454 慌ただしい日常の始まり




 操者のおじさんには驚かれたものの、学校があるのでと断ると「そりゃあ大事だ」と言われて、途中下車を許された。

 お嬢様達はびっくりしていたが。

 とにかく、別れを口にしてから、飛び立つまでが早かったので「あ、待って」と言われたもののそのまま離れてしまった。

 じゃあねーと手を振り、シウはフェレスに乗って一路王都を目指した。


 実は普通に飛んで行っても授業にはギリギリどころか完全に間に合わないことは分かっていた。

 なので、ズルをするのだ。

「フェレス、転移するからねー」

「にゃ!」

 見えなくなったことを確認すると、結界を張ってから、転移した。

 見慣れた風景の森に来ると、あとはまた素知らぬふりをして上空へ出て、飛んでいく。そして王都門の前で降り立って、あとはとにかくひたすら走って進んだ。


 屋敷に戻るのも面倒だったので、そのまま走って学校に到着したら、馬車で来ていた貴族の子弟から変な目で見られてしまった。

 笑って誤魔化して、廊下を早足で進み、研究棟の古代遺跡研究の教室に辿り着いた。

「あ、あれ? まだ先生来てないの」

「おー、シウ。今日は遅かったんだな」

「ミルト。クラフトも、おはよう」

「先生はもう来るだろ。鐘の音もそろそろ、あ、鳴った」

 本当にギリギリ間に合ったようだ。ホッとした。フェレスは遊びのつもりだったらしくて楽しそうに尻尾を振っていたが、やがて疲れたのか後方で居眠りを始めた。

 シウもちょっと羨ましく思いながら、授業を受けたのだった。


 授業が終わると、ミルト達にはおみやげを渡した。

「え、領都に行っていたのか」

「うん。これ、懐かしいだろうと思って特産のイチゴ、買ってきたんだ」

「お、おう、ありがとう」

 お土産にこれを買ってくるシウがおかしかったのか、ミルトはちょっと驚いていた。首を傾げると、ミルトは苦笑した。

「生ものを買ってくるって発想がなかったからさ」

「あ、そうか」

「便利だよな、やっぱり。俺も金を稼いで魔法袋、持ちたいな」

「遺跡に潜るなら、持っていた方が便利だろうね」

「ああ。遺跡で見つけるなんて幸運、そうはないだろうし」

「遺跡で見つかるアイテムボックスなんて古いし汚いだろう? 俺は嫌だな」

 クラフトが茶々を入れて、この話は終わった。

 古代遺跡研究の生徒達はシウのお土産のイチゴを堪能した後、急いで昼休憩に向かった。



 午後の授業では、脱線しつつもいつものように楽しい(?)授業が進み、後半に自由討論が始まった。

 雑談も多いので、その時にバルトロメにお土産を渡した。

「先生、アトルムパグールスと、イチゴだったら、どっちが良いですか」

「……もしかしてソランダリ領に行ったの?」

「うん。飛竜でちょっと遊びに」

「飛竜でって、お金持ちだねえ」

「普段使わないから、偶には」

「君、僕よりもお金持ちだったね、そういえば」

 ソランダリ領伯の第四子ともなれば、回ってこないようである。

「うーん、しかし、悩ましい。ところで、選ぶってことは、残りは?」

「クラスの皆用」

「おお、そうか。じゃあ、皆で仲良くまとめて食べようか!」

 そう言うだろうと思っていたが、やはり良い先生だ。イチゴはそれほどなかったので、アトルムパグールスも持ち出したのだが、皆も喜んでいたので良かった。


 ところで午前中眠りこけていたフェレスは、午後にはしっかり元気になっており、懐かしい友人でもある希少獣達と何やら話し込んでいた。

 事前にシウに宝物を取り出していいか聞いて来たのは偉かったが、代わりに取り出した彼の宝物入れ(魔法袋)にはツルツルした枝とか、ピカピカ光る石とかが入っていて、笑ってしまった。

 フェレスにとっては価値のあるものなのだろう。

 それらを見せびらかして、もとい、旅先で得た獲物として紹介していた。

 希少獣達は、すごーいとか、格好良いとか、割と真面目に賞賛していた。

 もしかして本当にツルツルしたものや光るものが好きなのだろうか。

 希少獣達の好みは不思議だ。


 授業が終わるとプルウィアに声を掛けられた。

「行ってきたの?」

「うん。もう帰りがギリギリで、途中でククールスとは分かれて飛んできたんだけど」

「え、置いてきちゃったの?」

「飛竜の上にね」

「……途中で降りたんだ。すごいわね。そんなこと、考えたこともないわ」

 飛べるってすごいことなのね、と妙なところで感心されてしまった。

「ところで、寮暮らしはどう?」

「そっちは問題ないわよ。まあ、多少の嫌がらせはあるけど、それだけね。あとは授業よ。休み明けだしどうなることやら、だわ」

「でも転籍できたから少しはマシだよね」

「顔を合わせないで済むから、ホッとするわね。授業もなんとか頑張るだけよ。どの先生にだって癖はあるから、こちらが合わせるしかないものね。少なくともニルソン先生よりはずっと良いわ」

 清々した顔をして言い放つ。よほど嫌な先生らしい。

 つくづく、受けなくて良かったなと思ってしまった。

「シウは新魔術式開発研究科を受けるのよね」

「うん、何故か成り行き上」

「未成年や初年度生は取らないことで有名らしかったから、今、噂の的よ。少なくとも寮でわたしの耳に入るぐらいだから、相当ね」

「うわー」

 苦い顔になったら、プルウィアが笑顔になった。

「あは。シウでもそんな顔するのね。面白い」

「人の事だと思って」

「ごめんごめん。でもだって」

 言いながら笑いが止まらなくなったらしく、ロッカーまでずっと笑い続けていた。

 そんな彼女を見て、通りすがりの男子生徒達は頬を赤くしていた。



 屋敷に戻ると、真っ先にリュカを探した。

「遅くなってごめんね!」

 お手伝いの為、賄い室にいたリュカを見付けるとただいまよりも先に謝った。すると、リュカはパッと笑顔になって抱き着いてきた。

「おかえりなさい、シウ!」

「ただいま」

「僕、いっぱい頑張ったよ。お勉強もお手伝いもしたの。サヴェリア神様にも祈ったの」

 シウが無事に帰ってくるようにと、小声で呟いたので胸がギュッと締め付けられた。

「ありがとう、リュカ。おかげで元気に戻って来られたよ」

「うん」

 えへへとてれてれしながら笑って、頬を赤くして頷いた。その尻尾がぶんぶん振られているので、喜んでくれているのが分かる。

 リュカは両手をもじもじさせながら、シウを上目づかいに見た。

「あのね、今日、お風呂一緒に入ってもいい?」

「うん、もちろん」

「あとあと、今日は一緒に寝てもいい?」

 可愛い顔でお願いしてくるので、シウは自分でも締りの悪い顔をしているだろうなと思いつつ笑顔で頷いた。

 そうして再会を喜んでいたら、スサ達が呆れたように喋っているのが聞こえた。

「まあ、あんなに好かれていたらしようがありませんけど」

「わたし達も心配しておりましたのに」

「わたしも抱きしめたいわ」

「あら、どちらを?」

「……どちらも良いわね」

「どちらも、可愛らしいものね。ふふふ」

 少しだけ寒気がしたシウだった。


 晩ご飯の後に、有言実行でリュカと一緒にお風呂に入ったシウだが、リュカが寝たのを確認するとソッと抜け出して遊戯室に向かった。

 ロランドには帰宅の挨拶をしたが、カスパルにはまだだったのだ。

 本を読んでいたカスパルはそれを完全に閉じて机に置くと、シウの話を聞く体勢に入った。彼もシウの旅行の話が聞きたかったようだ。

 言えないことも多いが、旅の話をなるべく面白おかしく話して聞かせた。

 道中聞いた噂話も含めて。

 これらはカスパルの社交界での役にも立つので、気になることは全部報告する。

 更に、アトルムパグールスやペルグランデカンケルがあると言ったら、ルフィノ達が興奮したので、カスパルが珍しそうな顔をした。

「そんなに美味なの?」

「美味しかったよ。有名らしいね。ククールスも涎を垂らしていたから、頑張って釣ったんだもの」

「ものすごく美味しいそうですよ、カスパル様! 一度食べてみたい幻の超高級蟹です!」

 カスパルは苦笑して、シウを見た。

「ということだから、分けてくれる?」

「もちろん。そのつもりで獲ってきてるし。明日あたり、料理長と相談して作るね」

 やったーと雄たけびを上げる護衛達に、ロランドが苦笑しながら注意していた。

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