015 生活魔法




 アナからは小麦粉なども仕入れることができた。

 シャイターン人の彼女はシャイターン国の料理にも精通していて、シウの好みがどちらかと言えばそちらに近いことを、感じ取ったらしい。

「もっちり好きなら、絶対これよ」

 と、シュタイバーンとシャイターンの小麦を品種改良したものを勧めてきた。

「ただ、精製してない表皮付きなんだけど」

「あ、それがいいです!」

 小麦そのままだと、全粒粉が作れる! と嬉しくなった。

 パンは真っ白く製粉されたもので作った方がなめらかで美味しいのは確かだが、胚芽や全粒粉で作ったものにはミネラルが入っていて健康にいい。シウがつい、あれこれと語ってしまうと、アナはちょっと呆れていたようだった。


 ところで、市場に通っていると、鑑定魔法がレベル五になっていた。

 栄養素などの知識については前世のものだったのだが、素地があるためか、鑑定で表示できるようになっていたのだ。それを繰り返すことで一気に到達していた。

 更にはパン作りに、お米を美味しく炊く練習、離れ家の部屋の改造とちまちまやっていたら生産魔法までレベル五になっていた。おかげで、お風呂造りは簡単に終わった。木材は、樵だった爺様より受け継いだ山の間引き材、敷き詰める石も旅の間に拾っていたもので賄えた。だから、材料費さえ要らなかった。




 シウがお風呂を作って二日後、エミナに詰め寄られてしまった。

 エミナは三日に一度、スタン爺さんと晩ご飯を食べるため本宅へ来る。シウも誘われるのでその時は一緒なのだが、お風呂の存在に気付いて驚かれた。

「いつの間に作ったのよ! 工事が入ってること、あたし知らなかったわ。ちゃんとお店の仕事してたのに!」

 それから、ドミトルに向きなおって、

「ねえ、こっちで住むの、早める?」

 などと言っていた。

 スタン爺さんいわく、「新婚生活を楽しみたいから」と家を出て、狭いドミトルの部屋に押し掛けたのはエミナだ。「若いうちの貧乏生活を楽しみたい」と訳の分からないことを言っていたと、遠い目をして話してくれたことがある。

 エミナは夢見がちなところがあって、冒険者にも憧れたことがあるらしい。スタン爺さんとドミトルが、本気で止めに入ったこともあるそうだ。

「だけど、自分で用意しなきゃいけないのか。んー、あたしの魔力じゃあ無理かぁ。あ、でもシウ君に頼めば――」

「これ、エミナや」

 すぐさま注意を入れるあたり、スタン爺さんは孫娘の扱い方がよく分かっているようだ。ドミトルは困ったように二人を見るだけだ。

「はーい。生活は自分の力で行える範囲で、頑張るのみ。背伸びしない、無理しない、借金しない、だっけ」

 家訓があるらしい。それを聞いて、シウは笑った。

「もう、笑わないでよー。分かってるわよ。でもね、背伸びしたくなるのよね。ああ、あともう少し魔力があればなぁ」

「……一応、水だけ出せれば使えるように、してるけど」

 シウはスタン爺さんに確認の視線を向けてから、エミナに教えてあげた。

「えっ」

「井戸にポンプもつけたから、魔法使えなくてもお風呂は入れるよ」

「……ええーっ」

「エミナ、大声出し過ぎだよ」

 ドミトルの注意を、彼女は全く無視して更にシウに詰め寄った。

「魔道具使ったの? でも高いよね! え、え、どうやったの!」

 答えるまでは離れないといった様子で、スタン爺さんとドミトルは苦笑していた。



 この世界には便利な魔道具というものが存在する。

 最初にシウが知った時、家電のようなものだと思ったが、家電と違って庶民が買うには躊躇うほど高価だ。なにしろ魔道具には、魔核や魔石を使う。魔核も魔石も大変高いので、高価になるのも仕方ない。

 ポンプも同じで、魔道具だから高い。でも、シウは仕組みを知っていた。簡易式ポンプだが、使うには支障のないものは作れた。もちろん、魔核や魔石なしで、だ。

 大体、魔道具を使うのにも、起動のために魔力が必要だ。しかし、エミナのように一般の人は魔力量が少なく、そうそう魔力を使えない。

 魔力の多いスタン爺さんは、ベリウス家の中では異端のようなもので、だからこそ家には便利な魔道具がほとんどなかったのだ。


 このように、人々の生活は魔力やお金のあるなしで変わってくる。お金はどうしようもないが、魔力量は人によって違うだけで、誰にでもひとしく存在する。持っていない人は存在しない。なければ人は生きられないからだ。

 とはいえ、大半の人は魔力量が少ない。平均で二十しかないので、ほとんどの庶民は簡単な魔法しか使えなかった。けれども、魔法はやりようによってはもっと簡略化できる。魔術式も同じく簡素化すればいい。


 あまりにエミナが嘆くので、生活魔法の簡素化、節約術を教えることにした。

「ごめんね、図書館行きたいよね」

 ベリウス道具屋のカウンター前で、エミナがしょんぼり謝るからシウは笑った。

「そろそろ毎日じゃなくてもいいから、大丈夫だよ」

 というより、もう行かなくてもいい。ほぼ全ての本を記録庫に転写したからだ。あとは特別な人しか入れない禁止区域の本だけだった。

 今は毎晩、取り込んだ本を速読しているところだ。

「頑張って覚えるね! でも、あたし、学校でも勉強できなかったからなぁ」

「魔法は勉強の良し悪しじゃないと思うんだけど」

「え、そうなの? でも、魔術理論とかあったよ」

 エミナは庶民が通う、第二王立中等学校に通っていたそうだ。王都にもなれば庶民でも学校に通える。田舎だと、神殿で読み書きを教わる程度だし、それさえできない子供も大勢いる。エミナは十五歳まで学校に通っていたが、苦手なまま卒業してしまったようだ。

 卒業してからは知り合いの店で手伝いをし、計算はそこで覚えたと言うが、それもシウからすれば不安な出来である。

「魔法の節約術を覚えたら、計算もやろうね」

 親切心で言ったのだが、エミナは途端にしかめっ面となった。



 まずは、簡単なところから始めようと、火属性を選んだ。

 シウは念のため、こっそりと空間壁で店を防御しつつ、エミナに小さな火を出すよう指示した。エミナは火を出せはしたが、ポッと出したあとはポポポポと連続して不安定に火を躍らせている。コントロールが下手なのだ。これはイメージが弱いせいだ。あるいは、別のことを考えている可能性が高い。

「あのね、慣れるまでは並列思考やめた方がいいよ」

「え?」

「女性は特に、同時にあれこれ考えたり動いたりできるそうだけど、魔法は慣れるまではイメージ優先だよ。とにかく、ただひたすら火だけをイメージするのが大事」

「学校でもイメージしろって言われたけど」

「それって、具体的に? 理論って言ってたけど、ちゃんと火を出す仕組みについて考えた?」

「えええ?」

 エミナが驚いて、椅子に座ったままシウを見上げた。

「ち、違うわよ。んーと、詠唱の文章とかよ。さっきも唱えたでしょう? 《火の精霊よ、我に火の恵みを与えたまえ、点火》って。その時に火の精霊にお願いするのね、お祈り。その時の体勢だとか、詠唱の抑揚とかよ」

「……そんなこと、習うの、学校って」

 唖然としてしまった。田舎の樵の爺さんでさえ、詠唱は適当でも使えたのに。

 詠唱はあくまでもイメージを強固にするためのものだ。だから詠唱句や抑揚などは意味がない。もし必要だと言うのなら、それは理論である。もちろん、理論が分からないなりに魔法を使う人も多い。その足りない部分は、大量の魔力で補っているので、使えているのだ。でもそれだと、大変無駄である。

 シウは溜息を隠しつつ、エミナの前に座って紙とペンを取り出した。

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