第四章 闘技大会

181 爺様に育てられたこと




 学校休みの第1日目。

 シウは朝からオスカリウス邸にお邪魔して、服を着替え、王城へ行く準備をした。

 服はどういうわけかエラルドから、彼の息子のお下がり服を貰い受けていた。祝賀会の正装だけでなく、一式あれこれと譲ってくれたのだ。

 いつの間にかシウ個人の部屋がオスカリウス邸には作られており、そのクローゼットにこれでもかと並び揃えられている。

 デジレが言うには、足りないものはオスカリウス家で用意しようとしたらしいが、たとえば下着にあたるタイツなどもすべて新品で、シウの体に合ったものが送られてきたとか。

 お礼はどうすればいいだろうかと相談したら、シリルによると今度会った時にありがとうと言うぐらいで結構ですよ、とのことだった。

 そもそもお下がりの品にお礼を言うのはどうか、ということらしい。

 よく分からないが、服ぐらいなら貰っておいても問題はないそうだし、黙って受け取ることにした。

 そして、シウと共にフェレスもおめかしして王城へと向かった。


 その王城へ向かう短い時間の間に、キリクから遊びへ誘われた。

「3週目の7日間、闘技大会があるんだが、見に行かんか?」

「ロワルであるの?」

 去年そんなものあったかなと思いながら聞いたら、キリクはいいやと首を振った。

「隣国デルフの王都でやる。ちょっと用事があってな、ついでに闘技大会も観ようと思っているんだ。剣だけの試合や、武器全般を使った試合などがあって面白いぞ」

 思案していると、キリクは更に指を折りながら続けた。

「珍しい出店も多い。魔道具の掘り出し物もあれば、珍しい他国の食べ物もあるな。あと、古書だって出てくる」

「古書。……多いのかな?」

「ロワルの誕生祭よりは多いだろうな。なにしろ、闘技大会には人が大勢集まる。各種、色んな種別の競技があるので、彼等目当てに本も集まるんだ。魔法使いには本好きも多いからな」

「……そうなんだ」

「武器も多いが、どうせシウは興味ないだろ?」

「ないです」

「あ、そう。即答だな」

 苦笑しながら、キリクはシウの顔を覗き込んできた。

「どうよ。なんなら友達を誘っても良いぞ。どうせデジレとだけじゃ遊びまわるのも大変だろう。あいつも仕事だってあるからな。あんまり大勢でなければ、友達も連れてきて良いから、一緒に行こうぜ」

 リグドールが喜ぶだろうなと思ったものの、一応訝しんでみた。

「……どうしてまた、子供なんかを誘うのか、不思議なんだけど。ていうか、誘う友達がいな――」

「おい!」

「冗談です」

「ほんと、お前ってイェルドのそっくりさんか。怖いんだよ!」

「キリク、イェルドさんがいないと強気だよね」

「うるせーよ」

 隣りではサラがにやにやと笑っていた。

 当初連れて来てもらう予定だった補佐官のイェルドではなく、キリクと、護衛としてサラが共に来ていた。彼女も王城は苦手だそうだが、先日の呪術魔道具のことも気になるので付いてくることにしたそうだ。ドレスを着ているので護衛と言われても誰も信じないだろうが。

「っていうか、コブ付きだと勝手に勘違いしてくれて楽なんだよな」

「そうねえ、ちょうど良い年頃ですものね」

 と、サラも話題に乗ってきた。

「えー。隠し子騒動とか、嫌だなあ」

「……そんなんじゃねえっての。ただ、ほら、お前がヴァスタの養い子だって分かったわけだしさ」

「ああ、そっちの方だったんだ」

「どっちだったら、どうだったんだよ」

 ったく、と悪態を吐いて、キリクは伸びをした。サラがシウに目配せしてきた。声には出さないが「照れてるのよ」と口パクで伝えてくるので、シウは何とも言えない顔になってしまった。


 キリクは昔、シウの養い親でもある元冒険者のヴァスタにいろいろ助けられたことがあるそうで、恩を返したかったのにいつの間にか消えていなくなりそれもできなかったと後悔していたそうだ。

 厭世家め、と悪口を言っていたが、ようするに親か兄貴分のように慕っており、捨てられたのが寂しかったのだろう。可愛いところがあるのだ、キリクには。

 そして偶然にもシウが恩人の養い子だと知って、それまでも後ろ盾になってくれたりしていたが、より親密な気持ちになったようだ。

 ようするに今度は自分が親代わりの気分でいるらしい。

 まだ子供もいないのに、ご苦労なことだとシウなどは思っている。

「キリク様は、ご結婚されないんですかー」

 王城に入ったので意識して敬語を使って聞いてみたのだが、キリクの顔が渋面になった。

「なんだそりゃ」

「え、子供とか、作ったりなんかは」

「面倒くさい」

「それはまた……」

 すごいことを言うものだと思って、斜め前を歩くキリクを見上げたら、彼が慌てて振り返った。

「違うぞ、子供が面倒ってんじゃないんだ。あー、なんだ、貴族の女の相手が面倒くさい」

「はあ」

「シウよ、お前はまだ子供だ。それに貴族がどれほど恐ろしいかも知らんだろう。だが、俺はな、そりゃあもう沢山の魑魅魍魎と戦って来てだなあ」

「キリク様? そろそろお口を閉じないと、わたくし、イェルド様にいろいろ喋ってしまいそうだわ」

 サラが笑いながら声をかけると、キリクが肩を落とした。

「……へいへい」

 イェルドの名には力も出ないようだ。やっぱり彼が最強らしい。

 とにかく、キリクが貴族の女性を苦手としていることだけは分かった。

「ま、後継ぎに関してはもう決めているしな。女遊びもやり尽くした感がある。今のところそっちは困ってないからいーんだよ」

「僕、まだ子供なんですよね?」

「……時々、ヴァスタと話している気分になるぜ。やっぱり、育て親がああだと、こうなるのかね?」

 似ているという意味だろうか。だとしたら少し嬉しい。

 思わずシウが笑うと、キリクは少し驚いたような顔をして、シウを見下ろした。

「なんだ、ヴァスタに似てて嬉しいのか。変わった奴だな。って、それが子供ってもんかな? 結構、辛口だったし偏屈で、厭世家だし、付き合うのは大変な性格だったけどな。頭が良すぎるのもなあと思ったもんだが……こうして並べてみると、ろくでもないやつみたいだな。まあ、情には厚い男だったけどさ」

 概ね、合っている気もするし、少し違う部分もある。

 ただ総じて言えるのは、爺様が筋の通ったぶれない人であったことは確かだ。

 あの爺様に育てられたのは良かったと、思う。

 何でも入る「ぽっけ」のことも、秘密にしておくよう何度もシウに教え込んだ。あれが元々慎重な性格だったシウをより確かなものにしたきっかけとなり、その後にも影響を与えた。

 山奥で暮らしていたから厭世家というのも、まあ合っているだろう。

 辛口と言えば辛口だったかもしれない。割とシビアに物事を見ていた。

 偏屈はどうだろう。筋は通っていたが。

 そして意外にも子供に甘く優しかった。甘いというと甘やかすように聞こえるかもしれないが、躾以外のことではとても大事にされていたのだ。

 前世の記憶があるシウにとって、特に幼い頃は普通の子とはいろいろ違っただろうに、偏見も持たずに育ててくれた。

 あの愛情はすごいと思う。

 古い記憶に悩まされて魘されたこともある子供時代、爺様は何度も抱きしめて一緒に眠ってくれたものだ。

 今生では火傷なんて負ってないのに、熱い熱いと顔を掻き毟って喚いた夜もあった。

 幻肢痛のようなものになったこともあるが、根気よく撫でてくれた。

 物心つくような年頃になって、記憶も落ち着いてくると段々治まったけれど、本当に奇妙な子供だったのに爺様の忍耐力というのはすごかった。

「……情に厚いというのは、本当のことだよね。爺様は、ただの孤児の僕を拾って、育ててくれたし、しかも財産まで残してくれた」

「まあ、な。ヴァスタはそんな奴だったよなあ」

「山での暮らし方を一から教わって、今があるし。こんなに役立つなんて思ってなかったんだよね。普通の事だと思っていたから、他の子を見て最初はびっくりしたよ」

「魔法学校の生徒なんて、冒険者の見習いレベルにも達してないだろうからな」

「うん。赤ん坊と同じくらいだなって。守ってあげないとって、何度も思った」

「でも赤ん坊よりも性質が悪いんだぜ。なんたって、赤ん坊は抱っこされるままだが、奴らは動き回るし、騒ぐ。こちらの指示を聞こうとしない。あれは困るよなあ」

「そうかな? 避難指示した時、割と話を聞いてくれたよ」

「……脅しただろ?」

 ようやく辿り着いたところだったので、シウは素知らぬフリをして無視した。

 キリクは苦笑してから、コツンとシウの頭に拳骨を落とした。もちろん、全く痛くないやつだ。



 建物の中へ入ると宮廷魔術師達が集まっていた。

 顔見知りもいれば、知らない人もいる。

 ここは研究所のようで、建物全体が扇状の形をしており、片側の広い方に部屋が造られている。それが上階まで続いており、手前の狭い方が吹き抜けとなって、一番下の中央部分は客間のような扱いになるのかソファや椅子などが置かれていた。上部の明かり取りのガラス窓から光が入り込み、居心地が良さそうだ。

 宮廷魔術師の銘銘も好きなように座ったりと寛いでいる。

 この建物と王城は廊下で繋がっており、王の呼び出しがあればすぐさま駆け付けられるようになっているそうだ。

 どういうわけか、成獣となったフェレスも連れて来て良いということなので、レース編みの可愛いスカーフでおめかしして一緒にいる。彼は新しい場所に興味津々の様子だった。

「シウよ、ようやっと来たか! 遅い!」

 ガンと床を打ち付けて、杖を持ったベルヘルトがやってきた。

「すみません。遅くなりました」

「うむ。謝ればそれで良いのじゃ」

 納得したらしく、もう怒っていない。相変わらず面白いお爺さんである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る