075 魔道具作成のお手伝い




 魔道具に組み込む魔術式を真似されたくないのなら、究極的に考えれば手はある。

 ただ、シウは真似されることは大前提で、簡略化節約術で特許を取っている。

 本当に知られたくないものは、公開したりしない。

 特許も取ったり、そも、世間に広めたりもしないのだ。


 その特許関係で、最近は付与魔法持ちの人が忙しいそうだ。

 久しぶりに顔を覗かせた商人ギルドで愚痴をこぼされてしまった。

「君のね、考えた魔力量計測器。あの魔術式を付与できるのはレベルが高くないと無理でね」

「あ、ですね。あれはちょっと高度ですよね。鑑定魔法持ちでかつ最低でも金属性と無属性それぞれレベル二ある人か、付与魔法持ちでもレベル四ぐらいないと厳しそう」

「……王立ロワル魔法学院からの大量発注でね、シトロエさんのところだけじゃ捌ききれなくて、あちこちに声を掛けて人を集めてるんだけどね」

「シトロエさんって、権利を買ってくれたガルン家だったよね。そうかあ。じゃあ、僕も手伝いに行った方がいいかな」

「……いいの?」

 ザフィロが目を輝かせて言うので、シウは自分のせいでもあると思って頷いた。

「ただ、先にレシピの件で、呼ばれているので」

「もちろんもちろん。あー、助かった! じゃあ、後でこちらに顔を出してくれる? 依頼書も用意しておくから! ついでに通信魔法の付与も手伝ってくれたり」

「あれは簡単だから大丈夫でしょう?」

「はい……」

 などというやりとりをして、奥の小部屋に向かった。


 勝手知ったるというぐらい、いつの間にか商人ギルドには足を運んでいた。

 部屋には権利担当のエリーカがいて、挨拶をしてから椅子に座る。

「早速ですが、ドレッシングの件ですね。オリュザさんからはドレッシングのレシピは使用させてもらえるのならば権利は放棄すると言われておりますがそれでよろしいですか?」

「僕としてはドランさん、オリュザ店に渡したレシピだからそれこそ権利はあちら持ちだと思ってるんだけど」

「義理堅いお店ですわね」

 にこりと微笑まれた。

「わたしもできれば、オリュザだけでドレッシング販売を行ってほしいのですけれど、手が足りないとのことですしね。人気もあるようですから一般販売に踏み切ってほしい彼の気持ちも分かりますわ」

「今回は、オリュザのドレッシングとして販売してくれるところを探したいんですけど。可能でしょうか」

「ええ。その条件で募ってみましょう」

「よろしくお願いします」

 さっくり話が終わったので、他にも幾つかの権利について話をしてから部屋を出た。


 ザフィロから依頼書を受け取ると、その足でシトロエの店に行く。

 彼とは一度しか顔を合わせていないが、印象は良かったのでよく覚えている。

「こんにちは」

「いらっしゃい!」

 西中地区の、魔道具製作から販売までを行う大きな店で、シウのような子供が入っていっても怒られないのがいい。東上地区の商人街だと、外から覗いただけで嫌な顔をされることもある。

「もしやアクィラ様では?」

 番頭らしき男性がすぐさま気付いて飛んできた。

「あ、はい。商人ギルドからの依頼で、来ました。お手伝いできるかと思って」

 依頼書を見せて笑うと、彼は慌てて頭を下げた。

「まさかご本人に来ていただくなど、申し訳ございません」

「いえ、今日は暇だったので。ザフィロさんも大変そうだったし」

 そう言って、彼に案内してもらった。

 裏の作業場ではたくさんの職人が魔道具の型を作ったり、端の方では流れ作業で付与をしている姿も見えた。かなり大がかりな施設で、眺めているだけでも面白い。

 連れて行かれた場所は更に奥の、客間のようだった。そこに打ち合わせをしている男性たちがいた。

「お話し中に申し訳ございません。旦那様、アクィラ様がお見えです。ギルドに依頼しておりました件で、来てくださいました」

 書類を渡すと同時に身を引いて頭を下げる。綺麗な身のこなしで、真似してみたいと思わせる。

「シウ君、君が来てくれたのですか!?」

「はい。たまたま、商人ギルドで大変だという話を聞いたものですから」

「ああ、いえ、とても助かりますが……お恥ずかしいことで」

 申し訳ないと謝られた。シウは慌てて手を振った。

「突然の大量発注でしょう? 捌ききれないのは分かります」

「そう言っていただけると……しかし、発案者の方にまで心配されては申し訳なく」

「まあまあ、せっかくこう言ってくれてるのだから、いいじゃないか」

 間に入ったのは、打ち合わせの相手だった。

 シウは慌てて頭を下げた。

「すみません。突然お邪魔して、お話を中断させてしまいました」

「いや、構わん。それよりも興味のある話だからな。君が発案者なのか?」

 にこにこ笑って聞いてくる男性の手には、魔力量計測器があった。

「はい。シウ=アクィラです」

「俺は、キリク。キリク=オスカリウスだ」

「初めまして」

 貴族に対する軽い会釈のみの挨拶で済ませた。彼は名乗らなかったが、人物鑑定での職業に「辺境伯、魔法戦士」とあった。

 また、気さくで大らかなタイプだということは、従者も付けずに作業場の応接室で話しているところから想像ができた。

 なので大袈裟にはしなかったのだが。

「シウ君、このお方様はオスカリウス辺境伯です」

 と親切に教えられてしまった。

 仕方ないので彼に向き直って貴族への挨拶をしようとしたら、手で止められた。

「シトロエ、彼は気付いていたよ」

「は、さようでございましたか」

「ああ。なかなかに聡い子のようだな。さすがはこれの発案者だ」

 厳めしい顔で、体つきもがっしりとした大男だったが、笑顔は柔らかい。

 歴戦の強者らしくあちこちに傷跡が見えた。魔法で治癒する暇もなかったようだ。

 そして隻眼だった。

「しかし、聞いていた以上に若いな!」

 そう言ってシトロエの肩を叩く。シトロエは苦笑しながら、シウに向いた。

「それでは、依頼を受けていただくということで、お願いできますか?」

「はい。ただ、一人でまとめてやろうと思ってますので個室か、死角になる場所を用意してほしいんです」

「それは、何故だ?」

 またキリクが口を挟んできた。どうもシトロエとはかなり親しい間柄のようだ。遠慮というものがない。

「魔法使いは、種明かしをしません。それが理由です」

「……なるほど」

「承知いたしました。個室が用意できますので、ご案内します」

「あの、それと、これはできたらなんですが」

「はい」

 丁寧な対応をされることに、むず痒くなってきたのでお願いすることにした。

「敬語はやめていただけると」

「わはは! そうだぞ、シトロエ。お前はその固いところが良いところでもあるが、たまに鬱陶しい!」

 キリクは辺境伯だが、騎士というよりは傭兵のような雰囲気があって、今も大笑いである。貴族らしからぬ人だった。

「……それでよろしいのでしたら、いえ、はい、分かりました」

 慣れないようだから無理には求めなかった。それは伝わったようで、おいおい直すよう努力すると言ってくれた。


 ペンダント型の魔道具が大量に持ち込まれ、従業員たちが出て行ったのを確認してから部屋に覗き見されないための空間壁を張る。

 パチンと弾ける感覚があって、誰かが魔法を掛けていたのを知った。

 こういうのは滅多になく、珍しかったので最近編み出した魔法を使ってみた。

(《魔術追跡》)

 どこかに魔術式が仕込まれていたようで、文字通り場所を特定する。このような名前を付けてはいるがシウは鑑定魔法を使っていた。

 他所の店の中だからと鑑定魔法を自重していたのだが、こういうこともあるのだなあと不謹慎だがわくわくした。産業スパイが何らかのトラップを仕掛けたと真っ先に疑ったのだ。

 続けて、魔法を使う。

(《術式解析》)(《自動書記》)(《術式解除》)

 それぞれ、鑑定魔法、下位の書記魔法を改変、最後はトラップの引っぺがし作業だ。

 通常なら、こういった場合においては無と闇属性の魔法で罠を解除できるのだが、今回は強力に固定されていたようだったので最新作を使ってみた。

 それにしても、鑑定魔法は便利なものだと思う。

 レベル上げの必要がないのに癖で使っていた甲斐があった。魔術式まで鑑定できるようになったのだ。

 ただこの鑑定魔法も、フル活用すると面倒くさい。この部屋ひとつとっても、フル鑑定に掛けると膨大な情報量が流れ込んでくる。それを識別するのは人間、シウ自身なので、最初に鑑定場所を細かく決めておく必要があった。物の場合は特に大変だ。

 今回は術式と思われる部分に絞ってみた。気を抜くと余計なものまで鑑定されるから、真剣にやる。

 結果は、他愛ない「盗み聞き」レベルのものだと判明した。

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