182 視覚転移の別の方法
ベルヘルトに手を引っ張られて、彼の好きな場所、客間の隅っこに案内されてからは演習での話を中心に、あれこれと森でのことを話した。
魔法袋からはお土産にといろんなものを取り出して、見せる。
「このへんは薬草です。袋の外に効能と使い方を書いてるので、使ってみてください。ベルヘルト爺様は腰が痛いと言っていたので、湿布もありますよ」
「うむ。これは全部、森で採れるのか」
「ほとんどは、そうです。あと、さっきも話した演習での騒ぎで――」
グララケルタの実物一体と、そこから取り出して鞣していた頬袋を大中小とテーブルの上に乗せた。
「せっかくの空間魔法をお持ちですから、どうですか?」
「……これはなんじゃ?」
「え、あ、そうか。現物は見ないものなんですね。これ、グララケルタです。こいつが本体で、あ、もう死んでますからそんな逃げなくても」
誰か1人が逃げかけていたので、慌てて止める。
「こいつのここ、頬に袋がありますよね」
「ああ、それがアイテムボックスの元になるんですね」
と護衛騎士のダニエルが言った。
ダニエルとは目線だけで挨拶をして、会話はしていなかったが阿吽の呼吸のように伝わる。
「生産魔法の持ち主がこれを加工するらしいです。でも空間魔法の人がやれば早そうだし、お使いになるならプレゼントしようと思って」
「でも、それ、ものすごく貴重な材料だよ。プレゼントっていうのはさすがに、どうかなあ」
ダニエルがさりげなく、情報を披露してくれた。
「魔獣スタンピードの対応をしている時に偶然見つけて、勿体ないから自分の魔法袋に取り込んでいたんです。ベルヘルト爺様が、狩りをしたら何かお土産が欲しいって言ってたし、ちょうど良いなと思って」
「……シウよ!」
「あ、はい」
「わしは、嬉しい!!」
がばっと抱き着いて来て、ベルヘルトは涙声で何かもがもがと言っている。
「え?」
「わしのお願いしたことを覚えて、土産まで持ってきてくれるとは!」
「ああ、いえ」
それは普通のことではと思ったが、チラッと視線が合ったダニエルから、小声で教えられた。
「奇矯な方ですし、皆さんご遠慮なさるのです。まあ、貴族というのは総じて、言葉通りに受け取らないものですし」
つまり、素直に受け取って、素直に持ってきたシウが珍しいのか。
「……ベルヘルト爺様、こっちの本体は解体せずに飾っておくのも面白いですよ。珍しいし、目立ちます。ただ、血抜きはしましたが魔核は取っていないので、盗難に気を付けてくださいね」
「うむ。こっちの頬袋とやらは、わしも魔法袋を一度作ってみたかったから練習してみよう!」
「はい」
「他に、面白い話はあるかの」
と、シウに抱き着いたまま言うので、苦笑しつつ、ちょっと離れてからまたお土産の数々を取り出しながら説明を始める。
「魔獣避け煙草を作りました。子供でも吸えるように開発したので、演習での騒ぎの時には役立ちました」
「ふむ?」
「大体、普通の煙草は大人用に作られていて、子供の肺、ここですね」
と自分の体と、ベルヘルトの体を指し示して教える。
「悪くします。それを、常習性のある成分を抜いて、味と香りを調整して作ったんです。これだと両手が開くので便利です。普通、魔獣避けの薬玉はこんな感じで」
と取り出してみせて、火をつける。
「大きいし匂いも強烈です。野営では四隅に杭を打って仕掛けるか、木々を利用します。煙もすごくて広範囲に及びますが、反面、持ち運びには向きません。その代わり、安価です」
「大きいという欠点もあるのか。そうすると、これは画期的な品じゃな」
「はい。ちょっとした魔術式を薬草を巻く紙に書きこんだことと、薬草の詰め方や調整を工夫しました。こうすることで子供でも安全に、かつ、薬玉ほど広範囲ではないですが近くに魔獣が寄ってこないだけの強度は付けたつもりです。この素材を森で採取するわけです」
「ふんふん。わしでも森に滞在できるかの」
「ベルヘルト様ーっ!」
と苦労性の誰かの声が聞こえたけれど、シウは笑って首を振った。
「10分ぐらいなら」
「そうか……10分かの」
「いざという時に逃げられる体力があれば、大丈夫なんですけどね。でも今回の事でも分かりましたが、万が一ってことが、世の中にはあるんです」
「そうじゃのう。まさか王都の近くで魔獣のスタンピードがあるとは、思わんかった」
「ここで僕が唆すと、周囲の人に恨まれそうなので、良かったら安全な方法をお教えしましょうか」
「うむ、なんじゃ」
わくわくした顔で身を乗り出してきたので、シウはベルヘルト爺様の耳元で囁いた。
「禁書庫で見つけました。相手の思い浮かべる場所に、視覚転移できる魔法があるそうです。空間魔法の持ち手でないと見られないそうです。やってみます?」
「おお! やるやる。じゃが、その本は」
「内緒ですよー。これ、書き写してきました」
「おおおおお」
興奮して、顔を真っ赤にした。
「僕が見てきた森の中を、思い浮かべますから、そこに視覚転移してみてください」
「よし。ちょっと待てよ……すぐ読むからの……ふむふむ」
と、のめり込んだので、シウは苦笑した。
そして振り返り、ダニエル達に笑いかける。
「これだと、勝手に転移したりしないから、良いんじゃないでしょうか」
「ああ、本当に……。すごいねえ」
「何もかも禁止にするのって可哀想ですし。やりたいことをできるだけやらせてあげたらいいのに。そんなに奇抜なことするんですか?」
猛然と複写した紙を読み続けるベルヘルトを前に、聞いてみた。彼は全くこちらの話を聞いていない。この集中力はさすがとしか言いようがなかった。
「やんちゃなお方なんだよ。ただ、運動神経があまりよろしくない上に、今ではご高齢でもあるからね。皆が心配しているんだ」
「愛すべき老人といった感じですね」
「確かに」
などと話していたら、キリクとサラが調査班で一緒だったという宮廷魔術師の1人と部屋から出てきた。
この建物に来てから分かれていたのだ。
難しい顔をしているので、そちらは気にしないようにして、ダニエルと会話を続ける。
やがて、ベルヘルトが顔を上げてきらきらした笑顔でシウを見つめるので、苦笑しつつ彼の手を握った。
思い浮かべる前に、シウこそが視覚転移をして異常がないかを確認した。
なんといっても高齢のヘルベルトに、突然変なものを見せるわけにはいかない。
できれば景色の良いところがと思って、ロワイエ山の麓や、演習地で見つけた湧き出る泉などを確認する。
そうして、手を握って強く思い浮かべ、ベルヘルトに声をかけた。
「どうぞ。ロワイエ山の麓です」
「うむ。……ああ、できた、か……できたぞ。うむ、ああ、なんと綺麗な」
「これで、これからいつでも視覚転移できますよ」
「おおお!」
一度、場所を特定したら次からは見られる。大昔の空間魔法の使い手が遺した手記により、得られた技術だ。
「なんと美しい景色じゃ。わしはこんな山々を見たことがない」
「では、次に、魔獣のスタンピードが起こった森の近くで見つけた、泉です」
また手を握る。強く強く握り返された。
「……まるで神が宿る泉のようじゃ。美しいのう。他に語彙が見つからん。ああ、この苔むした様子が……おや、虫が飛んでおる。……意外に虫が多いのじゃな」
むっとした顔をしている。
「ベルヘルト爺様、次は、ちょっと怖いですよ。魔獣のスタンピードが起こった、ちょうどその真上です」
「……ああ、こりゃあ、なんと、なんという、これは」
最初は周囲の人も物珍しげに様子を眺めていたのだが、突然変わったベルヘルトの声音にシンと静かになってしまった。
すごい景色を見たのだと、彼等も想像したのだろう。
「何もない……。これほど抉れた大地となるのか。ああ、穴があるのう。周囲にはテント、見張り番か。兵が、監視しておるのか。そうか、まだこうして監視せねばならぬのか。あれほど美しい森のすぐ近くに、このような寂しい景色が広がるのかの」
「森では、何が起こるか分かりません。虫どころか、獣や、魔獣だっています」
「そうじゃのう。これは皆が危険じゃと言って、わしを行かせぬようにするのもよう分かる。……ああ、何か出てきおったぞ」
「どんな形ですか?」
シウも見えてはいたが聞いてみる。
「小さいような。ぴょんと、飛んでおる。耳が長いの。おお、兵がすぐに捕まえたわ。おお、おお、すごいもんじゃ。さすがは兵士達じゃ」
と、子供のように体全体を揺らして喜んだ。
「飛兎ですね。あれでも魔獣ですよ。魔核を取っていませんか?」
「うむ、こう、胸の辺りを突いておるな。……このようにして狩るのか。すごいものじゃ」
そうして、ベルヘルトは目を開けて、シウを見た。
「素晴らしい景色を見せてもろうた。こんな面白い技術も……この歳でもまだ教わることがあるのじゃなあ」
と、紙を眺めながら、そっと返してきた。
禁書庫の本の写しだから、遠慮したのだろう。シウもそれを受け取って、仕舞った。
「わしも何かお礼をしたいが、わしにできることなど知れておるしなあ。ふむ。そうじゃ、転移門を自由に使えるよう、取り計らってやろうかの!」
その台詞にまた周囲が慌てだした。この爺様は毎回おかしなことを口走る。
「いえ。ここぞって時にお願いしに参りますから、それまでのとっておきとして、お願いします」
無難に答えて周囲をホッとさせつつ、ベルヘルトにも納得してもらえたのだった。
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