018 十級ランクの仕事




 シウが王都ロワルに来て一ヶ月が過ぎた。

 夏の暑い季節もようやく終わりを見せ始めたのに、フェレスはお腹丸出しで寝ていることも多い。

 フェレスは生まれて四ヶ月となり、元気いっぱいにすくすくと育っている。

 まだ暑いからか、あるいは大きくなったせいか、シウの胸元に入ることが少なくなってきた。動き回る範囲も広がって、目が離せない。今は首輪に迷子紐を付け、シウの肩の上に乗せている。時折頭の上に乗るのはご愛嬌だ。

 シウも十一歳と十ヶ月が過ぎて、もうすぐ十二歳になろうとしていた。

 この一ヶ月、シウは王都で遊び歩いた。図書館に行ったり、市場を見て回ったり、アナの紹介で騎獣屋へ押しかけもした。騎獣屋ではお手伝いをさせてもらう代わりに、馬や騎獣とも遊ばせてもらった。そんな楽しい時間もそろそろ終わりだ。


 というわけで、朝ご飯を作ったついでに昼の用意も済ませ、リュックに簡単な荷物を詰め込んでからギルドへ行くことにした。荷物は念のための偽装用だ。どこで誰に見られてもいいように、ちゃんと必要な物を入れていた。

 事実、見習い冒険者と知ると「装備を見せてみろ」と取り上げる輩もいた。親切心半分、子供が冒険者になるのを嫌がる気持ち半分、といったところだろうか。

 大抵において、近くの大人が助けてくれる。それだけギルドの中は混雑していた。朝のギルドは避けようかと考えたくなるほどだ。講座を受けているうちはいいが、仕事を受けるとなると、そうもいかないだろうが。

 とにかく、仕事だ。シウが十級ランクの依頼書が貼り出されている端に移動すると、若干の余裕があった。何故だろうと思いつつも、依頼書を見ていく。

「これとこれにしようかな」

 迷子犬を探すものと、庭掃除だった。

 他に外周壁の補修などもあったが、これは成人していないと受けられないので無理だろう。たぶん、体力や筋力的なことが原因だったはずだ。

 シウが窓口に依頼書を持っていくと、「同時に受けられますか?」と、確認された。

「はい。迷子犬は常時依頼だし、庭掃除なら午前中で終わると思います」

「そうね……。それに受ける人も少ないから、やってくれるなら助かるわ」

「あの、受ける人いないんですか?」

 そういえば十級ランクの掲示板付近は人が少なかった。

 受付の女性は、苦笑して頷いた。

「冒険者ギルドに入れば、皆が最初は十級でしょう? 内容にもよるけれど、受けられる依頼は上下二ランク差まで。普通は、同じランクから二つ上のランクまでを受けるの。下のランクは原則として、怪我などの理由がないと受けられないのよ」

 知っていたので、シウはうんうんと頷いた。

「初心者講座を受けたの? じゃあ、本題ね。皆、早くランクを上げたいからって同ランクを受けずに上のランクばかり受けるのよ。あとは、冒険者らしい仕事しかしたくない、なんて選り好みしたり」

 なるほど。シウは納得して頷いた。

「でもね。正直、日雇いの仕事って、冒険者ギルドに来ちゃうの。それも体力を使うようなものばかり。土木ギルドや建築ギルドがあれば職人の手配も任せられるけど、そもそも公共工事は国が手配するし、専門職はほぼ商家に雇われてる。だから、小規模の、なんでも屋的な仕事は冒険者ギルドに持ち込まれるの。でも肝心の冒険者は、嫌がるのよね。受けるのは、怪我して本調子じゃない人や、他の仕事の片手間で稼ぎたい人だけ。で、あなたみたいに見習いの子がいたら、やってもらえるんだけど――」

 一気に話すと、受付嬢は「ふう」と溜息を吐いた。

「あまりいないのよねえ」

「そうなんですか?」

「王都でも、支部ならもう少しいるんだけど、ここは中央地区でしょう? 見習いをやらなきゃいけないほど、逼迫した子供って住んでいないの」

「あ、そうか」

 冒険者見習いになる子は、大抵が親や後ろ盾のない子だ。王都なら養護施設もしっかりしているだろうし、学校に通える子も多いだろう。つまり働かなくていい。

「だから、あなたが受けてくれると助かるわ」

「じゃあ、これからも頑張って十級ランクの仕事をやってみます」

 そう挨拶してギルドから出た。受付嬢は笑顔で見送ってくれた。


 庭掃除の仕事は、大きな商店の裏手にある本宅の中庭で、問題なく終了した。案内してくれた執事が、魔法を使っても良いと了承してくれたため、早くできたのだ。シウが、最初に使ってもいいか聞いた時は軽く驚いていたけれど、すぐに対応してくれるのは有り難い。ついでに、伸びすぎた木の枝も切ってほしいと頼まれて、これも魔法で処理した。依頼を受ける人によっては無理だろうと、諦めていたようだ。

 途中、様子を見に来た執事が、

「なんとまあ。こんなに早く綺麗にしてくれるとは」

 と褒めてくれたので嬉しくなったシウだ。

 彼はシウのために、おやつと飲み物をメイドに頼んでから、シウに質問した。

「池の泥が溜まっているので、こちらも依頼書を出そうと思っていたが。君はそういったこともできるかな? できるようなら指名依頼を出したいのだが」

「あ、できます。ええと、ついでだから今やりましょうか?」

「ん? それでは悪い。また別にお願いしようと考えていたのだが」

「あの、すぐ終わるので、ギルドに行く時間が勿体ないというか……」

 しどろもどろだったが、話は伝わった。

 執事は軽く目を瞠って、それから嬉しげに頷いた。

「では、お願いしよう。もちろん追加料金は支払うよ」

「あ、はい。じゃあ、やりますね。特に気を付けることは、ありませんか?」

「そうだね。今は魚もいないので大丈夫だよ」

 その後、泥の処分について確認してから、魔法で池の底を浚った。ついでだから、何度か排水し、濾過装置も掃除してみたので池はすっかり綺麗になった。

 終わった頃に、メイドが飲み物とおやつを出してくれた。シウだけでなく、一緒にフェレス用の山羊乳まで持ってきてくれたので、頭の上にいたフェレスが喜んだ。

「みゃっ!」

「ありがとうございます」

「いいえ。本当に可愛い子ですねえ」

 メイドはフェレスに触りたいようだったが、「仕事があるので」と戻って行った。

 シウとフェレスは休憩をしてから、仕事が終わったことを執事に報告した。彼は「早かったねえ」と驚きながらも笑顔で、依頼書にサインを書いてくれた。追加依頼も書いて持たされたので、シウはその足で一旦ギルドに行き、提出してきた。


 次は犬探しだ。調教魔法があったなら、生き物と「言葉が通じる」ので探すのも楽だっただろう。あるいは、魔法で《呼寄》もできる。どちらにしてもレベルが高くないと無理だし、シウにはない固定魔法だ。複合魔法も、まだ編み出していなかった。

 どうやろうかなと思案しつつ、前から目を付けていた公園に足を運んだ。

「ちょっと早いけど、昼ご飯にしちゃおうか」

 頭の上で遊んでいたフェレスを、芝生に下ろした。リュックも置き、昼ご飯を取り出す。アナから手に入れたシャイターン国の食材があるので、最近は和食も多い。

「屋台もいいけど、やっぱり自分で作ったおにぎりが最高だなあ」

 フェレスには、卵焼きを与える。まだ、お米は早いかと思って、柔らかい卵焼きにしてみた。ただ、先ほど山羊乳を飲んだせいか、あまり食べようとしなかった。

「眠いの?」

「にぃー」

 フェレスは、ふんにゃりと崩れ落ちるように芝生の上に寝転んでしまった。彼はよく食べ、よく遊び、よく寝る。可愛い姿に笑みを見せながら、シウはおにぎりを頬張った。

「海の魚が食べたいなあ。鰹節も作りたいし。出汁が作れないのが痛い……」

 シャイターン国にはカツオらしき魚がいて、アナによると出汁もあるそうだ。ただ、彼女は魚類関係にそこまで詳しくなく、輸入はしていないそうだ。一応、取り寄せを頼んではいるが、いつになるのか全く分かっていなかった。

 シウは今まで、和食に飢えていたわけではない。なのに、お米を見てから途端に食べたくなってしまった。あると思うから、食べたくなる。人間の業だなあ。そんなことを、つらつら考え食べ終わる頃、騒がしい声が聞こえてきた。


 騒ぎの方を見ると、少女が男たちに囲まれていた。少女は(女性かもしれないが)、白い肌に白銀髪という目立つ姿をしていた。服装も白っぽく、全体的に真っ白な感じだ。

 見ていると、「いい加減にして」という女の子の声が聞こえたので、シウは助けに入ることにした。なにしろ周囲の大人たちは皆が知らんぷりで、ほとんどが逃げていく。

 まだそれほど大事になってないことを確認しつつ、荷物を片付けて、フェレスも一番上が寝床仕様となっているリュックに入れた。

 それから急いで駆け付けると、どうやら男たちが貴族の子弟であると分かった。服装が、庶民では付けることのできないようなフリルやレースの豪華なものだったからだ。

 それで誰も相手にしないのだと理由を悟ったシウは、ドラ息子という言葉が似合う若者たちに声をかけた。

「こんにちは」

 まずは挨拶が肝心だと、思ったのだ。

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