074 研究科七クラス




 翌日、研究科七クラスに行くと先輩方がシウを呼んだ。

「大丈夫か? 苛められてるんだって?」

 このクラスはほぼ全員が貴族の子弟なのだが、変人と呼ばれる人が多いらしくて貴族らしからぬところがあった。

 それがシウの興味を引いたのもある。

「そうらしいです。知らなかったんですけど」

「……君、飄々としてるものね」

 納得されてしまった。

「でも、汚水をぶちまけられたとか、階段に油を撒かれていたとか聞いたけど」

 クラスリーダーのカスパルが心配そうに聞いてくる。

「それが、気付かなかったというか。被害もなかったんです」

 汚水はつまづいて零したのだと思ったし、しかも汚水自体を避けて濡れなかったから問題なかった。油もたまたま誰かが零したのだろうと思って浄化した。

 悪意に気付かないと人はどこまでも鈍感なのである。

「なんというか、得な性分だね、君。僕が言うのもなんだけど、貴族って執念深いから気を付けてね」

「はい。ありがとうございます」

 カスパルはブラード伯爵家の第三子だそうだが、このクラスが変人の巣窟と呼ばれる大元の原因らしく、全く貴族らしいところがない。つまり、身形に構わず、身分に関係なく興味のある事柄があれば誰であろうとも付き合うタイプだそうだ。

 どの研究科に行こうか考えていた時に、リグドールとアントニーが調べてくれた。

「僕のクラス、五年の一クラスの方ね、そこに生徒会長がいるんだよね。朝から取り巻きが煩くて。聞く気もないのに聞こえてくるから困ったものだよ。でもシウの名前が出てね。僕の大事な七クラスメンバーに問題発生か! と思って、心配したよ」

「あはは」

 面倒見は良さそうな先輩である。


 この研究科七クラスでは、古代語の魔術式の解析研究を行っている。

 授業というよりは大学院のような研究室といった雰囲気だ。

 指導教師はエッヘ=モルトケという男爵で、言語魔法レベル二を持っている。

 ところで、最近はレベルアップの必要もないし、ガルエラドに相手の承諾なしに人物鑑定をするのはマナー違反だと言われたこともあって自重していた。

 しかし、スタン爺さんには「鑑定持ちは人を視るのも仕事じゃぞ。悪さに使わなければ構わん。それに使わんと鈍るものじゃ」と言われたので、付き合いが増えるであろう人や面倒事の匂いがしたら視るようにしていた。

 なので、同じクラスの面々の鑑定もしている。

 面白いのはエッヘのような言語魔法があることと、カスパルの展開魔法だろうか。

 他に固定魔法というのもあった。彼からはまだ説明を受けていないので聞けないが、エッヘやカスパルなどは初対面で自分の持つ能力を説明してくれて、更に研究について熱い思いを語ってくれたものだ。

「それにしても、僕はね、言語魔法を持っているからって調子に乗っていたようだよ」

「はあ」

「まさか言語魔法も持たないのに、古代語を理解しているなんて……うう……っ」

 教師が泣くとは思わなかったので、びっくりして引いてしまった。

「しかも発音まで綺麗だ。シーカーの言語学の先生よりも綺麗だった……」

「先生、シーカーの卒業生だったんですか?」

「……うう、そうだよ……落ちこぼれだったけどね……」

「シウ、エッヘ先生はほっといてさ、こっち見てよ」

「そうそう。こっちの方が大事だ」

 生徒たちはみんな冷静なようで、研究の方に目を向けている。

 シウが研究材料の古い本に書いてある魔術式を読んだら、ショックを受けたのはエッヘだけで後は大興奮だった。

「でも、古代語については図書館の本に書いてあったよ。あれを読めば分かるんじゃないのかなあ」

「……君、図書館の古代語本がどれだけあるか知ってる?」

「えーと、辞書が四十五冊、関連本が五百冊ぐらいだね。少ないよね。辻褄の合わないことも多くて困ったよ。だからシーカーにある大図書館の本を読んでみたくて、ここに入学したんだ」

 そう言うと、誰かがポツリと零した。

「出た。新たな変人の誕生だ」

 シーンとなった教室で、暫くしてから、そうだねと頷き合う姿が見られた。


 実際のところは、網羅しているわけでもない資料や辞書を元に、古代語で書かれた魔術式を解析するのは至難の業だ。

 だから、シウも楽しく授業に参加した。

 まるでパズルゲームのようだし、見たことのない古代語を発見したら、嬉しくて仕方なかった。前後の文字から推測して導き出した答えが正解していたらクラスメイトたちと喜び合ったりして、想像以上にこのクラスに馴染んでいる。


 新しい魔法の発見や、想像していなかった術式など、シウにとっても有意義な時間だった。

 反対に、シウの考えた魔術式の簡略化(節約術)は、古代語の魔術式にも通じるものがあると興味を持たれた。

「君は杖なしで無詠唱だよね。いくら古代語による刺青があるとしても安定しすぎている。きっと理解がきちんとなされているからだ。僕も古代語詠唱で魔法を使うが、君ほどに安定はしない。今度、簡略化の魔術式を教えてもらえないだろうか。安定に差があるのか、知りたい」

「いいですよ。ていうか、これ、はい。点火や水球など基本のものです」

 説明書きを渡すと、カスパルに引っ手繰られてしまった。

「す、すごいね、君」

「友達に教えたりしてたら、面倒くさくなって教科書? 作ったんです」

「……なるほど、なるほど、そうか、それで」

 シウの話を聞かなくなったので、諦めて、古代語の魔術式が書かれた古書をパラパラと捲った。

 もう記録庫に保管してしまったので、意味のない行動だが手持無沙汰だったのだ。

 やがてカスパルが現実の世界に戻ってきた。

「こちらの方が安定している。そうか。やはり、分かり易いということが大事なんだな」

「僕は魔法はイメージ力の差だと思ってるんです。大きな魔術を使うには魔力量も大事だけど、繊細で安定した魔法を使うなら、断然イメージ力ですね」

「……そうか!」

 つまり、自分の理解しやすい言葉で考える方がより安定もするし、高性能となる。

 無理に古代語を使うぐらいならば、多少詠唱に時間がかかっても安定している方が良い、ということだ。

「よし、やってみよう、[点火]!」

 いきなり教室の中で火を付けるので驚いた。安全対策も何もあったものではない。

「では、次だ《点火》!」

 勢いが増した。誰も注意しないところがすごい。先生はまだ黄昏ているし、他のクラスメイトたちはそれぞれの研究内容に没頭している。

「で、最後に、《火の精霊よ、我に火の恵みを与えたまえ、点火》」

 最後が一番小さかったし揺れていた。

 魔力量はほぼ同じぐらい使っていたので、コントロールは上手いようだ。

 そういえばカスパルは首に魔力量計測器を掛けている。

「普通の詠唱だと時間がかかりすぎて、安定しないね。古代語は使い慣れていてもあの程度だ。ところが、君の簡略化に関する考え方を知って理解を深めると、現代語での詠唱を簡略しても使える。それどころか、安定して威力は増した。これはすごいことだぞ! 新しい魔法の世が来る!」

「実用的じゃないですけどね」

「そうか?」

「そもそもの考え方を覆す内容です。理解を進めるどころか、困惑を来しますよ。そしたら逆に減じます。だったら今のままの詠唱法を続けるか、イメージ力を高める方がましです」

「だが、君はこちらを使うだろう?」

「僕は理解できてるので。友人にも簡略化は便利だから教えてます。子供だし、信じてくれる人を選んでるところもある。だけど大っぴらに発表はしませんよ」

「うーん」

「簡略化はそもそも魔力量が少ない人のための考え方として編み出したものなので、出発点が違います。それに、何事も急進すぎると危険を伴います。僕は安全安心を信条に生きてく予定なので、無理はしません。新しすぎる考え方は、迫害を生むだけです。分かってもらえます?」

「……分かった。そうだな、そう言われたら確かに、納得するしかないよ」

「簡略化にこだわるよりも、むしろイメージ力の方が大事だと思いますけど」

 結果を想像して、しっかりと理解していたら、古代語も何もなく無詠唱で行える。

 事実、シウが実践できている。

 カスパルたちには、嘘の情報である「体のどこかに古代語の魔術式が刺青されている」せいで、杖なし無詠唱で魔法が使えると思われているが、実際には違う。

 もどかしいものだが、黙っていた。

 もとより魔法使いは種明かしなどしないものだ。

 同じ研究肌の匂いを感じてつい熱く語ってしまったけれど。それはお互い様のようで、シウもカスパルからは色々と教わった。


 そのカスパルは展開魔法の持ち主で、説明してくれたところによると。

「そのものずばりだよ。複雑な魔術式を展開してくれるんだ。特に妙な場所に組み込まれたものや、複合魔法などには役立つね。ただし言語魔法は持っていないので、いちいち古代語を読み解いていかないとダメだけどね」

 ということらしい。まだレベル二なので展開にも限度があるようだが、究めたらすごい能力だと思う。なにしろ、ブラックボックスを開けることができる、ということだから。

 それはシウの考えた魔術式でも解けるようになるということ。特許は取っているものの、魔道具の魔術式を自在に読み取れるようになるのなら、これほど脅威な能力はないと思う。面白い能力だった。

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