跡に潜ることもあり、有名な遺跡にも長い休みを利用して行くことがあるらしい。シーカーでは大きな休みが年に数度あって、それを研究のための合宿などに充てるそうだ。
クラスメイトたちも、大きい遺跡でも最低二ヶ所、小さな物なら数えきれないほど潜っているとか。小さいところなら、週末を利用して行ける場所にあるそうだ。
それも、冬が終わってのことで、ラトリシア人でもこの厳しい冬に移動するのは危険ということだった。
で、今は何をしているのかというと次回潜るであろう遺跡の事前調査や、前回採取したものの鑑定など、やることはそれなりにある。
こうなってくると古代語もできないと遺跡には潜れない。
そのため、古代語科目を取得している生徒も多かった。
辞書を片手に調べものをしたり、年代を特定したりと楽しそうだ。
シウはまだ入って間もないので皆の様子を眺めていた。
時折、どう読んでいいのか分からない文字が出て唸っているミルトを助けたりしたが、基本は見ているだけだった。
ほとんどの生徒が鑑定魔法を持っているので、遺跡物に鑑定を掛けているが、よく分かっていないようだった。
シウもそうだが、最初にこれかもしれないと想像しておくのと(あるいは理解があるのと)、まったく考えにもないものが相手なら、鑑定レベルが上でも気付かないものだ。
魔法は想像力とも言うが、本当にその通りだと思う。
だからこそ、パズルゲームを解くような気持ちで、遺跡物を見ていられるのかもしれない。
ちなみに散々悩んでいる遺跡物の正体は、ただのドライヤーだった。魔石の効果が切れているので使えないが、魔術式を展開したらあっさり分かった。
皆が悩んでいたのは側面に古代語で「速乾可愛い女の子」と書いていたからだ。
可愛い女の子が早く乾いたら怖い。呪術具かと思っていたそうだ。
「魔術式を、魔道具を解体せずに展開できるなんて、すごいね」
「ちょっと難しいけど、複数属性魔術式を使えばできるよ。複合技だから慣れるまで面倒だけど」
「……俺たちでもできる?」
「どうだろ。基礎属性の、闇無金光金土無を使うんだけど」
「無理だあ!」
「でも、闇属性があれば、状態低下にできるから、あとは普通に解体してしまっていいんじゃない?」
「強力な呪いが相手だと難しいよ」
シウは首を傾げた。
「闇属性三あれば充分だよ。レベル四だと絶対に解除できるし」
「……なんでそんなこと知ってるんだ?」
「大図書館にある本で読んだ。証明されているから本当だって。確か、闇属性持ちの高レベル者も多いんだよね、このクラス」
「まあ、な」
「経験値がないからかな? 最初から高レベル持ちなの、みんな?」
それぞれ顔を見合わせている。
代表して、アラバが答えてくれた。
「正直、遺跡には潜ったことがあるけど、お守り付きだったし。危ない呪術具については先生たちが解除してくれたから」
「勿体無い」
「だって……」
「使わないと死にスキルだよ。僕なんて、アストラル体が見たいから夜の森に何度も足を運んだんだから!」
「……お前、ほんと怖いものなしだな!」
「ねえ、それで見ることできたの?」
トルカに聞かれて、シウは肩を落とした。
「見られなかった。アンデッドにも会ったことないし。精霊も見えないんだ」
あー、と全員が似たような溜息を吐いて、笑った。
「見えない人、いるよねえ」
「いるいる」
「俺たち、闇属性が高いもんだから、もれなく見えるよな!」
「うんうん」
闇属性あるあるを語られてしまった。
だが、シウは声を大にして言いたい。シウは本当は闇属性もレベル五あるのだということを。もちろん、言いはしなかったが。
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