163 凱旋
学校に行くと、すぐに担任のマットが来て、皆を大講堂に集めた。
皆が集まるのを今か今かと待っていたかのように、学院長が話し始める。
「もうすぐ竜騎士隊が凱旋します。皆でお礼のためにも手を振ってお迎えしたいと思いますので、今から大通りへと向かってください」
その言葉で、生徒たちは大騒ぎになった。
すでに事情を聞いていた者もいたようだが、ほとんどは初耳だ。
教師の注意も掻き消えるほど、皆が喜んでいた。
なにしろ、凱旋、つまり戦いに勝って帰ってくるということだ。
もう魔獣のスタンピードに恐れなくていい。
大騒ぎのまま大通りへ歩いていくと、他にもあちこちから人が出てきた。
知らない人には「竜騎士が勝って帰った!」と教えてまわり、興奮が伝播していく。
やがて大通りに到着すると、そこはすでに大勢の人で埋め尽くされていた。
ちゃっかりしているのは屋台の人たちで飲み物や、花を用意している。
本格的な祝賀パレードはまた別に行われるだろうが、華やかに出迎えようとする気持ちを表すには花が良い。
屋台の花は飛ぶように売れていた。
そうこうしているうちに、先発隊と呼ばれる飛竜数体が飛んできた。
これから本隊が戻ってきますよと示すためのものらしい。
上空で大きく旋回している。
鑑定していると、中の一人にランヴァルドがいると分かった。
他の先発隊も王都の竜騎士隊のようだ。
家々や店から顔を覗かせた者たち、大通りに集まった人たちなど、皆が歓声を上げて手を振る中、先発隊がまるでアクロバット飛行のように王都上空をぐるりと廻る。
「すごいすごい!」
「格好良い!」
「俺も将来は竜騎士になりたいっ!!」
と、大人も子供も大興奮だった。
そして。
本隊の先頭が見えた者から順番に、大歓声が起こった。
「隻眼の英雄だ!!」
「オスカリウス辺境伯様だーっ!!!!」
「竜騎士隊、万歳!!」
「凱旋おめでとうございますー!!」
と、すごい声と熱気、更には皆が拳を振り上げて体を上下に振るので、背の小さいシウは埋もれそうになった。
なるほど、これはキリクたちが凱旋の目玉となる代わりに、王都の竜騎士隊が先発隊の栄誉を譲られたのだなと悟った。
「おい、シウ、どこ行くんだ?」
「だって、揉みくちゃにされるから。さっきから何度も踏まれてるし、手も当たるし、痛いんだよね」
怪我はすぐ治るので問題ないけれど、痛いことに違いはないのでそう返すと、リグドールも這う這うの体で抜け出してきた。
「俺もー。ダメだ、興奮してたけど、ここはつらい」
「だよねえ」
「あ、僕も一緒に連れてってー」
アントニーの手だけが見えている。リグドールと顔を見合わせて笑ってから、二人で手を引っ張った。
「……先生もちょっと興奮してたのかな? これ、相当まずいよね?」
「ほんと。貴族の子弟も多いのに、大丈夫かな」
「それより、疲れたよ。もう飛竜隊の姿は見えないし、学校に戻ろうぜ」
リグドールに言われて、三人で仲良く学校へと戻って行った。
しかし、暫くは待てど暮らせど生徒たちが戻って来ず、マットでさえも教室に帰ってきたのは二時間も経ってからだった。
「あー。まだ、戻ってないのも、いる? ……やばい。ちょっと、もう一回戻って見てくるわ。君らは教室で待機。午前の授業は、たぶんない。無理だな。よし、じゃ、午後の授業まで休んでろ」
と慌てて出て行った。
午後の授業も授業になっていなかった。
ただ、エドヴァルドがいるので、戦略科は騒ぎになりつつも生徒は集まっていた。
どうしても話題は凱旋のことばかりになっていたが。
そしてこの日もヒルデガルドは出席していなかった。
「あの、もしかして午前中も来てませんでしたか?」
「少なくとも朝の教室にはいなかったね。凱旋をお迎えする場に、彼女のような貴族が行くとは思えないし」
「そうですか」
「……担任や、エイナル先生とも話したんだけど、彼女のしたことが問題でね」
「はい」
「隠しきれない事態にまで発展してるんだ。だから自ら謹慎処分を受けているのかも、しれないね」
「そうですか」
「僕は生徒会長だから、学院長や、他からも話を聞く機会があったんだけど」
少し言い淀んでから、エドヴァルドは更に声を小さくして教えてくれた。
「彼女の護衛だけでなく僕や他の護衛も巻き込まれているんだ。その、彼女が命じて、魔獣に襲われそうになった生徒を守ったんだが、そのせいで僕たちと護衛が逸れたわけなんだけど、結局一人が再起不能の重傷を、残りも相当酷い怪我を負ったんだよ」
「それは……」
「生徒が無事だったからと、王都では軽く考えていた節があるけれど、実際には護衛が重大な怪我をしていた」
「はい」
「学校側としても、彼女の無茶な行動には目に余るものがあると、今後の事を踏まえていろいろ考えているみたいだ」
「悪気がなかったにしろ、正義感があさっての方向に飛んでましたもんね」
「あさって、とは?」
こうしたスラングはこの国にだってあるのだが、貴族の子供には分からなかったようだ。シウは苦笑して、話を変えた。
「戦後処理が大変ですね」
「ああ、そうだな。討伐軍には死者も出ているようだし、諍いもあるだろう。裁判も多くなるだろうね」
「……裁判好きですね」
「いや、僕は、人の争いをなんとかしたいと思っているだけなんだ!」
あ、しまった。スイッチを押してしまった。
と思っている間にエドヴァルドが演説を始めてしまった。それとなく、彼の従者や取り巻きたちが離れていく。こういう時の彼等の団結力はすごい。
シウは逃げ遅れて、授業の間ずっと、裁判の話を延々聞かされることになってしまった。
そんな話に夢中になっていたエドヴァルドだが、今回の件で提出した課題論文は先生からとても褒められていた。天才は紙一重というが、本当なのだなとしみじみ思う。
授業の後は、いつもの調教訓練だ。別名しつけ教室とも言うが、獣舎に向かうとトマスが待っていてくれた。
「お久しぶりです」
先週は教師たちも忙しくて授業どころではなかった。その前は言わずもがな。
随分と久しぶりの感があった。
「本当にねえ。あ、フェレスの調教はもうほとんど終了で良いかと思うよ」
「え、そうなんですか?」
「うん。今日は午前中あんな騒ぎで授業にならなかったし、ここで様子を見ていたんだがね。落ち着いているし、命令にもきちんと従う。なにより、君、あの時の活躍を聞いたら、この子が間違いをしたとは思えない」
「……そういえば、命じたことには必ず従っていたし、文句も言わずにずっと空を飛びまわってくれました。まあ、むしろ喜んで飛びまわってましたけど」
「ははは」
「昨日も、養護施設に行く用があって。子供たちがあちこち触ったり引っ張ったりしてましたけど、一度も爪を出したり怒ったりしませんでしたね」
「うん。それじゃあ、完全に卒業認定がいるね。完璧だよ」
「……なんだか、寂しいけど」
「僕もだ。でも、楽しかったよ。ドミヌラもフェレスの相手をするのが楽しいようだし、ま、これからも獣舎には預けるんだろう? ドミヌラが細かいことは教えてくれるよ」
「はい。ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げた。トマスは、どういたしまして、と大袈裟な様子で紳士の返礼で応えてくれた。
ちなみに、彼への謝礼にはドミヌラ用の石鹸や櫛、そして狼型騎獣フェンリルの好むであろう食材を提供した。
つまり、魔獣の内臓だ。
「やっぱり食い付き違いますね」
「……うん。なんだか、生き生きしてる。王都の肉屋はお気に召さなかったのかい?」
と、どこかしょんぼりとした顔で聞いている。
「あの、市場の肉だったら新鮮なものが多いですよ」
「お、そうなのかい?」
「はい。僕も狩ったら、あそこに卸してます。別に個人でも買えますし、安い上に値切れるのでおすすめです」
「おお、そうか。いや、結構バカにならないんだよね、騎獣の食事って」
「ですよねー。ドミヌラはフェンリルだし、雄だから食べるでしょうね」
「フェレスも食べるだろう? ……ま、君は自分で狩れたね」
「まあ。でも、それこそドミヌラが自分で狩れるでしょうに」
「ドミヌラはね。うん、彼なら狩るだろうね!」
トマスはそう言うと、少し黙って、それからわっと顔を覆った。
「僕が狩れないんだよね……」
よくよく話を聞くと、トマスは調教魔法も持っているし、魔物魔獣学の専門家でもあるのだが、攻撃はからっきしなのだそうだ。剣も槍も弓も、何ひとつ使えないらしい。
「こんなに適正能力のない人は初めてだって、学校始まって以来だって」
古いトラウマを刺激してしまったようで、その後暫く、トマスの愚痴に付き合うこととなった。
この日はなんだか、人の話をよくよく聞く日であった。
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