077 戦略科の先輩達




 毎日同じスケジュールだったシウの学生生活に変化が出始めた。

 必須科目の免除が増えた分、午前中に空きが出てきたのだ。

 無駄に穴あきがあったりして時間が勿体無いと感じたので、結局先生の勧めるままに各属性魔法の授業を免除してもらうことにした。

 そうすると、午後だけ出席という日も出てきた。高学年用の専門分野科目は午後に多いので仕方ない。

 リグドールなどは寂しがっていたが、シウが早めに来ることで昼を一緒に摂ろうと約束したら喜んでいた。


 週明けの火の日も、新しく受講することになった戦略科の授業が午後一番にあった。

 高学年しかいないし、すでに授業内容は進んでいるが、そのへんは戦略科の担当教師エイナルからマンツーマンで指導してもらった。

 で、この日から合流する予定だったのだが。

「やあ、シウ。君もこの授業を受けるのか」

 気さくな感じで挨拶されたが、後方では取り巻きたちが睨んでいた。

「こんにちは。ええと、今日から参加します。よろしくお願いします」

 頭を下げて、急いでその場を離れた。

 生徒会長のエドヴァルドがいた。

 何か言いたそうにしていたが、気付いていないフリをして、一番前の席に座る。

 不思議な話だが、どういうわけか生徒たちの大半は一番前の席には座らない。

 なので、特等席にはシウ一人で座ることが多かったのだけれど。

「隣、いいかしら」

 断りを入れてもらわずとも席は自由だ。

 だけど、断りたかった。

「ヒルデガルドよ。先日お会いしたわね?」

 嫌だとか、何も言えない。冷や汗が流れ出そうだった。

 というのも、周囲からの圧力という名の強い視線も怖いのだが、一昨日に出会ったオスカリウス辺境伯のせいで貴族大全を読んだから、彼等の立ち位置を知ってしまったというのが一番の理由だ。

 貴族との面倒事に巻き込まれたくないのに、何故だか向こうからやってくる。

 あーあ、と溜息が出そうになった。

 なんとか飲み込んで会釈だけしたが、先生が来たのをこのクラスの誰よりも喜んだのはシウだろう。


 授業は至って普通で、座学なので寝ている生徒も多いようだった。

 付き合いで受講している生徒も多いのだと思う。

 なんといっても、この国の大貴族カサンドラ公爵家とグランバリ侯爵家の子弟がいるのだ。

 エイナルも分かっているようで、質問は「授業を真面目に聞く気がある」生徒にしか出していない。

 ヒルデガルドとエドヴァルド、エドガー=サルエルという少年の三名である。

 シウは初日ということもあって、先生からは様子見すると言われていたので今のところは安心だ。

「では、小さな町でのスタンピードがあった場合はどうするのか。前回の宿題だったが考えてきたかい?」

 先生がエドガーに杖を向けた。

 彼は面白い魔法を持っているようなので、シウはさっきからうずうずしていた。有り体に言えば、どんな人物か興味があった。

「戦場でパニックを起こされたら面倒ですから、昏倒させるべきです。もちろん、大規模魔法となりますから複数の魔法使いで取り囲みます。魔法使いを用意できない場合は、薬師による睡眠剤の散布を行わせる必要があるかと思います」

 堂々と、そう、平然と高らかに宣言されてしまった。

「そうですか。では、エドヴァルド殿は?」

「民に無用な重石を与えるべきではない。演説により、心を鎮める。人心掌握術を学べば可能だ」

「……そう、かもしれませんね」

 エドガーがムッとしたようだが、表立っての反論はしなかった。

 親の階位は子にも関係があるらしく、相手の立場を重んじたようだ。

「先生、よろしいかしら?」

 ヒルデガルドが手を小さく上げる。

 淑女というのは、ピンと手を伸ばして上げたりはしない。

「どうぞ、ヒルデガルド嬢」

「何か音のようなもので驚かせて、我に返させるというのはどうかしら。雷撃を撃つ、などですわ」

「その場合、余計にパニックを引き起こす可能性もあるぞ」

 エドヴァルドが参戦してきた。

「敵が攻め込んできたと勘違いするだろう」

「そうですわね」

 集団パニックかー、と呑気に聞いていたら、ヒルデガルドがパッとこちらを見た。

「あなたはどう考えますの?」

 えー、とエイナルに視線を向けたら、苦笑された。

「シウ君、どうだい。何かあるかな?」

 と返された。

「……音でいいんじゃないですか?」

「だから、音はダメだとエドヴァルド様が言っただろうが!」

 エドガーが吠えた。

「ええと、花火を使ったりするんです。魔法使いがいなくても可能ですし、楽しい時に見るものだから人々の心にも体にも影響はないかなと思います」

 誰かの反論を遮って答えた。更に、

「前後のことや状況が分からないので勝手なことを言いますが、そもそもスタンピードを起こしてはいけません。起こす要素を、作らないことです。戦略って、そういうことですよね」

 誰かが口を挟もうとしたようだったが、先生が先に入ってきた。

「その通り!」

「先生! でも宿題では――」

「うん。確かに、宿題は『目の前に大軍が押し寄せていたことに気付いた小さな町でのスタンピードをどうするか』だったね。その答えはシウ君も言ったとおり。ヒルデガルド嬢の答えも近かったと思うよ。ただ雷撃だと、エドヴァルド殿が言う通り、余計なパニックを起こす可能性がある」

 エイナルは、皆を見回して、続けた。

「だけどね。そもそも、スタンピードは起こしてはいけないんだ。それを、言ってほしかった」

 更に、目を輝かせてシウに問う。

「起こさないための、準備は?」

 約束が違うと思いながらも、小声で答える。

「……大前提として軍隊が押し寄せてくる素地を作らない。ただし、こちらが何もしていないのに相手が仕掛けてくる、そんなことは多々あるから、もし戦が避けられないのなら守備を充実させておくこと。同時に住民には避難することを告げておく。避難訓練は定期的に行うこと。避難先を用意しておくのも大事です。移動に不慣れな住民については早めの対応。負けないなどとは思わないこと。負けることを前提に民は逃す。食糧は常に備蓄しておく。占拠された場合の町の方針を先に決めておくこと。それらは兵士にも民にも徹底させておくこと。それから――」

「あ、もういいよ。ありがとうありがとう。素晴らしいね」

 と、エイナルは言ったが、目は笑ってなかった。

 シウの後方から恐ろしいオーラを感じるので、目の当たりにしているエイナルが気付かないわけがない。

 後方からは何様だという声も聞こえた。

 民などに何故そこまでしなくてはならないのだという雰囲気が、いや言葉にもなって、伝わってくる。

 その民の税金で生活できてるのになー、とは思っても口にはしない。

 思考の停滞は恐ろしいことだなあと感じるだけだ。


 その後は先生なりの持論を聞いたり、小さな町の防衛についてなどを学んだ。

 過去の、戦史を引き合いに出しての説明は分かり易かったが、相変わらず後方の人たちは授業を聞いていなかった。

 その割にはシウの発言には食い付いてくるし、貴族の持つレーダーというのは無駄で高性能だと思う。


 授業が終わると、ヒルデガルドには腕を取られるしエドヴァルドからは無言の圧力を――目の前に立ち塞がれた――受けるので散々だった。が、なんとか逃げることができた。

 休み明けの学校や会社が嫌で、ブルーマンデーという言葉が流行ったが、その気持ちが転生してようやく分かった。

 あれは確かに嫌なものである。



 嫌だなあと思うことは更にあり、それまでもまさかなとは思っていたのだが、そのまさかが当たった。

 戦略科の教室からの帰りにソフィアとすれ違ったのだ。

 ものすごい目で睨まれてしまった。

「あなた、この学校に入学したの!?」

 と甲高い声で言われたので、知らない人のフリをして逃げた。


 見たことのある制服だとは思ったのだ。

 彼女の発言にもそれらしいことはあった。

 だが信じたくなかった。というか、会いたくなかった。

 残念なことに彼女は一学年上で、年もひとつ上という近い存在だ。

 どうも飛び級しているらしいので、会う確率は低いだろうが不安だった。

 ただでさえ、貴族の子弟には困っているのに、これでソフィアのような変な人と関わったら精神的に疲れる。

 シウは心のオアシス、獣舎にいるフェレスへと会いに行った。

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