076 軽い気持ちで
他愛ない術式とはいえ、仕掛けられていたことには違いない。
まして強力に「固定」されていた。
最近、シウは研究科七クラスで固定魔法を持った子と知り合った。ランベルトという少年で、話しているうちに固定魔法についても教わることができた。
固定魔法はレベルが低い時にはトラップを仕掛けたりできるそうで、レベルが高くなるといろんなものをその場に固定できるというもので、使い道によっては面白い魔法だった。
彼はレベル三もあったし、大商人の子だったので産業スパイとして考えるなら容疑者(?)の一人に数えられるかもしれない。
が、違うだろうとすぐにその考えを却下した。
スパイとしては致命的な大きな体格をしていたのだ。その上、運動がからきしダメだという、見た目そのままの様子で、人物鑑定でもそれらしい魔法は持っていない。
うーんと、腕を組んで思案しつつ、魔法は使い続ける。
大量に積まれた魔道具をそれぞれ鑑定魔法で識別し、そこに魔術式を一斉に付与していく。
まとめてやる方が一度に済むから楽なのだ。そして魔力量が節約できる。
ひとつひとつ丁寧に付与している人に言いたい。まとめてやった方が効率的だと。
面倒事になるので、言わないが。
仕事を終えると、動作確認は別の担当者がいるようなので置いておき、先ほどの魔術式が書かれた紙を持って部屋を出た。
辺りを見回すと、施設内を見学して回っているキリクとシトロエを見付けた。
「どうしました? 不足分でもあったでしょうか」
シトロエが慌てて駆け寄ってきた。
「いいえ。ただ、ちょっとだけ気になることが」
なんでしょうかとその場で立ち止まったので、シウは小声で告げた。
「他の人のいないところで」
できれば部屋に来てほしいと視線で乞うと、真剣な表情になって頷いた。
何故かキリクも付いてきたのには困った。
この人は声が大きく、動作も大きいので小部屋では少し圧迫感を覚えるのだ。
もちろん、否やとは言えずに、共に部屋へ入った。
魔術式の書かれた紙を前にして、二人とも唖然としていた。
「術の内容自体は、ただの盗み聞きレベルです。でも誰かがここに、テーブルの下に、この術式を仕掛けていました。それも闇属性の罠設置ではなく、固定魔法が使われた可能性が高いです」
「……誰かが、侵入したということ、でしょうか?」
「言いづらいですが、従業員の可能性の方が高いです」
「そう、ですか」
「シウよ、その術式は今もまだあるのか?」
呆然とするシトロエに代わり、キリクが質問した。
「引っぺがしたので大丈夫です。少なくともこの部屋にはもうトラップはありません」
「ふむ。色々と聞きたいことはあるが、それよりは、この盗聴魔術だな」
はい、と頷いた。
「王都の図書館に置いてあった魔術大全を読んでいれば、思いつける内容です。音を拾うことのみに特化してあって、常に垂れ流し状態だったみたいです。風属性のみなので放射状に伝わるからか音の届く範囲は狭くて、受け手に特殊な能力があったとしても半径四十メートルほどです」
「だから、従業員と言ったのか」
「それから、受け手は耳に魔道具か何かを当てているはずです。集音しないと無理です。特殊な能力がない限りは、集音器のような魔道具を」
「トムだ。トムが、昨年から妙なものを身に着けていた。たまに頭が痛いと零していたが、あれは」
「集音するので音はかなり大きく聞こえるはずです」
シトロエががっくりと膝を落とした。キリクがさりげなく彼を支えて椅子に座らせる。
「……シトロエさん、でも、ちょっと変なところもあるんです」
どういうことだと彼が顔を上げる。
「能力にばらつきがあるんです。最初に説明した通り、術式自体は子供でも作れそうです。というかたぶん子供が作ったような気がします。ものすごく無駄な式ですし、風属性しか使わずに音を辺りに拡散させるって考え方がもう、合理的でないです」
シトロエの顔が落ち着いてきた。一番最悪な事態を想定していたのだろう。申し訳ないことをしたかもしれない。
「なのに、たぶんですが、固定魔法を使っています。これは結構珍しいですよね?」
「そうだな。固定魔法持ちはあまり聞かない」
キリクが頷く。
シウは更にと、続けた。
「音を拾うためには集音器が必要です。というのも、この部屋の外にいても、たぶん近くを通りがかったところでいくら風魔法で音が流れてくるとはいえ聞き取り辛いです。音が放射状に広がるからですが」
「つまり?」
「それぞれ別の用途のものを面白半分に使った可能性が高い、と思います」
ああ、と彼から力が抜けた。ホッとしたようだった。
「すみません。僕の説明が大袈裟に感じたかもしれません。でも、これ、従業員の軽い気持ちでも、やっていいことではないと思って」
「……はい、そうですね。技術の情報流出はあってはなりません。ただの興味本位でも、それがどのような結果をもたらすのか、想像できなければならない」
その為に、告げたのだ。
はたして。
シトロエに呼ばれたトムが白状したところによると。
「去年の誕生祭で、面白そうな魔道具を幾つか見付けたんです。掘り出し物の古代魔道具かもしれないって興奮して買って、使ってたら固定魔法のようで、面白くて、つい」
同僚たちの会話を聞いてやろうと思って仕掛けたらしい。
悪気はなかったようなので、厳重注意をして魔道具を取り上げてから無罪放免とした。
その間に、シウはすでに終えていた付与済みの魔道具を検品担当者に渡し、帰ることにした。まだ残っていたが、他の付与士の仕事を奪ってもいけないので「用事がある」ということにした。
依頼の分は終わらせていたので何も言われはしなかったが、付与士たちが裏技を知りたそうにしていたのが申し訳なかった。
シトロエとは最後に挨拶をして、騒がせて申し訳ないとお互いに謝りつつ別れた。
なのに、今、シウの後ろには大きな男が歩いて付いてきている。
「固定魔法で貼り付けたものを剥すのは大変な作業だぞ。どうやったのか教えてくれんか? なあ、頼む。ネタ元は割らん」
「やです」
「そう言うな。そうだ、お菓子をやろうか」
子供になんということを言うのだと、シウは苦笑した。
このままだと商人ギルドまで付いてきそうなので、くるりと振り返って隻眼の男を見上げた。彼はまだ喋っている。
「普通は罠の解除など、無属性を使うだろう?」
「正確には無と闇属性の複合ですよ。ものによっては金属性も合わさります。今回は生産魔法だけで行いました。ひとつで済むから簡単です」
「……生産魔法持ちか! だが、引っぺがすには、必要な考え方が――」
「順序が逆です。僕は生産職に従事した経験があり、更に理解があって、自分で言うのもなんですが知識もあります。そこに生産魔法がついてきたんです。固定されたものを剥すぐらいのこと、生産知識があるなら簡単です」
「……ああ! そういうことか。いや、俺はてっきり固定魔法を持っているのかと」
「そんな便利な魔法があったら楽しそうですけどね」
「……シウならば、いろいろな使い方を考えそうだな!」
楽しそうに大笑いしているが、まだ西中地区なので庶民街真っただ中だ。
従者も護衛も、秘書さえ付けずに歩いているのは豪気を通り越して恐ろしい。
半眼になって見上げてしまった。
「ん? なんだ、どうした。俺が男前だから見惚れているのか?」
「……囮になって、悪者を集めて一網打尽にする計画がある、とかではなさそうですね」
冗談半分で話しながらも《全方位探索》には影も形も不審者は見当たらなかった。もちろん、人物鑑定込みで探索もしている。
はあと溜息を吐いて、シウは頭を下げた。
「ではこれで。さようなら」
ついてくるなよと暗に混めて、通じてなかろうとも構わないから走って逃げようと思いつつ、頭を上げる。
すると、キリクが面白そうなものを見る目で、シウを見下ろしていた。
「……読めんやつだな。いや、久しぶりに楽しいひと時を過ごした。是非とも我が領に遊びに来るといい。どうだ、今日から行かんか?」
「行きません。そんな遠いところ」
オスカリウス辺境伯の領地は一番遠く、シャイターンとの国境近くだ。
「そうか。残念だ。まあ、俺も今回は別件の用事だ。またこちらへすぐ飛んでくるから、その時に会おう」
文字通り、本当に「飛んで」きそうで怖いなと思いながらも、貴族への略式挨拶をしてその場で別れた。
商人ギルドに入って依頼書を渡すと疲れがドッと出た気がして、まだ半日以上空いていたが仕事は受けずに家へと戻った。
置いて行かれたフェレスからの愛の鞭を受けつつ、記録庫の中の本を捲っていく。
ほとんど読んだ王都の本だが、貴族大全は流し読みしただけだった。
領地のある貴族の家名だけは知っていたが、詳しいことはよく分からない。
貴族には関わりたくないのだが、学校でのこともそうだが、相手の方から関わってくる。
ならばせめての対応策として、情報として知っておくことが大事だ。
とは言っても面白くない。まったく面白くない。
本を読むのが好きなシウも、この時ばかりは本嫌いな友人たちの気持ちが分かった気がした。
機嫌を治したフェレスだけが嬉しそうに、尻尾でシウを叩くという遊びを続けていた。
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