019 エルフの少女と犬探し
なんだこいつは、という視線でシウを見たのはまだ若い、少年と言っても間違いではないような男だった。身長だけがひょろひょろと伸びたような幼い顔。それでいて妙に顔付きが大人びている。
他の面々もシウに視線を向けたので、これ幸いと真ん中にいた少女に声を掛けた。
「おねえさん、この人たちと知り合いですか?」
驚いたことに、少女はあまり困った様子ではなかった。知り合いだったら申し訳ないと思って、控え目に問うてみたのだが――。
「違うわ。迷惑してるのよ」
「あ、そうなんだ」
「坊や、助けに来てくれたの?」
「ええと、でも、大丈夫そう?」
少女はうふふと笑って、シウに手を伸ばした。それを、若者たちが邪魔をする。
「ませたガキだな、どいてろ!」
「この子は僕たちが見付けたんだ」
「僕たちとお茶に行こう。君にはこんなところ似合わない。ジュテールの店がいいね」
なんだ、ナンパかあ。そう思ったものの、彼女は迷惑していると言ったのだし、助けた方が良いのだろうと考えた。ただ、彼女はとても落ち着いている。
ここに至ってシウはようやく気付いたのだが、彼女には確かに落ち着くだけの理由があった。鑑定してみたのだ。すると、彼女はエルフで、能力が桁違いに高かった。魔力など百を超えている。
考え込んでいると、少女が若者たちの手を振り払って、シウに近付いた。
「お茶なら、この子と行った方がずっと良いわ。よろしくね」
「……よろしくお願いします」
一応返事をして、唖然としている若者が我に返る前に少女の手を引いた。
「走って、おねえさん」
「わたし走るの苦手なんだけど」
などと言いながらも、従ってくれた。
「あ、おいっ、待て」
ハッと気付いた若者たちには、こっそり《幻惑》で目くらましの魔法をかけた。無詠唱なので気付かれないまま、煙に巻けたようだった。
少女はティアと名乗り、礼を言った。しかし、シウが助けになったとは思わないので曖昧に笑って首を振った。
「でも、気持ち悪い顔の男たちから助けてくれたのは確かよ。あ、あなたは可愛いわ」
はあ、と返事にもならない返事をして、シウは話題を変えた。
「おうちに送っていきますよ」
「……え?」
「若いお嬢さんだし、また見付かると危ないでしょう」
「……そ、そうねえ。じゃあ送ってもらおうかしら」
「はい」
微妙な反応だったので、もしかすると新たなナンパ男に認定されたのかもしれない。シウは不安になりつつ、それでもやはり、若い女性を放っておくのはよろしくないと思い直した。特に見目よい彼女は、またナンパされるかもしれない。よって、彼女を送っていくことにした。
着いたのは庶民街にある、中級クラスの冒険者が泊まるような宿だった。
「じゃあ、僕、帰ります」
そう言って踵を返したら、ティアが慌ててシウの手を取った。
「待ってよ。お礼をしてないわ」
「特に何もしてないし」
「でも送ってくれたじゃない」
「お嬢さんを家まで送るのは、男の務めだと思うんだけど」
「……あー、まあ。その、そうね」
もしかして、エルフで実年齢が高いから、「お嬢さん」呼びに困惑しているのだろうか。でもやはり見た目は少女だし、実際にエルフなどの種族は、見た目が精神年齢だと考えていいそうだ。スタン爺さんも言っていたし、物の本でも書かれていた。彼女が気にしているのなら、申し訳ない。シウは笑顔で手を振った。
「まだ仕事も残っているので、ここで。今度は気を付けてね、おねえさん」
ティアはしばらく玄関前に立っていたようだった。
遅くなったが、午後は犬捜しを始めた。
しかし、捜すといってもどんな魔法が向いているだろう。シウが考えたのは《全方位探索》の設定を変える方法だった。ただ、せっかく意識せずとも使えるようになったので、これに手を加えて変になってしまったら残念だ。
思案して、探知魔法を重ね掛けしてみることにした。依頼の犬は小型種で、臆病な性格だという。となるとネズミ以上、大型犬種以下。犬なので、猫のような縦の動きはない。王都の、特に依頼者の住む商人街は警邏も多く、放し飼いの猫も犬もシウは見たことがない。ネズミは地下にならいるかもしれないが、この条件だと探すのは早い。
大きさや動きなど、探知条件を絞っていく。更に行方不明となった場所、それから飼い主の邸宅までを中心に魔法をかけてみた。念のため、心の中で唱えてみる。
(《犬探知》)
そのままだなと思わず笑ってしまい、もう一度重ね掛けする羽目になった。魔法を使う瞬間に思考が途切れると、稀に失敗するのだ。魔法書でも、余計なことは考えないようにと注意書きされている。その為もう一度、集中して重ね直した。
「あ、見付けた」
簡単に見付かった。早く捜し当てられると思ったが、早すぎる。シウは首を傾げた。
「……。あ、そうか、自動追跡機能?」
二回目に掛けた時、匂いのことを考えていた。無意識に依頼者の邸宅から匂いを抽出したようで、それを追跡したようだった。
犬は、庶民街の近くにある公園の端の、ゴミ捨て場の隙間で休んでいた。
薄汚れてしまった犬は、何日も迷子になっていた割には、痩せた様子がなかった。ゴミを漁っていたのだろうと思いつつ、シウは飼い主には公園の隅にいたとだけ報告した。
なにしろ飼い主は大商人の奥様で、煌びやかな格好をしていたのだ。そして開口一番、
「そんな汚い子は我が家のアンリちゃんではありませんわ!」
と言った。シウも気が利かず、洗ってあげなかったのは悪い。しかし、一刻も早く会いたいだろうと思い、急いで連れてきたのだ。そんな心の声が聞こえたのか、執事が間に入ってくれた。
「奥様。アンリ様はきっと、我々が想像もつかないような冒険をしてきたのだと思います。きっと、ひもじい思いや辛い目に遭ったかもしれません」
ひもじくもなく怪我だってしてません、とは口を挟めなかった。
代わりに口から出たのは、
「あの、よろしければこの子に浄化をかけましょうか?」
だった。
執事が喜んだので、ついでだからと《洗浄乾燥》する。これなら頑固な汚れも取れるだろう。つい無詠唱でやってしまって、ものすごく驚いた顔をされたので、慌てて、
「浄化の魔道具を、遺産で受け継いで、持ってまして……」
などと変な言い訳をしてしまった。どこに持っているんだと突っ込まれる前に、依頼書を差し出した。執事が困惑しながらもサインを書いてくれたので、シウは急いでその場を辞したのだった。
それにしても失敗したなあと、シウは溜息を吐いた。魔法を無詠唱で使う人は珍しいと聞いていたはずなのに、うっかりすぎる。とはいえ、あの恥ずかしい台詞を口にするのは憚られる。何か方法はないだろうか。
そんなことを考えつつ、シウはギルドへ寄ってからベリウス道具屋へ向かった。途中、アキエラと行き会ったので、二人して裏口から店のカウンター内に入った。
エミナは接客中だった。まだ勉強の時間には早いので引っ込んで、カウンター奥の休憩場所に座る。こういうちょっとした空き時間に、アキエラは学校の話をよくする。彼女もエミナ同様、中央地区に住んでいるので、学校は第二王立中等学校だ。第一学校は、庶民でも成績の優秀な者が行くところらしい。
「今日ね、学院の子が交流に来てすごく嫌だったの」
「学院?」
私立のことかと思ってシウが首を傾げていると、アキエラが笑顔になって教えてくれた。シウに物を教えられるのが嬉しいらしい。普段教わる側だからだろう。
「王都にはね、王立の学校がたくさんあるんだけど、学院って呼ぶのは王立ロワル高等学院のことが多いのよ。本当は王立ロワル魔法学院と王立ロワル騎士養成学院っていうのもあるんだけど」
「そうなんだ」
「どっちも、あたしたちは魔法学校とか騎士学校としか呼ばないの。学院って呼ぶのは、すごいって意味も入ってるんだけど……」
そこで彼女の顔が歪んだ。
「学院には王族や貴族、大商人の子しか入れないから。あとはものすごく賢い子だけ」
学院の「すごい」は賢い方にかかっていたようだ。
そして学院に通う子は、あまり庶民と相容れないらしい。
「嫌だったって、何かされたの?」
聞いてみると、返ってきたのは怒濤のごとき愚痴だった。
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