016 魔法の勉強と隠蔽魔法




 それにしても、魔法の詠唱に抑揚が必要だとは思わなかった。だったら無詠唱のシウはどうなるのだ。学校の先生に呆れつつ、紙の上にさらさらっと火について書いた。

「空気中にはね、酸素って物質があるんだ。それ以外にもあるけど、今は簡単にこれだけね」

「う、うん」

「火はね、化学反応を起こした結果というか――」

 エミナが目を白黒させたので、シウは慌てて、言いなおした。

「とにかく簡単に言うと、酸素があって、そこに可燃物質があり、衝撃があると燃える。これが火になる仕組みなんだ」

 絵を書き込んで、火の文字を書く。

「空気、このへんにある何も見えない空間のことだけど、これらの中に魔素があるのは分かってるよね」

「空気っていうのは分からないけど、ええと、この空間に魔素があるのは知ってるわ」

 エミナが辺りを手で混ぜるように動かした。それが分かってるなら話は早いなと、更に絵を書き足していく。

「この空間には魔素以外にも、人が呼吸するのに必要なものや、何かが燃えたあとのものもあるんだ。見えないけど、いろんなものが混ざって存在する。んーと、ほら、パンの近くに行ったら美味しい匂いがするよね?」

「あっ、そういう意味ね。匂い。うん、見えないけど、匂うわ」

「そう、見えないけど、そこに物質はあるんだ」

 エミナがちょっと目を見開いた。

「こうして酸素があって、可燃物質、この場合は魔素だね。そこに衝撃を与える。衝撃は詠唱による結果かな。僕は、自ら出す魔力と、外の魔素のぶつかり合いに近いと思っているんだけど」

「ああ! そうよね。だって、自分の中にある魔力を使うんだもの。外に出すのよね」

「そうそう、そんな感じ。ようはイメージだからね、こう考えてみて」

 詠唱はあくまでもきっかけなのだ。

「可燃物質の、燃える対象は紙でもいいし、鉱物でも何だっていい。ただ、何もないところに火を付けるとなると、物質を必要とするでしょう。それが魔素。それを燃やすための作業が自らの魔素の発現。そして物質が燃え続けるには酸素が必要なんだ。火を消す時に、たとえばガラスコップをロウソクにかぶせると火は消えるよね?」

「あっ」

 神殿でのお祈りでロウソクを使うから、それを思い出したのだろう。

「と、考えると、何もないところに火をつけることが、一番大変なんだ。可燃物質が魔素だけだから」

「ああ、なるほど」

「でも、今、この仕組みを理解したよね」

「うん」

 理解したら、後は出す量のコントロールだけだ。

「火をつけようと考えないで、火花を飛ばしてみようって考えて」

 エミナが首を傾げた。そして、ああ、と何かに納得したように頷いた。生活する中で火花は何度も見てるだろう。

「やってみる」

「詠唱はなんでもいいんだ。ただ、火花を指先から出すんだって、考えてみて」

 エミナは目を瞑って、何度か指先をくるくる回してから、声を出した。

「《パチッ》」

 すると、指の先に火花が散ったあと、小さな炎がよろよろとではあるが発現した。

「で、できた!」

 叫んだ途端に火は消えたが、エミナはとても嬉しそうに笑った。


 一度できると後は早かった。しかも、エミナは大きな炎ではなく、小さな火花を出すイメージが付いたため、使う魔力量も減った。おかげで勉強にやる気が出たようだ。

 シウは毎日一時間ずつ、店番がてらエミナに魔法と計算を教えることになった。

 その話を聞いたガルシアとアリエラ夫婦から、アキエラの勉強が全然できないので一緒に教えてほしいと頼まれた。どうせなら一緒にやった方が刺激しあっていいだろうし

、シウも時間をとられなくていい。結局、夕方にまとめてやることにした。

 アキエラはちょっぴり嫌な顔をしていたけれど、エミナに「すっごく分かりやすいよ」と言われて、受け入れていた。

 お礼はそれぞれ、ランチ代などで払ってくれるというので、有り難く頂くことにした。




 風涼しの月に入り、ほんの少し暑さも和らいできた頃、シウはようやく隠蔽魔法を覚えた。

 魔法論や魔術の初心者向け本は、妙に時代遅れの理論で逆に分かりづらかった。ただ、ヒントも幾つかあった。前世で習い覚えたものを呼び起こすきっかけにもなった。それに、息抜きとして読んだ小説が、作者あるいは主人公たちの実体験に基づいた魔法や行動として、シウのイメージを膨らませてくれた。

 長い詠唱の文を読み解いてウンザリしていても、そこここにヒントが隠されている。

 読んで無駄な本はないのだなと思ったりもした。


 スタン爺さんにも相談し、彼の知る魔法の話を聞きながら、試行錯誤の上に出来上がったのは――。

「状態隠蔽とな」

「うん。状態異常や低下、認識阻害も考えたんだけど無理があって」

「そうじゃのう。異常や阻害であれば、使い方次第で水晶にバレるかもしれんの」

「だから、生産魔法を捨て駒にしようと思うんだ」

 生産魔法はレベル五になっている。かなり目立ってしまうが、それがギフトのようなものだと思われたらまだましだ。スタン爺さんも納得顔で頷いた。そして、身を乗り出して聞く体勢になった。シウも、何故か身を乗り出して小声で説明を続けた。

「生産魔法の水晶錬金を使って、水晶の機能を分散するんだ」

「水晶自体を細工して誤魔化すのか!」

「その間に自分自身へは、魔力妨害で認識阻害と状態低下を行ってみる。風と無と闇属性の複合魔法でね。数値の誤魔化しは、金属性を生産魔法の補助として使ってみる」

「そうか、生産魔法だけで同時に使用するとなると、万が一の時間差が怖いしのう」

「うん、そう。念のために金属性で最後の操作をしてしまうつもりなんだ」

 ひとつの属性魔法を複数使うよりは、複数属性の複合の方がまだ安定しやすいとされている。今回は全て同時に行いたいため、絶対に時間差を作りたくなかった。

「せめて、僕に毒草が効いたら良かったんだけど」

「またお前さんも無茶を言いよるのう」

「状態低下を簡単に行える、格好のアイテムなんだけどなあ」

 残念ながら、健康な体を神様に望んだシウには毒薬が効かない。厳密に言うと良薬の方も効かない。怪我を負ってもすぐ治るし、病気にはかかったことがない。さすがにスタン爺さんには、神様云々の話はしておらず、ただ毒が効かないとだけ言ってある。

「これで、誤魔化せると思うんだけど、どうかな」

 シウの鑑定魔法はレベル五になったから、もうスタン爺さんにも状態を見られることはない。あとは水晶をなんとかするだけだ。

「試してみようかの」

 スタン爺さんは売り物の高級水晶を持ち出してきた。

 ちなみに水晶の正式名称は「精霊魂合水晶」と言って、水晶の精霊が宿っているとされる。高価な品で、ベリウス道具屋では奥に仕舞われていた商品だ。それなのに気軽に持ち出してくる。スタン爺さんは「売れ残りじゃから」とあっさりしたものだった。


 シウは、目の前の水晶にそっと手を置いてみた。テスト用のカードは反対の手にある。水晶に手を置く前には、《状態隠蔽》と唱えていた。水晶は、カードを持って触れると発動する仕組みだ。だから、すぐにカードへ文字が表示される。

『シウ=アクィラ(人間)十一、魔力二〇、体力二〇、筋力二〇、敏捷二〇、知力二〇

 火二、水二、木二、金二、土二、風二、光二、闇二、無二、生産魔法五』

 つらつらと並んでいる。じっくり見たが、空間魔法だけでなく、鑑定魔法も消えていた。こちらは難しいと思っていたのに、上手くいったようだ。

「ん? こりゃ、シウよ。こんな揃えた数字ではバレるじゃろうが」

「あ! まだそこまで考えてなかったから、そのままだった」

 なんとまあと、呆れたような声でスタン爺さんは笑った。シウも、なんとか形になったと思うと嬉しいやらホッとしたやらで、ふうと大きく息をついて笑ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る