164 ブロスフェルト師団長




 水の日の午前は空いているので、冒険者ギルドで仕事を受けてから学校に行った。

 すると食堂でマットに掴まり、連れて行かれた。

 通されたのは学院長室の隣にある、応接間だった。

「あれ、キリク様」

「よう!」

 こざっぱりとした格好で、キリクがソファに踏ん反り返って座っていた。その後ろにイェルドが立ったまま会釈してくる。

「あ、イェルドさん。お久しぶりです」

「お久しぶりでございます。シウ殿。この度は目覚ましいご活躍だったとか。お疲れ様でございました」

「あ、いえ」

 相変わらず真面目な口調の人だ。

 キリクの向かいには学院長のバスケスと、後ろには秘書のドロネクが立っている。

 そしてもう一人、知らない男性が座っていた。彼の後ろには従者らしき人と、護衛が二人。

 鑑定を掛けようかなと思っていたら、自ら名乗ってくれた。

「エラルド=ブロスフェルトだ。この度の魔獣討伐隊で師団を動かしたと言えば、分かってもらえるだろうか」

 鑑定してもその通りだった。

「初めまして。シウ=アクィラと申します。冒険者で魔法使いの、十二歳です」

 魔法学校に今いるのだから、所属は口にしなくても良いだろうと簡略したが、誰からも指摘はされなかった。

「うむ。魔法使いか。そうか」

 まだ四十五歳という若さなのに、威厳が凄い。さすが伯爵だなと感心していたら、同じ伯爵の気の抜けた声が聞こえた。

「冒険者で魔法使い、ですよ」

「うむ」

「キリク様」

 イェルドが小さく叱責するけれど、どこ吹く風で、キリクは飄々としている。誰に対してもこういう態度なのは、ある意味尊敬できる。

 シウは溜息を押し殺して、それで? と面々を見回した。

 このメンバーに呼び出される理由が分からない。

「用件をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「……肝が据わっているな。まるで、騎士学校時代のキリクを見ているようだ」

「えっ、違うだろ?」

「やめてください」

「それは、お可哀想ですよ」

 と、あちこちから同時に声が上がった。

 シウとイェルドが慌てて口を閉ざす。キリクは納得行かない様子だ。

「俺はこんなこまっしゃくれてなかったぞ。悪ガキだった自覚はあるが」

「……キリク様、それではシウ殿に失礼です」

「仲が良いのだな? それで、第一報が君へと入ったのか」

「必死に勧誘しようとして失敗して、ところが、ある一件で後ろ盾になる機会がありましてね。媚を売って、将来こちらへ靡かないものかと手ぐすね引いてる最中ですから、横から掻っ攫わないでくださいよ」

「なんだ、じゃあ、隠し子疑惑は嘘なのか?」

 エラルドの顔はさっきからずっと無表情で、どこも変わりはないが瞳の色だけがくるくると変わっていた。

 意外と人は瞳で雄弁に物語るものだ。

 エラルドに限らず、同じようなタイプの人間に心当たりのあったシウは、苦笑しつつ否定した。

「僕は、魔獣に殺された夫婦の残した子供で、少なくともキリク様が親ってことはないと思いますよ。育て親の爺様が、キリク様と偶然知り合いだったようですが、そんなことは一言も言ってなかったですし。隠し事をするような人でもなかったですから」

「む。そうか。……すまん。そのような生い立ちとは知らなんだ」

「いえ。気にしてません。皆さん、孤児だと言うと憐れに思ってくださいますが、そんな子供はたくさんいます。お気になさらないでください」

 エラルドの瞳が、くすんだ色から、興味を持ったかのようにキラキラと輝くものへと変わった。

「そうかね。だが、わたしの迂闊な言動はやはり失礼だったように思う。なにしろ、このような者の子供かと疑ったのだからね」

「あ、それは確かに」

「おい! それは、どういう意味だ」

 というところで小さな笑いが起きた。あくまでも三人の間で、だ。

 なにしろイェルドは鉄仮面のようだし、バスケスとドロネクは緊張したまま、エラルドの従者と護衛は顔の筋肉ひとつ動かさない。

 なんとも奇妙な空気の中、本題が始まった。


「え、王城に、ですか」

「うむ。今回の功績に報いなければならない。君には受勲の話のみならず、授爵の話まで出ている」

 ギョッとした顔をしたのが伝わったらしい、エラルドが慌てて手を振った。

「キリク殿がそれを取りやめるよう、進言したので一応この話は流れた。だが、何もないというわけにはいかぬ。分かるね?」

「……信賞必罰は軍隊や貴族の間だけで、よろしいのでは?」

「示しがつかぬ」

「冒険者として、働いただけです。ほとんどは学校行事の延長でしたし」

「強情な。キリク殿が頑張ったわけだ」

「そうだぞ、シウ。俺だってあちこち駆け回って、お前のことを内緒にしてやろうとはしたんだ。まあ、塊射機のせいで目立ったけどな」

 のほほんと言うが、確かに立ち働いてくれたのだろうとは思った。

「そう、その、塊射機のことも惜しいのだが。いや、本当に惜しいが、やはり無理か。ああ、いや、答えはよろしい。はっきりと聞きたくない。言わなくてよろしい」

 手でシウの口を押さえる仕草を見せて、顔ごと視線を逸らす。

 意外とお茶目な人だなと思っていたら、従者が苦々しい顔をしてシウを睨み付けた。

「……分かっておる。キリク殿にも言われた。無理強いをすれば、君なら逃げると。そして、君ならどこへでも逃げ切ってしまうだろうし、そこでまた花開かせるだろうことも。それならば、何もせずに傍で健やかに育つのを見守っている方が良い。とはいえ、何も与えないというのは有り得ぬのだ。分かってくれ」

 と、頭が痛むように、片手で目元を押さえて俯いた。

 すると、従者が到頭我慢できないといった様子で口を開いた。

「エラルド少将のご負担を増やすなど、庶民が妙な駆け引きをするものではない! せっかく与えてくださるというものを断るなどと、なんという無礼千万か。もっと引き出そうという賤しい考えなど、我等には通用せぬぞ。物事の道理を弁えない愚か者め!」

 おや。と、目を見開いて一瞬返答に困っていたら、キリクが立ちあがり、スッと目を細めて従者を睨み付けた。

 片目だというのに迫力があって、なかなか怖い。

 それに対し、エラルドがやんわりと手のひらで押し返すような仕草をしてみせた。

 まあまあ、と落ち着かせているのだろう。

 そしてゆっくりと振り返り、憤っている従者へ向かった。

「君は輪番の、誰だったかな? いや、名前は結構。うむ。今日、隊へ戻ってからで構わないから、わたしの従卒輪番から離れたまえ。良いね?」

 はっきりとした口調で言い訳も何も与えない迫力があった。

 さすが、師団長を務めるだけある。

 キリクもだが、エラルドも、長の立場にいるものはこの迫力がすごい。

「とまあ、このようにだね、勘違いしている者も多いのだよ。君には大変申し訳ないのだが」

「つまり、あれですね、僕から何々が欲しいと、言えばいいってことですね?」

「端的に言うと。で、キリク殿からの提案としては――」

「地下迷宮の発見者としての権利は言うまでもないが、管理者としての権利を与えてしまえばいい。ま、実際には管理なんて無理だから、それを国に任せるんだ。そういう名目で国から貸与料をもらうという形にする。そうすれば国にも金が入る、つまり国にも恩が売れる、というわけだ」

「僕が管理しきれないので、国でやってくださいって言えば良いわけですね。とすると、自然と国の管理下に置かれて、余計な利権が絡まずに済むと。じゃ、それでいいです」

「……話が早くて助かるが、打ち合わせでもしておったのか?」

 エラルドの目の色が若干濃くなったものの、さほど疑っているわけではないようだった。

「そんなものしなくても、こいつは頭の回転は良いのでね。イェルド二世と呼んでます」

「おやめください、キリク様。それこそ失礼というものです」

「おや、君にそこまで言わせるか」

「こいつはそっちにやらんぞ。シウもやらんが」

「イェルドを秘書に欲しかったのに、幼馴染みというのは如何ともし難いものだ。それにしても相変わらず欲張りな男だ。全部手に入れようとするのは如何なものかな」

 キリクは肩を竦めて素知らぬ顔をした。

 それから、イェルドを振り返って目配せする。

「シウ殿。王城へ参じることとなりますので、相応のご衣裳が必要となります」

「……学生の間は制服で良いと、礼儀作法の先生から聞いてるんですけど」

「それは『ただ王城へ参る』場合でございます。今回は正装が必要となりますので、お作りしなければなりません」

 シウは大きな溜息を吐いた。どうにも勿体無い話である。

「あの、誰かに借りるというのは?」

 と、貸してくれそうな心当たりを数人ほど脳内にピックアップして聞いてみた。

 すると、イェルドからではなくエラルドから答えが飛んできた。

「そんなに誂えるのが嫌ならば、我が息子のものでよければ譲るが。まだそれほど前のものではないから、着られるだろう。息子も大きくなって着られないので、持て余している衣装だ」

 若干、疑いつつも、チラッとキリクとイェルドに視線をやると、黙って頷いていた。

「では、お借りします」

「もう二度と着ないものだ。もらってくれたら服も喜ぶだろう。さて、では、大まかな話は終わったな。ああ、招待状はイェルドが持っているだろう」

 立ち上がり、シウに手を出した。握手をすると、貴族とは思えないがっしりとした手だった。職人のような、手だ。剣だこもあった。

「わたしは忙しいのでこれで失礼する。ではな。王城の祝賀会でまた会おう」

 と、早口で言い終わるやいなや、すたすたと部屋を出て行った。

 人の上に立つ人間は、どこか個性的なところがあると思わせる出会いだった。

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