157 報告書の打ち合わせ




 アリスからお礼を言われる謂れはなかった。

 なにしろ、シウはアリスのみならず、他の生徒だってほとんどを置いてけぼりにしていたのだから。

「ううん。僕は謝らないといけないなって思ってたんだ。遅くなったけど、ごめんね。守るって約束したのに」

「え、ええ? そんな……」

「他の皆にもだけど、リーダーだったのにほったらかしにしてたよね。ごめんね」

「えっ、なに、それ、意味わかんねー」

「そうだよ、何を言ってるの」

 リグドールとアレストロも驚いてシウを見ていた。本当に誰もシウを悪くは思っていないようだが、それが逆に申し訳なかった。

「だって、リーダーなのに傍にいなかったでしょ。本当はね、ああいう時は仲間を守るために、リーダーは他者を切り捨てるものなんだよ」

「……シウは、他の生徒も助けたかった。そしてできると思ったんだろ。で、実際にできたわけだ。それにリーダーってのは、指示してりゃいいだけだ。シウはちゃんと指示してたじゃないか」

 少し離れたところで聞いていたらしいレオンが、急に話に入ってきた。憤っているのか、目が怖い。

「俺たちはそれに従った。結果、みんなが助かった。安心もした。シウが言うなら大丈夫だろうって、な?」

「あ、うん。そうだね。僕も安心したよ。それにねえ、自分にだってできることがあるんだって分かって嬉しかったな」

「あ、それは分かる。俺も同じだ」

 とアントニーの言葉にヴィクトルが同意した。

「役割を与えられて、自分のできることを知った。そうしたら、もっと他にも可能性があるんじゃないかって、考えるきっかけになったな」

「あ、それはあたしも同じ!」

 ヴィヴィが手を挙げる。そして、コーラやクリストフも同調した。

「こんな言い方すると、怒られるかもしれないけれど、わたしはちょっと楽しかったわ」

「まあ、コーラ、あなたったら!」

 マルティナが眉を顰めていたけれど、コーラは舌を出して肩を竦めていた。ほらね、と。しかし、あちこちで同意する声が上がった。

「だって、あの洞穴では皆が一致団結してたわ。何の役にも立たない人っていなかった。どんなに魔力量が少なくたって、自分にできることをしようとしてた。それってすごくない?」

「同じ同じ。僕も通信魔法を目一杯使ってばてたけど、その代わり、身を持って臨場感を味わったし、責任重大だってことを認識したよ」

「リグは罠や土壁を作って張り切っていたしね」

「おうよ。俺も大分腕を上げたぜ」

「ははは」

 そうして、アレストロが椅子に座ったままで、シウの肩を叩いた。

「僕も、上に立つ者としての指示練習ができたよ。それってでもね、シウが皆に任せてくれたからだよ。信頼してくれたってことが、ちゃんと伝わっていたからね。だから頑張れた。君が自分勝手な正義感で他の生徒を助けに行ったのでないことは、あの洞穴にいた生徒なら皆が分かっているよ。僕の護衛のスタンやロドリゲスも感心していた。君は間違いなく、リーダーの職務を果たしたと思うよ」

 ヒルデガルドのことを当て擦っているような物言いではあったが、純粋に慰めてくれているようだ。

 アレストロは、だからね、とシウの腕をポンと叩いて引っ張った。

「リーダーの最後の職務としてさ、これに抜け落ちがないか指摘してくれるかい? あ、誰か椅子を持ってきてくれる?」

「おう、これが指示練習の成果か!」

 と言って、リグドールが椅子を持ってきてくれた。

 アレストロは苦笑して、そうだねとウインクしていた。気障だけれど、彼にはとてもよく似合っていた。



 そんなこんなで、午前中をかけて皆がああでもないこうでもないと書き出しを行い、後はそれぞれで(主観もあるので)報告書を書きあげようということになった。

 午後は、戦略科の授業があるかどうか分からなかったので、高学年クラスがある棟へと向かった。

 こちらも、がやがやと普段より騒がしい雰囲気だった。

 戦略科のクラスに入ると、エドヴァルドがいて真っ先に走り寄ってきた。

 いつもの取り巻きたちは今日は睨んでいなかった。彼等の中で演習に参加していたのは一人だけで、その彼ももちろん睨むどころか会釈してきた。

 驚いていると、エドヴァルドがシウの手を取ってぶんぶんと振り回した。

「君のおかげで助かったようなものだ! 本当にありがとう」

「え、あ、はあ」

「父の送ってくれた護衛が救助隊に入っていたんだが、とても感心していた。一流の仕事だって。君は本当にすごいよ」

「いえ、あの、ええと」

 手を放して。とは言えなかった。周囲の視線がちょっと怖かったけれど、ふと見たら誰も睨んでなどいない。ホッとして、それからあることにようやく気付いた。

「……ヒルデガルド先輩は、来ていないんですね」

「あ、ああ、彼女か」

 声音に、少し棘があった。

 確かに行動を乱されたのだし、心配もしただろう。腹に思うところがあってもしようがない。シウだって彼女には随分なことを言った。

 そこで、あっ、と気付いた。

「……エドヴァルド先輩。僕、彼女に結構ひどいこと言いました」

「うん?」

「そのう……ここだけの話ですよ?」

 そう言って小声になる。

「あんまり我が儘なことを言うので、つい、お説教めいたことを」

「……ああ。まあ、しようがないよね」

「僕、もしかして暗殺されたりしませんかね?」

 と半ば本気で聞いたのだが、エドヴァルドは周りに聞こえるほどの大きな声で笑い飛ばしてくれた。

「ないない! それは絶対ありえないって」

「そうですか。ならいいんですけど」

 ホッとして胸に手を当てていたら、エドヴァルドが耳元で囁いた。

「この時期にそんなことしたら、さすがの公爵家もまずい立場に追い込まれるだろうね」

「時期って、何か、行事でもあるんですか?」

「……シウ。君、天然って言われたことはないかい?」

 なんなんだ。

 シウは首を振った。ちょっと愛想が悪い感じになってしまったが、エドヴァルドは苦笑しただけで機嫌を損ねることはなかった。

「まあまあ、そんな顔しないで。いや、でも、そうかあ。シウは面白いなあ。とにかくね、今の君には誰も手を出せないから安心しておきたまえ。それに、僕の父も、君にはとても感謝していると仰っていた。後ろ盾がないのなら、立候補したいところだったともね」

「あー、いえ」

「分かってるって。オスカリウス辺境伯だろう? 本当に返す返すも残念だと、仰ってたねえ。久しぶりに悔しがるお顔を拝見したよ」

 はははと嬉しそうに笑って、エドヴァルドはその後もあれこれと話を続けた。

 避難している最中の出来事や、救助された際のこと。広場では待ってくれているだろうと思っていた友人たちがもうすでに馬車で帰っていた、ということなど。

 いろいろ考えさせられる出来事だった。エドヴァルド自身もそう言って、彼なりに噛み砕いているようだ。


 戦略科の授業は、今回の演習での失敗についてをまとめることが課題となった。

 途中、教師のエイナルから、

「あとで兵站科にも顔を出してくれないか」

 と声を掛けられた。

「ついでに指揮科にも、と言われているが、それは好きにすればいい」

「好きにすればいいって」

「だって、俺、ブリアックが嫌いなんだもん」

「エイナル先生……」

「だって、あいつ偉そうなんだよなー」

 エイナルも最近は取り繕うことなく、シウとは普通に話す。お菓子で餌付けしたからだろうか。

 そういえば、仲良くなった人とは大抵が食べ物経由だった。

 食べ物の力はやはり偉大だと、改めて思ったシウだ。


 授業が終わってしまうと生徒たちが帰るだろうと思い、途中だったがエイナルに了承を得て、兵站科と指揮科にも顔を出した。

 兵站科では歓迎されて、特に教師のヴァレンと、クラスリーダーのディーノが喜んでくれた。こっちに転籍しない? と言われたが丁重に断る。

「あ、クレールから、アイテムボックス返してもらったからね」

「そうですか。良かったです」

「あと、盗られた分も、いつの間にか戻っていたよ。一応盗んだ相手が誰かは、ちゃんと調べるつもりだけどね」

 どさくさに紛れて兵站用の魔法袋を盗んだ生徒がおり、ディーノは笑顔で怒るという不思議を見せてくれた。


 その足で、近くにある指揮科の教室へ顔を出したのだが、エイナルの言う通り教師のブリアックは偉そうな態度だった。

「ああ、君か。ふうん。どんな人間かと思ったら、まだまだ子供じゃないか。こまっしゃくれて、子供が背伸びする、ああいう性質の人間かね。まあ、調子に乗らないことだな。これはわたしからの忠告だ。有り難いと思いなさい」

「はあ。いえ、はい。分かりました。ありがとうございます」

 この手合いはハイハイと頷いておけばいいので案外楽だ。

 頭を下げてから、教室内を見回すとクレールがいた。

 目の色が謝っていたので、シウは苦笑して首を横に振った。

 それから彼の近くに行って、少しだけ話をした。

 やはり、避難中のことや、救助後のことなどだ。

 避難で一緒だった生徒もいて、シウが来たことを知り集まってきたが、何故か小声でお礼を言われた。

 ブリアックに聞こえるとまずいようだ。

 シウも了解して、あまり話が長くならないうちに切り上げて、教室を後にした。

 ブリアックには、報告書に必要だからシウを呼びだしたのだと言い訳していたようで、帰る間際には「報告書に間違いがないようきちんと話したのだろうな?」と言われてしまった。

 シウはやっぱり、ハイハイと頷いてその場をやり過ごしたのだった。

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