160 久しぶりの冒険者ギルド




 金の日も翌日の土の日も、朝から晩まで料理を作ったり仕込みをしたりで、シウは離れ家にほとんどいた。

 時折、転移しては必要な材料を集めたりもしたけれど、おおむね引きこもり状態だった。

 たとえば、コンソメスープの素を作ったり。

 色々な種類のバターを作ってみたり、チーズを使いやすいように加工してみたり。

 洋風の調味料を大量に制作した。

 また、魚の出汁も作った。アナがようやく手に入れてくれたカツオから鰹節も作ったし、シルラル湖で揚がる極小エビを出汁や食材として使うために乾燥させたり。

 大豆からも色々なものを作れたので、アウレア用にも大量に在庫を用意した。その為の菜食用料理を試行錯誤して作るのもまた楽しかった。

 数日前は貯まりすぎた空間庫の中身について反省していたのに、舌の根も乾かないうちにまた増えている。

 とにかく、作りたいものを作りたいだけ作っていたので、エミナとスタン爺さんにはかなり呆れられた。あと、子供らしく外へ遊びに行きなさいとも注意された。

 なので、料理作りでストレスも発散できたことだしと、風の日は久しぶりに冒険者ギルドへと顔を出すことにした。


 ギルドにはいつものクロエの姿はなく、顔だけは見たことのある女性が担当になってくれた。

「初めまして、エレオーラと申します。クロエは今日はお休みなんです。シウさんに会いたがっておりましたので、残念です」

「全然来てませんでしたもんね」

「あ、いえ、そうではなくて。魔法学校の生徒の皆さんが大変な目に遭われたことは、ギルドでも問題になってるんです。事前調査した者の中には冒険者もおりましたから、その件もあってクロエは忙しくしてました。今日ようやくお休みをいただいたんですよ」

「そうだったんですか。じゃあ、もしかして僕も報告書を提出した方がいいのかな? 学校へはもう出したんだけど」

「どうかしら。お話だけでもお伺いしたいとは言ってましたが。いえ、それよりも、心配しておりましたので、無事な姿を自分の目で見たいというのが本音です。本当にご無事で何よりでした」

 心からの言葉らしく、シウは照れ臭くなってしまった。

 最近は足が遠のいていたのに名前を憶えてくれているのも、そして心配までしてもらうのも、嬉しいようで恥ずかしい。

「それで、本日は、あの、まさか」

 シウの手にした依頼書を見て、エレオーラは目を見開いていた。

「……依頼を受けられるんですか?」

「あ、はい。学校も報告書を提出したら他にやることがなくて。昨日一昨日としっかり楽しんだので、今日は仕事します。掲示板を見たら、十級ランクの仕事が溜まってましたし、ちょうど良いですよね」

 はあ、と彼女は頷いて、それから苦笑した。

「こちらとしては有り難いことなんですが、すごいですねえ。わたしだったらお休みをもっと満喫してしまいます」

 そう言ってウインクをした。この女性も面白いし感じが良くて、シウとは合いそうだ。

「では、倉庫の片付けと、女性の買い物の護衛と、ですね。こちらの護衛ですけれど、高齢女性の方ですから、お供という感覚でいいそうですよ。今は、男性たちが外周壁の守りに入ったり警戒に当たっておりますから、どうしても人出が足りなくてね。こうした仕事の依頼も多く入っているの」

「そうですか。じゃあ、できるだけ数をこなせるように頑張ります。あと、知り合いにも声を掛けてみます」

「まあ。助かるわ。では、よろしくお願いします」

 頭を下げる彼女に手を振って、シウは外へと出て行った。

 フェレスは裏の獣舎に預けていたので、迎えに行ってから一緒に向かった。


 成獣となったフェレスを連れて行っても、誰も文句を言わなかった。

 むしろ、こんな立派な騎獣を飼っているのはすごいと、安心されるほどだ。

 やはり騎獣を育てて躾けるのはお金も手間もかかると認識されており、それを連れ歩くのは一定の実力があると示しているようなものらしい。

 以前なら、初めての仕事に伺うと「こんな子供で大丈夫かしら」といった目で見られることもあったが、フェレスが大きくなると視線の意味も変わってきて、面白い。

 良くも悪くも人というのは外見を見るのだなあとも、思った。

 そういうわけで、倉庫の片付けでも初対面時から完全に任せてもらえたし、打ち合わせもあっという間に終わった。更には魔法を使うので相手側が予定していた時間を大幅に短縮することができた。

 男性の手が少ないので助かったと、かなり喜ばれてその場を後にした。


 次に高齢女性のお供をするため、指定された家へ向かった。

 場所は中央地区だが、ほとんど東上地区と言って差し支えない場所にある、こぢんまりとした小さなお屋敷が依頼者の家だった。他のお屋敷と比べると小さいけれど、庭が広く取ってあり、手入れも十分にされていてとても綺麗だ。

 裏門から声を掛けても誰も出てきてくれないので、仕方なく表門に向かうと、年寄りの門番が立っていた。

「ご依頼があって、冒険者ギルドより参りました。シウ=アクィラです」

「おお、よう、来てくれたな。ささ、中へ入られよ」

 お爺さんは顔を綻ばせて喜び、玄関まで案内してくれた。少し足を引きずっているので、彼にお供は無理だったのだと分かる。

 というよりも、お屋敷の規模としては、家僕の数が少ないように思う。

 今も玄関のノッカーを叩いても誰も出てこない。

 少ししてから、やはりかなりお年を召された白髪の男性が出てきて、シウとフェレスを見て目を細めて微笑んだ。

「なんと、可愛らしいお客様でしょうか。さて、本日のご用件はいったいなんでしょう」

「冒険者ギルドより参りました、シウ=アクィラです。奥様の護衛を承ってきました」

「ああ! それは有り難い。いえ、このような時期ですからね、無理かもしれないと諦めていたのです」

「あ、ですよね。ギルドでも苦慮してるみたいです。僕でお役にたてるなら良いんですけど」

「もちろんですとも。さあ、中へお入りください。奥様をお呼びしてまいります」

 老齢の執事は背筋を伸ばした綺麗な姿勢で、ゆっくりと歩いて行った。

 どうも、このお屋敷はいろいろと大変なようだ。

 小さいのでなんとか掃除もできているようだけど、ふと見上げた天井の辺りや、高窓などが汚れているようだった。

 庭が綺麗だったのは、庭師に来てもらっているからだろうが、屋敷の中はメイドが少ないのか手が回っていない感じがした。さりげなく観察していると、やはりゆっくりしとした歩き方で老執事と老メイドに、奥様と思われる高齢女性がやってきた。

「まあまあ、このような場所に立たせたままなんて、ひどいことだわ。ごめんなさいね」

「あ、いえ。お買い物にいらっしゃるでしょうから、僕はここで。シウ=アクィラと申します。今日はよろしくお願いします」

 と、ぺこりと頭を下げると、後ろで座って待っていたフェレスもぺこりと頭を下げた。真似をするのが好きなだけで本人は意味が分かっていないようなのだが、これをやられると相手は大抵相好を崩す。

 はたして。

「まあまあ、なんて可愛らしい子たちなの。こんな可愛い子にエスコートしてもらえるなんて、素敵! わたくしはエドラよ。今日はよろしくね」

「はい、奥様」

「まあ! わたくしのことはエドラとお呼びになって」

 喋り方といい、その人懐っこいお茶目で可愛い様子に、好感が持てる。

 彼女はその後、せっかく来てもらったからすぐに出かける用意をしたいのだが、時間がかかりそうだと言った。

 待たせて悪いから、その間好きなようにしてもらってもいいというので、じゃあ掃除してていいですかと遠慮なく口にしてしまった。

 老メイドがまあ有り難い! と言ってくれたからホッとしたが、老執事はお恥ずかしいことで、と恐縮していた。

 恥ずかしいのは本当はシウの方で、いきなりこんなことを言うのは失礼である。

 けれど、ご老人には優しくしたいし、なんとなく彼等なら受け入れてくれるという直感もあったのだ。ギリギリ、親切の押し売りではなかったと思いたい。


 ゆっくり部屋へと戻っていった女主人のエドラと老メイドを見送ると、シウは老執事から指示を受けて玄関ホールを魔法で掃除していった。

 魔法なのであっという間に終わるし、待ってるのも暇だからと、他に用事がないか聞いてみた。

 すると、遠慮しながらではあったが、実は……と幾つかお願いごとが出てきた。

 明かり用の魔石が切れてしまっているが取り替えていないとか、お風呂の魔道具の調子が悪いけれどよく分からないなどである。もちろん、老人の手の届かないような場所の掃除も不十分だったから、ついでに綺麗にしてみた。

 年に一度は大掃除をしているそうだが、数ヶ月も経つとどうしたってうっすらと埃も溜まる。しかもお屋敷なので汚れていると目立ってしまうのだ。

「失礼ですけど、お庭は綺麗にされてますよね」

「ええ。近所に奥様が可愛がっておりました庭師の、子供たちがおりましてね。彼等の勉強になるから使わせてもらえないかと申し出がありまして、それ以来お任せしているんです」

「……お優しいお方なんですね」

「ええ。もう立派な庭師として働いておりますからね。それを、わたくしどもが遠慮しないようにと、そのような言い方をしてやってくれております」

 専任の庭師を雇うには執事ほどとはいかないまでもかなりの給与を支払いしなくてはならないし、季節ごとに雇っても相当にかかるだろう。

 人出が足りないのは、財政的なこともあるのだなとしんみりしてしまった。

「魔道具は他にもありますか? お風呂のは直しておきました。僕、本当はこの手のことが得意というか、趣味なので、やりますよ」

「……申し訳ありません、シウ殿」

 老執事の恥じ入るような姿に、胸が痛くなった。シウは努めて明るく、笑顔で答えた。

「そういう時は、ありがとうと言ってもらえると、嬉しいです」

「……はい。はい、ありがとうございます」

 そうして二人で小さなお屋敷の中を歩いてまわった。

 高い位置の掃除は不十分でも、背の届く範囲はとても綺麗にしてあった。古い家具や食器もあったけれど、丁寧に使われていたし、味もあった。

 家具の話で盛り上がっていると、二階から老婦人が降りてきた。

 華美さはないけれど清潔で凛とした姿のエドラは、どこからどう見ても貴族の女性といった風で、威厳さえ感じられる。

 芯の通った本物の貴族というのは、こういう人を指すんだろうなと、なんとなくそう思ったシウだ。

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