017 王都での暮らし




 王都に来てからのシウの毎日は、冒険者らしいことは何ひとつせずに規則正しい庶民暮らしだ。

 朝は早くに起きて、体操、掃除、朝ご飯の用意。パンを作ったり、ご飯を炊いたりする。今はまだ試行錯誤の時で、毎日作ることに意味があるのだと張り切っている。

 それからフェレスのご飯を用意して食べさせたり、遊ばせてるうちに自身も朝食を摂る。

 片付けをして、庭の掃除も済ませた頃にスタン爺さんが起きてくる。

 本宅に声をかけて、味見としてパンなどのお裾分けをしたら、身支度を整えてフェレスを胸元に突っ込み、市場へと行くのだ。


 市場では見て回るだけのことも多い。

 最初にあれこれ勢いよく購入したり取り引きしたせいか、今はまだ必要なものが出てこない。

 ここでは買うだけでなく、売ることも多かった。

 商人のアナとの会話で何気なく岩猪の肉があると言ったら、あちこちから売ってくれと声がかかったのだ。

 岩猪の肉は人気があるそうで、結構な高値で売れた。

 ただ、空間庫は秘密なのでそうそう沢山卸せるはずもない。

 仕方ないので、ルプスの毛皮を出すと、こちらも意外と買取価格は高かった。ギルドで買取してもらうよりは高いのだそうだ。その差額が手数料分なのだろう。

 他にも魔核や魔石の余りを放出したりした。

 これらは自分でも付与魔法に使ってみたいので一部は残している。

 おかげで、市場では顔を合わせると挨拶してくれる人が増えた。


 次に街をぶらぶら探索して、実際の地図を脳裏に焼き付ける。

 全方位探索のみならず俯瞰も使っているから景色は理解しているが、自分の目で見る方がより良い。

 そうして散歩をしながら景色を楽しんで、一度ベリウス道具屋に戻る。

 そこでスタン爺さんやエミナと一緒にヴルスト食堂へ行って昼ご飯を摂ったり、あるいは散歩途中で見かけた食堂に入ったり。パン屋を探すのも楽しみだった。


 午後は図書館へ行くことが多い。

 もう本は全て記録したので行く必要はないのだが、雰囲気が良いこともあってそこで勉強すると捗るのだ。

 ただ、フェレスを連れているので彼が飽きたら図書館を出ることにしていた。

 そう、図書館でさえも、希少獣の子ならば連れて入っても良いのだ。

 ただし騒がしかったり汚したりしたら減点である。


 図書館へ行かない時は、ギルドに顔を出したりする。

 ギルド主催の講座は無料なので面白そうだと参加したりしていた。

 講習会は有料というのもあるが、合わない気がして申し込みはしていない。

 そして、午後からならギルドは閑散としていて、シウのような子供にはのんびり探索できて向いていた。

 午前中は仕事の依頼を探しに来る冒険者でいっぱいだから、時に殺気立っていることもあってついていけないのだ。


 たまにアナ経由で知り合った騎獣屋へ行ったりもする。

 そこには馬もいるのでお世話をし、騎獣と遊んだり乗ってみたりする。

 他の子と遊んでいると、フェレスはちょっと気に入らないらしくて尻尾をばふばふと叩きつけてくるのが面白かった。

 早く大人になってシウを乗せるのだと、張り切っているそうだ。

 それは調教師が教えてくれた。

 ただの子供が遊びに行っても邪魔なだけだが、アナの紹介ということ、フェレスを連れていることや馬の世話が上手というので邪険にされることはなかった。

 むしろ最近では、無料で世話をしてくれてありがとうといった感じになっている。

 シウも調教魔法を間近で見られて良かった。

 そして、相当数の騎獣が売り買いされている現実も知った。


 そうこうして遊んでいるうちに日が暮れはじめるので、ベリウス道具屋に戻る。

 裏から店に入ると、エミナとアキエラが待っており勉強が始まるのだ。

 アキエラは学校の後に、店の手伝い、そして勉強だからか最初はとても嫌がっていた。

 それでも仲良しのエミナが魔法を簡単に使えるようになったと聞いて、興味が湧いたようだ。

 今はエミナが簡単な火と水の魔法を覚え、次の段階、つまり計算の勉強に入っている。

 どうせならと、アキエラにも教えているので、アキエラは点火しかまだ覚えていない。

「こうやって教わると、意外と難しくないのね!」

 エミナは単純な四則計算ができただけで興奮している。

 学校ではどんな教え方をしているんだと、ちょっと気になるシウだ。


 アキエラはシウと同年代なのに、手を使って計算していたほどだ。

 神殿でももう少しちゃんと教わるんだけどなあ。と、口には出さないが考える。

 ただ、シウは知らなかったのだが、シウのいた神殿でも本当はそこまで教えない。ただただ、飲み込みの早いシウに、神官がこれはどうだこれでどうだと張り切ったせいで勉強内容が進んでいただけだ。

 普通は親の手伝いがあったりして、そう簡単に覚えられたりしない。

 ましてや魔法が使えると他に生きる手段も選択肢もあって、役人を目指すなどでない限りは真面目に算数(数学ではない)を勉強するはずもない。

 と言っても経営に携わるなら最低限の計算能力は必要だ。

「じゃあ、次は例題を出すから」

 シウが手作りの問題集を出すと、エミナはうんざりした顔をした。

「ええーっ、まだあるのー」

「エミナさん、せめて暗算でお釣りが出せるぐらいにならないと」

 そうっと控え目に言ってみたのだが、エミナはがっくりと落ち込んだ。

「……分かってるんだけどー」

 帳簿の方は専門の人に頼んでもいいし、個人商店は大抵そうやって凌いでいる。

 ただ、現在はスタン爺さんが全部一人で行っているのでやってやれないことはない。というかシウとしてはエミナにそれを推奨したい。だって、専門業者に頼めばその分お金がかかる。節約できるのにしないのは勿体無いのだ。

 ということで身近なところからこつこつと、の精神で暗算を勧めていた。

「このお店は他国からも取引があるよね。冒険者も来るって」

「……うん」

「貨幣はロカだけじゃなくて、アドル・デリタ・ロカルとあって、今はどれも使用可能と謳っているでしょう? 苦手だからロカ貨幣でね、ってことにしたら、お客さんが逃げちゃうよ。両替してまでわざわざ買うの、面倒だもん」

「だよねえ」

「お待たせするのも悪いし」

「そりゃ、そうだわ」

「だから、がんばろ?」

「みゃー!」

 フェレスの絶妙な合いの手に、落ち込んでいたエミナも苦笑した。

「そだね。自分のことだもんね。頑張るわ!」

 その横ではアキエラがただひたすらに足し算と引き算の問題集を解いていた。

 これは答えが合っているとか間違っているとかではなく、早さを急がせている。

 すでに足し算も引き算もできるので、あとは早さを競ってゲームのようにしていた。

 時間内にできればシウが作ったクッキーをおやつとして渡す。

 できなければなし。

 胚芽入りの小麦粉で作ったサクサクのクッキーは人気で、アキエラのみならずエミナも楽しみにしていた。

 ようは餌でつっているのだ。

「できた!」

「はい、じゃあ見せてね」

 さらさらっと上から下へ視線をやって、ひとつ間違った以外は合っていたので合格とした。

「ここ、間違ったところね。焦るとどうしても間違えちゃうけど、慣れると減るよ」

 ハイと、クッキーの入った小袋を渡す。

「ありがとう。あたしも頑張るね」

「うん」

「また問題集作ってくれる?」

 いいよ、と答えて、エミナの手元を眺める。こちらも順調に進んでいた。


 晩ご飯は、ベリウス家で摂ることもあれば、離れの家でフェレスと食べることもある。

 王都には惣菜屋も多く、働く主婦には大助かりでエミナも勉強疲れの時はよく利用しているそうだ。

 シウは料理が好きだし慣れてもいるので昼ご飯以外は自作することが多かった。

 特にお米を使った料理の時は和風になるので、自宅で一人で食べる。

 スタン爺さんと一緒に食べる時はシュタイバーン風の料理を作って持参した。

 慣れない人に勧めるのもどうかと思うが、それ以上にシウが今の味に納得していないのだった。

 完成した暁には是非味見をと言ってあって、そしてスタン爺さんはというとシウ以上に他国料理に興味があるそうで、その時を楽しみに待っている。

 若い頃は各国を回ったこともあるスタン爺さんだから、他国の料理が懐かしいのだろう。

 歳を取ったことと、エミナの両親、つまりスタン爺さんの息子夫婦が相次いで病死したので腰を落ち着けたそうだ。

 スタン爺さんとの夜の会話は、そういった過去についても穏やかに綴られていた。

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