179 打ち上げパーティー
木の日の夕方は、前期日程終了と演習の打ち上げ兼お疲れ会ということでアレストロの屋敷に招待されてパーティーとなった。
人数も多くなったので学校側の施設を借りるわけにもいかず、店を貸し切るには子供ばかりで問題があるだろうということでアレストロが手を挙げてくれたのだった。
クラスメイトというよりは、あの洞穴に集まった生徒達を呼んだので、比重がどちらにあるのかよく分かる。
ただ、アレストロのような侯爵家では、慣れた貴族の子達でさえ気を遣ってしまうだろうからと、敢えて離れを用意してくれた。
更にメイドや下働きも出入りせず、料理だけを用意して立ち去ってくれたので、庶民出身の生徒もホッとしていた。
「スタンとロドリゲスはあの時の護衛だったし、少しぐらいは大人がいないとという建前で呼んでいるんだ。だから、皆も気にしないでね」
という挨拶で、気楽にパーティーは始まった。
今年の演習はいつまでも話題になり、一生心に残るという者もいて、話が尽きない。
シウも、リグドール達と改めて話をした。
「土属性魔法がすごく上達していたよね」
「やっぱり、いざって時に能力が上昇するっていうけど、本当だったな」
リグドール自身もそう思っているらしく、演習後はその成果を無駄にしないようにと研究や練習を続けている。
「土属性レベルが二から三に上がったし、先生が言うには木属性もそろそろ上がるだろうって」
能力が自分でも上がっている気がして先生に相談したら、水晶を使ってステータスの確認をしてもらえたそうだ。
「すごいね」
「うん。結構、演習で能力が上がった生徒、いたみたいだ」
「そうなんだ?」
「俺も上がったぞ」
と、レオンが会話に交ざってきた。
「雷撃魔法がレベル二から三に上がっていた。感電砲なんて、威力自体は小さいのにな。先生が、細かな操作ができるようになったのも良かったんじゃないかって言ってた」
「ああ、そういえばレオン君は、上手に使っていたな」
大人組も混ざってきた。
護衛の二人とレオンは、森の中を迷っている生徒達を集めて避難させるのに、一緒の行動を取っていたのだ。
「羊飼いが使う犬のように、感電砲で生徒達を集めた時は笑ったけれどね」
「あはは」
それ、笑い話じゃないと思うんだけど。
シウは呆れたものの、集められた生徒にわだかまりはないようで。
「慌てふためいていたから、あれで冷静になれたよね」
「パチッて目の前で光った時は驚いたけど」
などと言っている。
「僕等も通信能力が上がったよ。雑音を排除することができるようになったし、盗聴回避の能力も少しだけど、できるようになったんだ」
「あれだけ頻繁に使っていたものね。わたしより、クリストフの方が能力値は高くなったみたいで、今は追いつこうとわたしも練習中なのよ」
「コーラに付き合わされる僕は大変だけどね」
と、双子の姉弟も実感しているようだった。
一人、参加しなかったマルティナは居心地が悪いということもなく、いつも通りの態度で皆を呆れたように見ていた。
「皆さん、前向きですわねえ。でもそれぐらいのご褒美がないと、やってられませんわよね。わたくし、本当に参加しなくて良かったですわ」
「……ぶれないね」
「なんですの、それ」
扇子で口元を隠して、マルティナも一端の淑女そのものだ。
シウは先日、祝賀会で大量の淑女を見たので面白おかしくて仕方ない。まるで母親の真似をする女の子のようだ。
「あら、何か面白いことを言いまして?」
笑みが零れていたようだ。シウは慌てて取り繕った。
「ううん。マルティナさんは常に自分を乱さず芯が通っているから感心していただけだよ」
「まあ。シウ殿は見る目がございますのね」
と満更でもなさそうに笑った。もちろん、口元は扇子で隠れていた。
アリスとも話をした。
演習後、あまり話をする機会がなかった。どうかすると別の話題で盛り上がったりしたので。
「アリスも、能力が上がった?」
「ええ。何故かしら、料理ばかりで魔法はあまり使ってないのに、召喚魔法がレベル一から三まで上がってました」
「え、そんなに?」
「でも召喚はまだ一度も成功していません」
二人して首を傾げた。
「何か、召喚する際に考えたりした? あ、それより、召喚魔法のやり方は分かっているの?」
「上級生にならないと召喚については教われないようですから、図書館の本で調べてみて、そう、練習はしました。……でもそういえば、最近の練習ではあの森での出来事をよく思い出していて」
ふっ、と、嫌な予感がした。
「具体的に何かを考えた? たとえば、場所だとか」
「あ、ええ。その、洞穴でのことを」
あ、やっぱり、と頭を抱えそうになった。あそこは今、シウが結界を張っている。あの森での中継地点にしたいし、友達になったコルニクス達の住処としているからだ。
ついでに生活しやすいようにと魔素を定期的に循環させている。
食物からも栄養素は取れるが、魔素は生き物にとって大事なものだし、幻獣のエールーカにとってみれば逆に魔素がないと生きられないとも言える。
その場所から召喚しようとして、失敗し、魔素だけを取り込んだのだろうと予想した。
しかし、成功しても芋虫型幻獣のエールーカだと気付かない場合がありそうで怖い。
「あの場所、今は結界を張って使えなくしているんだ。諸事情あって、そこからの召喚を行うのはできればやめてほしいんだけど、いいかな?」
「あ、はい。わかりました。でも、それではやっぱり、場所を指定しなくても強く想像しただけで召喚することが可能なんですね」
「そりゃあ、そうだと思うけど」
と言ってから、脳内の記録庫にある魔法について書かれた本を片っ端から検索する。
自分には関係ないからと読んでも素通りしていた部分だ。
そして、驚いた。
「……召喚って、魔術式だけで行使するんだね?」
「ええ。無作為に呼び出されるので、思うものが出なければ契約しなくても良いとか」
「魔力量やレベルによって、呼び出される相手のレベルも違うんだね」
「はい。ですから、わたしの場合はレベル三まで上がってしまったので、少し危険なのではないかと言われています。契約する前に、相手に気に入られなければ殺される可能性もあるとか。それで、上級生になるまでは勉強を止めるようにと言われてしまいました」
「そっかあ。先輩にその手の知り合いがいたらいいんだけど」
一人知っている人がいる。カリーナ=サルエルだ。サルエル伯の娘で、同じ伯爵家のアリスなら付き合いもできるだろう。
けれど、どうやって彼女が召喚魔法を持っていると知っているのか、説明のしようがない。
カリーナが、上級生が受講できる特殊科の召喚クラスに入っていれば良かったのだが、どうやら入っていないようなのだ。
今は専門科の方しか受けていない様子で、専門科棟で何度か見かけたことがある。せっかく召喚魔法を持っているのにと思うが、講義の受け方は人それぞれだ。
「今度、エドヴァルド先輩に聞いてみるよ」
「ありがとうございます。でも、基礎を覚えてからの方が安心だと、先生やお父様にも言われているので、もういいんです。自分でも今度の事では未熟だったと反省してますから」
「今度のことって、演習で?」
「はい。わたし、とても我が儘だったなって、演習が始まってから気付きました。シウ君が提示した三つの条件も、本当に最低限のことだったと、思い知りました」
シウが口を開こうとしたら、アリスは首を振って押しとどめた。それから、最後まで話をしたいという意思を持って、少し早口で続けた。
「自分自身の力だけで森の中を生き抜くことができて初めて、最初の一歩に立てるのだと思いました。わたしには、何もかもが足りませんでした。体力だって、そう。あれだけ練習したのだから森を歩くぐらいと、高をくくっていましたけれど、洞穴に逃げ込んだ時には靴擦れを起こしていました。足もがくがくして、翌日はずっと筋肉痛で」
そこでクスリと笑った。
「獣を狩って命を奪い、捌くということが、実践して初めて理解できた気がします。ヴィヴィさんに教わって捌く練習をしていた頃が恥ずかしい。得意満面になってましたもの。わたし、シウ君の言いたいことを全然理解してなかったんだなって、思いました」
「僕だって、同じだよ。実践して初めて気付くことって、多い」
「そうなんですか? シウ君も同じ経験をしてきたなら、わたし、まだもうちょっとは大丈夫かしら。なんて」
冗談を言ったような顔をして、えへ、と控え目に笑う。
それからアリスは、少しだけ寂しそうな顔をした。
「女であると認識すること、ってシウ君、言いましたよね」
「うん」
「そんなこと、分かってるわって、思ってました。でも、分かってなかったのね。わたしは、女で、ああして避難してみると男女関係なく過ごすことになり、万が一の可能性だってあったのだと、後で気付きました」
「うん」
「貴族の女性だからとか、関係ないですよね。わたし達は、もっとちゃんと自分の身を、きっと男性以上に気を付けないといけない。その覚悟を、持っていなければならなかった。お父様がはっきりと仰らなかったわけも、分かりました。わたしはとても子供で我が儘で、何も分かってなかったんですね」
「でも、今はもう分かってるよ」
「……ええ。少しだけ。そしてこれから、そういうことをもっと勉強したいなって思いました。お父様も、時間はあるのだから、勉強したいなら頑張りなさいと仰って下さいましたし」
と、嬉しそうに報告してくれた。
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