159 解体・仕分け・研究科・仕入れ




 一度、解体してしまうと後は魔法で簡単にできるようになる。

 午前中のうちにほぼ、戦利品の整理は終わってしまった。

 昼には、朝、作り置きしたサンドイッチを、フェレスには地底竜の内臓を与えた。

 人間の食べ物も美味しく食べるフェレスだけれど、こうして生ものも食べられる。そのへんはさすが獣だと思う。

 生肉については、普通にどこの部位でもよく食べるけれど、総じて獣というのは内臓が好きなようだ。

 顔にべったりついた血の汚れを、定期的に稼働するスカーフの浄化魔法が綺麗にしていく。そうと分かっているのに、フェレスは習性なのか大きな舌でべろりと口元を何度も名残惜しげに舐めていた。


 午後は、せっかくロワイエ山まで来たので、採取をして回った。

 フェレスは遊んでもらえなくても、山の中では楽しいことがいっぱいなので、文句を言わずにあちこち飛んでいた。たまにシウのところへ弾丸スピードで飛んできて頭を擦り付けてくるので、よしよしと思う存分撫でてやる。そうすると納得して、またどこかに飛んでいくというのを繰り返していた。

 夕方前にはコルディス湖に戻り、おやつを食べてから一緒に遊んだ。

 ひとしきり遊びまわって日も暮れかかってきた頃に、離れ家まで転移して戻った。



 翌日は、午前中のうちはスタン爺さんと話をして過ごした。

 戦利品がたくさんあるので、欲しい素材があったら譲るよーと言ったら、目を輝かせてリストを眺めていた。

 譲ると言ったのに適正価格で買うというので、押し問答になったりもした。

 結局、あまりの量の多さにびっくりして、じゃあもらっちゃおうかなとお茶目な返事をして、押し問答は終了した。

「グランデフォルミーカの皮は道具屋垂涎の的じゃよ。それに毒針は、武器にも使えるが、道具を作るのにむいておる。毒を浄化してな、縫い針へと加工するんじゃ。これがまた良い道具となってのう」

「へえ。僕は武器にしかならないと思ってた。じゃ、これもスタン爺さんの方の倉庫に入れておくね」

「全部はいらんからの? この半分の半分でも良いくらいじゃ。多すぎる。これ、シウや、やめんか」

「持ってても使い道ないんだもん」

「いつか使う時が来るじゃろうて。ほれ、戻しなさい」

「あ、じゃあ、これは? オーガの角。インペリウムオーガのもあるけど、出所問われると困るだろうし」

「ほんとにまあ、出所に困る品々じゃのう。オーガの角もいらんぞ。それは武器屋が欲しがる品じゃな」

「この店では加工しないもんね。そっか、確かにここから流出したら、どこで手に入れたのかって話になっちゃう」

「ま、ま、それでも見るだけでも楽しいもんじゃ。この、グララケルタの頬袋なんぞ、わしは滅多にお目に掛かれん」

「上位種も出てきて、結構狩ったよ。勿体なくてそのまま放置できなくて取ってきたけど、よく考えたらこれも放出先に困るんだよね。なんだか溜まっていく一方だよ」

「勿体無い精神というのは、時にゴミ屋敷を生むというしな」

「僕、すでにもう空間庫の中がそんな状態だ……」

 前世の何もない部屋を思い出して、がっくりと肩を落とした。



 午後は学校に行ってみた。研究科の授業がある日だったので、顔を出した方が良いだろうと考えたのだ。

 教室に入ると、ほとんどの生徒が集まっていた。

「あ、シウ!」

 ヴィゴとランベルトがやってきて、シウを取り囲んで教室の奥へと連れて行く。

「遅くなったけど、ありがとう。洞穴への避難で、僕等は本当に良かったよ」

「うん。父上や母上もお礼を言ってた。本当にありがとうね。直接会ってお礼したいとも言ってたんだけどさ、他にも同じように思う人がたくさんいるから遠慮しなよって、勝手に断ったんだ。ごめんね」

「あ、ううん、そんな」

 慌てて手を振ると、二人とも顔を見合わせて笑った。

「そういうところ、想像通りだ。謙虚だなあ、シウって」

「そうかなあ」

「そうだよ。あ、シウって確か、冒険者ギルドに登録してるんだよね?」

「うん。一応これでも本会員だよ」

 と、ポケットから取り出したように見せて、空間庫からギルドカードを取り出す。

「ほら」

「わお! すごい」

「格好良いなー! 俺も欲しい」

「子供には無理だよ」

「シウの方が子供だろ」

 と周囲からも人が集まってきてわいわいと騒ぎになった。

 授業が始まるまで、教室内はずっとざわめいていた。


 研究科七クラスでは、特に演習に関しての課題などはなく、授業といっても急ぎの内容などないからいつも通りにまったりと進んだ。

 カスパルも相変わらずで、古代の設計図が描かれた本を新たに手に入れたと騒いでいた。

 そういえばと、彼に話しておかねばならないことがあったと、思い出す。

「先輩、ちょっといいですか」

「うん、なんだい?」

「あのー、簡易便所というのを作ったんです」

 そこからはもう、大騒ぎだ。

「魔術式を教えてくれ! すごいぞ。あ、この間発見した温水便所か?」

「あれとはまた違います。参考になるかと思って持ってきました」

 と、背負い袋の中から取り出した。

 その後は魔術式などについて話し合ったりした。

 温水トイレ熱も高まって、商品化したいとか言い出していたが、古代語による魔術式の付与では難しいと周囲に諭されていた。


 生徒のほとんどが出席していた研究科七クラスだが、今週は休んでも欠席にならないということだったので、今週の残りの授業は休むとエッヘに申告した。

 カスパルは残念そうだったので、全出席するのだろう。

 彼も演習には参加していたのにタフというのか、どこまでもマイペースな人だった。



 翌日は学校を休んで、朝からストレス発散に励むこととした。

「アナさん、こんにちは」

「あー、シウ君! 大丈夫だったの? 今、ロワルじゃ魔獣大量発生事件の話で持ち切りなのよ!」

 そんなことを大声で叫ぶものだから、市場の顔馴染みの人たちが通路に出てきてしまった。

「おう、無事だったのか。魔法学校の生徒も巻き込まれて難儀だったなあ」

 そう言って頭を乱暴に撫でられる。

「生徒はどちらかと言えば火竜騒ぎであちこちに避難したのがきっかけで、魔獣とはほとんど鉢合わせてないよ。二日目には救助隊も来てくれたし」

「そうか! ま、良かった良かった。みんな、心配してたんだぞ? そういやシウは魔法学校に通ってたんじゃないかってな。まあ、お前さんなら大丈夫だったろうよ」

「そうだそうだ。あ、ついでに狩りはしてこなかったのか?」

 と、期待交じりの目で見られたので、少し考えてから、内緒ねと言って引き渡すことにした。

 この頃にはもう本職の冒険者であることや魔法袋の所持者だということは、悪目立ちしない程度に説明していたので、彼等も事情を察してくれている。

 それぞれの店に、岩猪や三目熊などの肉を卸してから、通路で待っていてくれたアナのところまで戻った。

「転んでもただでは起きないわね」

「まあね。森の中でも、採取したりしたし」

「すごいわね。怖くなかったの? 魔獣の、スタンピードだったかしら。大量発生なんて聞いたら、あたしは神様に祈って隠れていることしかできないわ」

「うーん。でも、見付けたのは僕だったし、状況も分かってたら冷静になれるもんだよ。そのうちにオスカリウス辺境伯が討伐のリーダーとして来るって連絡も来たからね」

「あ、そうそう、隻眼の英雄ね。あのお方なら、慣れてるだろうし安心だわね」

 そんな話をしながら、アナの店に着いた。倉庫兼事務所には顔見知りの家僕がおり、彼もまた心配していたと言ってくれた。

「それにしても、偶然にも隻眼の英雄が王都にいてくれて、良かったわ」

「ほんにのう。いくら王都の竜騎士団と言えども、大量の魔獣を相手に上手く立ち回れたかわからんしのう」

「慣れてないものね、王都の騎士は」

 というよりも、軍の方だと思う。殲滅にはどうしたって兵士の力が必要だ。

「ま、それはおいといて。シウ君、今日はどうしたの? 生徒たちは休んでるらしいじゃないの。騎士学校の生徒なんかは遊び歩いてるらしいけど」

 アナの言葉に苦笑した。魔法学校の生徒と違って、騎士学校の生徒は、精神的にもタフだったようだ。疲れも見せずに休みを良しとして遊んでいるなど、すごい。

「最近ずっと料理を作れなくて、ちょっとイライラしてたんです」

「あら。……そっか、演習なんて、堅いパンばかりよね」

 厳密には料理は作っていたけれど、全力で作ったものではなかったし、あり合わせだったりで不満が募っていた。

「持ってる材料もほとんど吐き出しちゃったので、仕入れとこうかなと」

「あんなにあったのに、もうないの!?」

「竜騎士団のあまりにひどい食事事情に同情しちゃって。食糧とか、他にもいろいろ持ち出しがあって。……これって請求していいのかな?」

「しちゃえしちゃえ!」

 ノリよく返されて、家僕のお爺さんともども笑い合った。

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