014 知識と食材の多さについて
シウの趣味は読書だが、これは知識を得られるのが嬉しいというよりは、活字を見るのが好きという方が近いような気がする。
特にこの世界の本は手書きがほとんどで、それらはカリグラフィーのようで芸術的だ。専門の筆耕官がおり、なんとランクまで存在する。
で、本にするのだから当然、最高ランクの筆耕屋が書く。それがまた綺麗なのだ。日本の書道とも似通った美しさがある。
印刷技術が進んでいないこの世界では、本はとても貴重である。
写し専門の魔法技術もあるが、使える人は国や貴族、大商人に抱え込まれるので一般の本の写しなどという地味で面倒な仕事は引き受けないとか。
これらはスタン爺さんに教えてもらった。
彼に記録庫の話をするとそれがどれほど便利なことかと力説されてしまった。
記録庫は使っていくうちに、検索ができるようになっていて、今ではページの気になるところに重要度ランクでマークを付けられる仕様となった。そうあればいいなと思っているうちに出来上がったので、つくづく魔法とは便利なものだと思う。
そして現在も片っ端から本を記録庫に取り込んで、つまり実際には右手に持って左手で棚に戻すという作業だけで、本の中身がどんどん溜まっている最中だ。
日々の生活に関する本が終われば、魔術についての学問書など、ありとあらゆるものが揃っていてとにかく題名を読むだけでもドキドキした。
手に取って取り込むだけなのに、それでも先が見えないほどの図書の量に、しばらくは図書館通いだなと予定を立てた。
途中、お腹が空いたので図書館を出て、屋台を冷やかすことにした。串焼きの店、サンドイッチの店、スープとパンの店などたくさんあった。何故か、昼間から酒を売る店もある。シウが気になったのは、丼もののように見える店だ。
近くに寄って見ると、やはりお米の上に具材が乗る「丼」だった。
これがこの世界の米かと、感動してジッと見つめていたら、店の主人に困ったような顔をされてしまった。お金のない子供だと思われたのか、
「坊主、親はいねえのか?」
といった同情の視線を感じ、シウは慌ててお金を取り出した。
ちなみに、空間庫からお金をそのまま取り出したり、ということはしない。普段使う分はウェストポーチから出している。魔法袋としての機能を付与したが、そんなことをしなくてもどこからでも取り出せるが、これはあくまでもフリなのである。
「これ、お米ですよね? いつか食べたいと思ってたので、つい」
「ああ、なんだ、そうか。米を知ってるなんざ、ツウだな」
そう言って、焼き肉を乗せた丼を用意してくれる。
「シャイターン国に行かないと食べられないと思ってたから、嬉しいです」
「そうかそうか。俺はシャイターン出身の妻と結婚してな。こっちで商売してるんだ」
「じゃあ、お米は奥さんの伝手で仕入れてるんですか?」
子供がなんでそんなことを聞くのだと普通なら考えるだろうが、主人は親切に教えてくれた。
「市場で売ってるぜ。意外とこっちにもシャイターン国の食材は入ってきてるんだ」
へえ、とシウは内心で驚いた。シュタイバーンは農業大国なので自給自足は元より、他国への輸出を行っているほどだ。だから、穀類を輸入はしないと思っていた。
店の主人の説明では、個人輸入ではなく、商売人による大規模な輸入で来ているようだ。意外と好まれる食材なのだろう。実際に食べてみると、日本米の甘くてもっちりとした美味しさまではいかないが、想像以上に美味しく炊かれていた。食べ終わって食器を返すついでに「美味しかった」とお礼を言ったら、主人は大層喜んで、米の炊き方まで教えてくれた。
帰りに細々としたものを買って戻ると、シウは早速予定表を書いた。
紙も手に入れたが、田舎で買ったものよりもずっと書き良く、ペン先も引っかからない。滑らかに進むのでウキウキして、あれこれと書き綴る。ところが、書き込んでいるとフェレスが邪魔してきた。家に置いてきぼりにされたので拗ねているのか、シウの手に尻尾を叩きつけてくる。
「みゃっ!」
ぷんっ、という怒った声まで聞こえそうで、シウは笑った。
「ごめんごめん。だって図書館はさすがに断られると思ったんだよ」
それに、ギルドで目立つのを避けたかったことも大きい。
「みゅっ!」
ぺしりぺしりと尻尾を振り回しているので、まだ怒っている姿勢は変えないようだ。
「今度から一緒に出掛けよう」
「みゃ」
尻尾を収めて、フェレスは今度は興味深そうに紙とペンを見つめた。
「大豆もあるみたいだから、味噌とか豆腐も作りたいなあ。シャイターンにもあるだろうけど、さすがに個人輸入できるほどお金ないし」
輸送費もバカにならない。それなら自分で作った方がいいし、味も自分好みにできる。
考えると、シウの夢は膨らんでいくばかりだ。他にもいろいろとやりたいことはあった。離れ家にお風呂を作りたいのだ。一般家庭にはお風呂が整備されておらず、お風呂屋もそれほど多くはない。皆、入らなくても平気らしい。でも、お風呂好きのシウは、ゆっくり家で入りたいのだ。
そんな計画を書き込んでいると、フェレスがまたペンに興味を持って、邪魔しにきた。このへんは猫のようだ。みゃーみゃーと鳴きながら、元気いっぱいに絡んでいた。
図書館へ通うようになって、一般常識も知ることが増えた。
たとえば生活にはあまり直結していないが、文章や手紙の挨拶などでは必要な、季節の呼び方などである。
シウの育ての親は、「一ヶ月は二十八日、これが十三ヶ月で一年」という基本的なことは教えてくれたが、季節の呼び方などは教えてくれなかった。ちなみに、一年を数えると、ほぼ地球の一年と変わりない。
他に、サヴォネシア信仰由来で、この世界では七という数字が好まれている。神々が七柱いるからだが、そのために週も七日ある。各曜日は、基礎魔法で必要な属性の主だったものを使って作られている。順番に、火・水・木・金・土・風・光とあり、基本的に最後の光の日は休養日とされていた。
そして季節の呼び方は、年新たの月、樹氷の月、雪解けの月、芽生えの月、風光る月、朝凪ぎの月、風薫る月、炎踊る月、風涼しの月、誕生の月、山粧うの月、草枯れの月、山眠るの月となっている。神々に祈りを捧げる年初だけ、季節関係ではないようだ。
この呼び名だが、庶民はいちいち口頭で使ったりはしない。ただ、正式な書類には必要なので、覚えておくと便利らしい。
冒険者ギルドの依頼書などでは「三の月、二の週の木から」と簡単に書かれている。これは、文字の読み書きができない人もいるので、そのためだ。
現在は、炎踊る月の最後の週である。シュタイバーンは日本と似たような、四季のはっきりしたところがあるため、「夏の終わり」という感覚に近いかもしれない。
図書館で学ぶことと並行して、シウは市場へもよく出入りした。おかげで顔も覚えられつつあった。なにしろ、米は玄米でと言い出したり、大豆が欲しい、小豆が欲しい、砂糖と塩は精製したものがないのかと聞いて回るのだ。
それがきっかけで仲良くなった商人もいる。シャイターン出身のアナ=カミユだ。
「これまでも、米に異常な興味を持った人がいたけど、あなたも大概ねえ」
などと言いながらも、次回の輸入にはシウの求める米を持ってくると約束してくれた。
「もっちりして甘い米ねえ。そう言えば、そういうのを作ってるって話も、あったわ」
彼女の言葉に、シウは心の中で「それは転生者が原因かも」と想像した。
神様の、転生者の人生を見て楽しむという所業についてはいまだによく理解できないのだが、シウの読書好きと似てるのかもしれないと無理やり思うことにした。
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