158 簡易トイレの特許と戦利品




 次の日は学校を休むことにした。どのみち普段でも水の日は午前が休みだったし、そもそも報告書を上げてしまったあとはやることがない。

 そして、シウにはやらねばならないことが山のようにあった。

 とりあえずはこれだ。

「こんにちは。特許申請したいんですが」

 窓口に声を掛けると、もう顔馴染みとなっていた受付の人がにこにこと笑って小部屋へ通してくれた。

「すぐにカタリーナが参りますので、お待ちくださいね」

 彼女が部屋を出てから、特許担当のカタリーナが入ってくるまで三分とかからなかった。

「……早いですね」

 と思わず口にしたら、カタリーナはにこにこと笑った。

「お得意様をお待たせするなど、商人ギルドの職員ではありえませんわ」

「あ、はい。そうですか」

 苦笑していたら、先ほどの受付の女性がお茶を持ってきてくれた。お菓子まで付いている。ザフィロあたりだと、お茶しか出てこないので、こういうところが女性ならではだなと思う。

「ありがとうございます」

「いえいえ。シウさんにお出しするには恥ずかしいですけれど、よろしければどうぞ」

 彼女の手作りのようだ。遠慮なくいただくと、ざっくりしたクッキーで、田舎のおばあちゃんが作る優しい味といった感じだった。

「美味しいですね」

「後で彼女に言っておきますわ。喜びます」

 微笑んで、カタリーナがテーブルの上に書類や、メモ書きなどを揃えた。

「さて、ではお伺いしてもよろしいでしょうか」

「はい。あ、その前に先日お話していた、魔獣避け煙草の件から先に」

 カタリーナが身を乗り出して、聞く体勢に入った。

「十名ほどに試してもらいました。先日の森での演習で、ちょうど良いというと不謹慎ですけど」

「ああ……大変な目に遭われましたね」

「そうですね。ただ、まあ、禍を転じて福となすで、いろいろ試すことができました」

「では、量産にかかってもよろしいということですか?」

「はい。副作用もないです。子供でも吸えます。ただ、見た目には悪いので、包装を工夫した方が良いかなと思います。煙草風にするのではなくて、全く新しい形として。煙もさほど出ませんし、長さを工夫したりして使えば大人でも子供でも問題ないかと」

 魔獣避け薬玉の独特の刺激臭とどうかしたら燻されているような煙量に比べたら、遙かにマシな代物だ。

「両手を空けておきたい人用として良いんじゃないでしょうか」

「なるほど、そうですわね。誰でも使えると謳うのですもの。確かに、仰る通りだわ」

 とメモにすごい勢いで書きこんでいく。

 書き終わるのを待って、新しい特許の話に移った。

「まず、これです。簡易便所。演習でもかなり役立ちました。友人たちが勧めるので持ってきました」

「まあ、もしかして持ち運びができる……? すごいわ」

 見ててくださいね、と言って、起動させる。

 その後、カタリーナはキャアキャアと女性らしい高めの声を上げて、喜んでくれた。

 とにかくすごいすごいの歓声で、どうした? と覗きに来たザフィロや他の職員が呆れていた。

「でも、女性の旅は本当に本当に大変なのよ! 村までの途中は我慢するために水も飲まないのだから!」

「……どうしようもない時って、どうするんですか?」

「そこで聞いちゃうのが、まだ子供なのねえ。シウ君、そんなこと、女性に聞いてはだめよ?」

「はあ」

「でも、後学の為に教えてあげましょう。高位貴族の女性たちは、別にご不浄用の専用馬車を持参します」

「わあ」

 浄化魔法持ちがいようとも用意はするらしい。

「それと、わたしたちのような庶民はね、とにかく、ひたすら我慢するのよ!」

 結局秘密みたいだ。ま、大きな布を使って隠すというのが、女性冒険者のトイレ事情らしいので、同じようなものだろう。

「だったら、できるだけ安く作れるように、もう少し考えてみようかな」

「いいえ、この品質を維持しましょう。欲しい人は買います」

 力説されてしまった。

 この後は、四隅結界だとか竈作成などについて説明した。それぞれ魔道具もあるので、魔術式ともども特許申請する。


 一通り話が終わって帰ろうとしたら、ザフィロに引き留められた。

 カタリーナと顔を見合わせて、別の部屋へと案内される。

 そこにはギルド長のフェリクスが待っていた。

 挨拶のあと、すぐに質問される。

「実は、新しい武器の話を聞いてね。特許を取得した方が良いのではと思ったのだが」

「新しい武器は作りましたけど、でもあれは特許申請しませんよ」

「うん? それはまたどうして。真似されると、困ると思うが。ましてや駄作など作られた日には目も当てられないが」

「そうですよねえ。ただ、複写はされないと思うんです」

「と、いうと、まさか」

「僕にしか作れない代物です。あ、魔術式以外は作ってもらってますが。それに付与するのは、他の人では無理です。さらに、展開魔法対策もしていて、複写も不可、そして現在も軍に貸し出ししていますが、あくまで貸与としてるんです」

「……つまり使用者権限を、つけているんだね?」

 正確には少し違うのだが、最終的には使用者権限を付けるので頷いた。

 するとフェリクスは、ふうむと呟き、深く考え込んだ。

 その間に、ザフィロとあれこれ話した。主には演習でのことだ。

 暫くしてフェリクスが口を開いた。

「……権利を独占するというような、ことで良いのかな?」

「本当は外に出すのを躊躇していたぐらいで。だから、今回も貸与にしたんです。ですから権利の独占と言われればそうとも言えますね」

「まさか、費用を貰わないと?」

「一応そのつもりです。オスカリウス辺境伯はかかった費用すべてを持つと言ってますけど、紐付きにするのはどうかなあと思案中です」

「ううむ。うむ、むう……どうするのが一番良いものか。いや、君のことを考えてだね。もし脅されでもしたらと思うと」

「それほど良いものでもないですよ。対魔獣用とはっきり明確にしてますし、買うには相当高価な代物です。費用対効果の悪い武器ですから。まあ、だからこそオスカリウス辺境伯はまとめて自分が買い取るだとか言い出してるんですけどね」

「ふむ。だが、しかし、対魔獣と言うが、人にだって向けることは可能だろうに」

 あ、そうか、と気付いた。彼等は噂でしか聞いておらず、詳細を知らないのだ。

「人には、捕縛用としてしか使えません。魔術式に関係してますが、人に当たると衝撃を拡散させるんです。反対に魔獣だと、威力を増す。そのように作ってます」

「……最初から、人は殺さぬ武器、ということで開発したのだね」

「はい」

「そして、軍には基本的に卸したくない、ということか」

「お話が早くて助かります」

 と、大人ぶった物言いをしてみたら、カタリーナとザフィロが顔を見合わせて笑った。

 フェリクスはまだ渋い顔だ。

「改良を強要される可能性も――」

「あるでしょうね。でも、使用者権限の解放はしません。そうですね、人質を取って強要されたりしたら、僕は遠慮なく暴れるでしょうし、守ってもくれない国ならば、それこそ、ですね」

 はっきりとは言わずに言葉を濁してみたら、フェリクスが顔をひきつらせた。

「わたしたちは全面的にシウ君を守るがね、いや、遠慮なくっていうのが、怖い……」

 はあ、と大きなため息を吐いてフェリクスは続けた。

「ではこの件は極秘事項という扱いにさせてもらう。さらに、上部からの圧力があった際にはオスカリウス辺境伯の名を出しておこう。それでも良いね?」

「……そうですね。後ろ盾になってくれているので。ただ、まあ、ほんとに大したものではないですよ。そもそも、僕や友人に固有の攻撃魔法がないから考えた苦肉の策というか、魔道具ですし」

「武器ではなく、魔道具なのだね」

「はい」

「……君は一貫して、そういった考えなのだとよく分かった。わたしもそれを支持しよう。いや、若いのに本当に芯のある子だね。そうか、そうなのか」

 徹頭徹尾、頑固に言い張るシウを、フェリクスはしようがないと納得してくれたようだった。


 その後、一度ベリウス道具屋まで戻ってから、コルディス湖へ転移した。

 ベリウス家の中庭に戦利品を取り出したりしていたら騒ぎになりそうだからだ。

「フェレスは、飛ぶ練習しといで。あとで内臓を食べさせてあげるね」

「にゃー!!」

 きゃあっ、と喜んで、フェレスは周囲をぐるぐる回った後、飛び立って行った。

「さて、と」

 忙しい事柄の大半は、これからやることにあった。

 なにしろ、大量の戦利品を空間庫に投げ込んでしまった。これを整理しないと気分が落ち着かないので、早速取りかかる。

「順番にやろうかな。火竜の死骸を取り出して、と」

 使いやすくするために次々と解体していって、食べる分、売るかもしれない分、薬に使う分などと細かく分けていく。貴重な部位もまとめてラップにかけた。

 血抜きなどしていなかったので、大量に竜の血も集まった。これも薬の素になる。

 内臓の一部はフェレスのおやつ用としてラップに包んで空間庫へ仕舞う。

「あとは、スタンピードで狩った魔獣かあ。多いなあ。魔核は別に転移させていたからまとまってるし、いっか」

 初期のスタンピードでは小物の魔獣が多かったが、それにしても数の暴力というやつで魔核も大量に取れた。

 更には使える部位ごとにまとめてしまう。岩猪や三目熊などは食用にも良いので売却用としてラップした。

 毛皮や角など、それぞれの使える部位ごとにこちらも分類して、要らないものはゴミ箱として作った空間壁内に投げ入れていって、満杯になったら焼いた。

「あー、これが、一番嫌かも」

 最後に地底竜を目の前にして、顔がへにょっとなる。

 蛇はそれほど嫌いではない。ないのだが、こんなに大きなアナコンダは――竜だけど――気持ちの良いものではない。

「でも地底竜には良い素材も多いそうだし、初めてのものだからなー。がんばろ」

 と、皮を剥いだり、角や爪に牙などといった貴重部位を切り分けていった。

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