178 魔獣呼子




 それにしても呪術が付与された魔道具とは恐ろしい。

「魔獣呼子って、古代語の魔術式が付与された魔道具なんですか?」

「というか、古代遺物だな。古代に作られたものだから、当然古代の魔術式が付与されている。大抵は本体の魔道具の痛みが激しくて使えないんだが、保存が良いと現代でも使えてしまう。特に呪術系はその性質上、保存状態が良くてな。遺跡発掘なんかでもそういったものばかり出てきてしまう。専門の冒険者も多くて、そういった奴らは常に呪術対策をしている」

「どうやるんですか?」

「一番良いのは護符だよな」

 にやりと笑う。

 思わず半眼になってしまった。

「冗談じゃないって。本当だよ、なあ、サラ」

「ええ。高位神官に書いてもらった護符を持ってるわよ、わたしも」

 と胸元からピラッと小さな紙を取り出した。

 字を読むふりをして鑑定してみた。

 《オリヴィア=ルワイエットによる聖別化 護符 聖別魔法レベル四》

 と出てきた。

 面白くて思わず笑いそうになった。慌てて抑える。

「……これ、霊験あらたか風に見せるためにわざと古代語使ってるんですか?」

「まさかあ」

「でも、書いてる文字が《わるいやつきえちゃえ!》ですよ?」

「……嘘、ほんと? これ、キリク様にもらったんだけど」

「ふうん」

「あの野郎、そんなこと書いていたのか」

 大体分かってきた。

 幼馴染みらしいオリヴィアにからかわれたのだろう。ただ、ちゃんと魔法は効いているようだ。

「聖水とか、聖遺物だったら呪いは弾きます?」

「そうだな。ただ、聖遺物なんてものはそうそう手に入れられないし、聖水も保存はあまり利かないな」

「魔法袋でも?」

「そういや、試したことはないな。ま、光属性魔法がレベル四以上もあれば、大抵の呪術なんて跳ね返すけどな」

 あ、なーんだ。シウはホッと胸を撫で下ろした。

 呪いが掛かったら怖い。

 幽霊は見たいが、見たいだけだし。と、内心で考えていたら、シリルが会話に交ざってきた。

「あの、よろしいですか?」

「うん? どうした」

「……シウ殿は、古代語が読めるのですか?」

「あ、はい。図書館の辞書程度ですが。そうだ、禁書庫に入れるのでもっと勉強できますね。忘れてました。今日は早めに帰ります!」

 ついつい笑顔になってしまった。

 反対にキリクは嫌そうな顔だ。

「あんなものの勉強がそんなに嬉しいなんて、変態だ」

「ひどい」

「俺は古代語の勉強をしたくないから、学院じゃなくて騎士学校に行ったぐらいだ」

「え、騎士学校では古代語やらないの?」

「やらん。そんなもの知らなくても生きていける」

 踏ん反り返っている。イェルドが頭を押さえており、シリルは苦笑していた。

「知っていると、人生に彩りが増えますよー」

「どこの詩人だ、そりゃあ」

「無粋だなあ。オーガスタ帝国の言語は韻の響きがとても綺麗だし、文字も流麗で美しいのに。魔術式なんて簡潔で面白いぐらいなんだけどな」

 キリクの顔が渋面になってしまった。

 それから、シリルを振り返って、文句を言う。

「お前が余計なことを言いだしたから、こんな恐ろしい台詞を聞く羽目になったんだぞ。信じられるか? 古代語に綺麗だとか流麗だとかいうんだぞ、子供が。俺はシウの将来が不安だ」

「キリク様!」

 叱り口調のシリルに構わず、キリクは続けた。

「こいつの未来が、ベルヘルトに繋がるかもしれないんだぞ! あの変人に!」

「キリク様……」

「あ、それで思い出したんですけど、僕、ベルヘルト様にお会いしたいんですが、王城に行っても会えませんよね?」

「……変人同士で仲良くなったのか」

「またおいでって言ってもらってたので、ちょっとお土産があるし、遊びに行こうかなと。ただ、どうやって王城へ行けばいいのか分からなかったから」

 というよりも忘れていただけだが。

 本当は祝賀会の時に会えるかもしれないと思って、魔法袋にお土産は突っ込んでいた。が、宮廷魔術師達の姿は最後まで見当たらなかったので仕方ない。

「シウ殿、それでしたら今度わたしが一緒に参りましょう。ご案内します」

 とイェルドに言ってもらえた。

「ありがとうございます」

 頭を下げると、その上からイェルドの声がした。

「ほら、ごらんなさい。このような常識ある丁寧な態度、キリク様にできますか? ましてや、あの、ベルヘルト様に。そもそもご自分が勉強嫌いなのを、相手を貶めるために比べるとは良い大人のすることではございません」

 と、がみがみやりだした。

 顔を上げると、シリルが後ろにソッと下がって苦笑いだ。レベッカはもう逃げ出す算段をしているようだ。書類を必死で見付けて下がろうとしていた。

 サラはソファで肩を竦めている。

「大いに可能性のあるシウ殿の未来よりも、今のキリク様の惨状の方がわたしには不安です。まずは、お仕事の話から始めましょうか」

 というような話なので、サラと共に立ち上がって部屋を出た。

 残されたのはイェルドとキリク、二人だけだった。



 ラーシュのお見舞いを済ませると、その足でシウはロワル図書館に向かった。

 許可証を提示するとすんなりと禁書庫に入ることができたので、こっそり鑑定してみる。持ち出し禁止や火災防止などの魔法はかかっていたが、気になるような魔法は他にない。

 なので、遠慮せず、片っ端から本を取っては戻すという作業を繰り返した。

 禁書庫とはいえ結構な本があり、今日はここまでと決めて記録庫への取り込みを完了して図書館を出た。

 次は商人ギルドだ。

 メイドさん達との約束もあったので、急いで特許申請に来た。

 担当のカタリーナはいなかったが、ザフィロが代わりに来てくれた。

 今日は化粧品関係ですと言ったら、目を丸くされた。

「なんでもやるんだねえ」

 と、ちょっと呆れているようだった。

「田舎だと化粧品はみんな手作りなんです、肌荒れしないように油脂を使うのは普通だったんですよ」

 と言ったら、笑われてしまった。

 田舎者が案外贅沢な暮らしだというのは、ザフィロも分かっているらしく、羨ましいねと言って申請を受理してくれた。

 商業化はまた進めておいてくれるそうなので任せることにして、シウはギルドを後にした。




 月が替わり、炎踊る月の最初の週、火の日となった。

 真夏の季節の到来だ。本来ならこの月はまるまる学校が休みとなるのだが、魔獣のスタンピード騒ぎで学校が休講になったため、振替で木の日まで詰め込まれてしまった。

 生徒達はぶーぶー文句を言っていたが仕方ない。

 この季節の貴族は避暑地へ行く者も多く、子供達も休みが多かったけれど、成績が不安な者や、出席日数が足りない者などは学校へ通う。

 シウは皆勤賞を狙っているので(そんなものないのだが)学校へ行った。

 そして、午後の戦略科の授業が始まる前に、エドヴァルドから告げられた。

「ヒルデガルド嬢が退学となった。一応、自主退学ということにしたようだ。学校側の配慮でね」

「そうですか」

「君が悪いわけじゃないんだ、そんな顔をしてはいけないよ」

「です、ね」

 でも後味の悪いことだった。

 彼女の正義感自体は問題なかったと今でも思うのだ。彼女に、自分自身のみならず他人をも治癒魔法以外で守れる能力があれば違っただろうし、もう少し性格が矯正されていたらこんな結果にはならなかっただろう。シウとて同じように勝手な行動をしていた。結果的に上手く行っただけとも言えるから、どうしても同情心が残ってしまうのだった。


「ところで、君、夏休みは暇かい?」

「いえ、いろいろ予定を立てるつもりで」

 爺様の家にもゆっくり帰りたいし、ロワイエ山でフェレスとキャンプもしたい。

 ガルエラドに連絡して竜人族の里へ遊びにも行ったり、と夢は勝手に膨らんでいる。

「では、僕の家の別荘が湖畔にあるんだけど、行かないか? 後半は領地へも遊びに行こうと思っているんだ」

「……いえ、残念ですけど」

 不意に睨まれている感があって、エドヴァルドの後ろで待機している取り巻き達を見た。断るな! 了承しろ、とその目が語っている。

 シウはソッと視線を外して、俯き加減でお断りした。

「研究したいことが山ほどありまして。クラスメイトと予定を組んでいますし、その、素敵なお誘いなんですけど」

「そうか。残念だなあ。でも仕方ない。君はいろいろ特許を取ったりと忙しそうだからね。いや、無理に誘うのも良くない。もし気が変わったら言ってくれよ。僕は君の先輩なんだからね!」

「はい。ありがとうございます」

 と、ここでようやくエイナルがやってきた。

 授業が始まってホッとした。

 大体、戦略科はそういったことが多い。一瞬たりとも気が抜けないので、この時間は割と苦行だ。勉強するのも楽しいことばかりではない。キリクの気持ちが少し分かった気がした。

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