073 順調な学生生活? 




 存外、楽しい思いをしたお泊り会は順調に終了した。

 翌日の昼過ぎに迎えの馬車が来て、自宅屋敷までは送るという話だったのでそのまま一緒に乗った。

 貴族街に入るのは初めてだったが、普段から《全方位探索》や《俯瞰》で見ていたので特に驚くようなことはなかった。

 送り届けた後、また馬車で送ってくれるというのを断り、リグドールと歩いて帰った。

 貴族街だが、魔法学校の制服を着て行ったので誰に咎められることもなかった。

 問題はなかったが、強いて言えば、徒歩が珍しいらしくて衛兵に何度かじろじろと見られたことぐらいだろうか。


 貴族街を抜けて、更に東上地区も抜け、ようやく中央地区に戻ってからリグドールがホッとしたようだった。



 明けて火の日、アレストロからお礼だと言って、貴族街へ自由に入れる通行証のようなものを貰った。

「いつでも遊びに来てもらえるよう、父上に頼んだんだ」

 ということらしい。

 裏にはフェドリック侯爵家の家名と紋章が、表には筆頭執事とアレストロの名が記されていた。

 どうも、これがシウの身分を保証するという証明になるらしい。どうしてこれが礼になるのだろうかと思ったし、シウに使う気はなかったけれど。

 リグドールなどは、何かあった時の後ろ盾になってくれるってことだから貰うだけ貰っておけば、と他人事のようだった。事実、彼には与えられていなかった。

 もっとも、リグドールは子供であるということを差し引けば、貴族街へは自由に入れる。大商人の家の子というのはそれだけで通行証になるようだった。





 学生生活は順調に進んでいた。

 必須科目の各属性学の教師からは度々試験を受けて飛び級しろと言われていたが、たまに面白い話もあって名残惜しく、居座っていた。

 教師はやり難そうで、特に口出ししていないのに何故だろうと思っていたら、商人ギルドで特許を幾つか取っていることが知られたようだった。

 というのも、学校が大量に魔力量計測器の魔道具を発注したからだ。

 新人の魔法使いが使うのにもっとも適していることから、導入を決めたそうだ。

 徐々にだが、個人で持つ者も増えているらしい。

 そして、その製作者の技術力を知れば、基礎的な属性学など教えられないといったところのようだった。


 魔術理論は中級まで免除されていたが、こちらは更に上級も免除になってしまった。

 魔術式の簡略化や節約ができるなら必要ないと、試験さえ受けずに終了となった。

 教養の上級はダンスなどがあり、魔法学校の勉強で一番シウを悩ませているものだった。礼儀作法は合格を貰ったのだが、女性をリードするダンスと、詩歌がどうにもならない。

 音痴だし、女性をうっとりさせるような詩作などできないし、散々である。

 上級クラスでも上にいるアレストロは、普段のおっとりした様子からは想像もつかない素晴らしい踊りを披露しているとか。

 アルゲオなども無表情というよりはいつも顰め面なのに、ダンスは上手だし、詩歌も若干怖く感じるものの相手の女性をうっとりとさせていた。

 さすが貴族出身である。

 このクラスで庶民はシウだけだったので、高学年を含めた幾人から小馬鹿にされていた。それも仕方ないかなと思える下手くそさなので、素直に甘んじている。

 結局、シウだけ別に補講のように授業を受けていた。


 他に高学年でないと受講できない専門科から声を掛けられた。

 研究科と特殊科からだった。

 魔術理論のウルハラという女性教師が熱心に勧めてくるので、それぞれの担当の教師と面接した。各方面の魔術を研究したり、新たな術式の開発、あるいは魔法による新たな戦法を編み出したりする科目などらしい。

 研究科も特殊科も幾つもに分かれているので気にいったところがあれば参加していいようだ。

 ひとつずつ、時間を見付けては顔を出してみた。

 結果、リグドールたち友人が挙って、開発は個人でやった方がいいと言ってきたので、解析を行う研究科の七クラスに入ることにした。

 このクラスでは古代語を用いた魔術式を研究しているそうだから、古代語の勉強もできるはずだ。

 他にも古代語のみを研究するクラスはあったが、こちらはシウの知りたいレベルには全く達していないようだった。


 更に、必須科目の戦略科教師エイナルから、上級クラスまで全免除にするので飛び級して高学年の戦略科を受講するよう強く勧められた。

 戦略は戦争に直結する考え方もあって受けたくなかったが、もしものことを考えたら知っていた方が身のためになる。

 思案の結果、受講することにした。



 そうして、高学年クラスにも顔を出すようになったら当然ながら高学年の生徒とも顔を合わせることが増えた。

 庶民には当たりがきつく、あれこれと嫌味を言われることも多くなった。

 またシウが平然としているので、余計に気に食わないのだろう。

 特に困ることもないので無視していたが、エスカレートしていたのか物理的な嫌がらせがあったようだ。

 ようだ、というのは第三者から指摘されたからである。

 シウ本人は《全方位探索》などで察知して避けたり、無意識に払ったりしていたから大したことのように感じていなかった。

 目の前に生徒会の面々が立ち塞がるまでは。


 なんというのだろうか。

 彼等はとてもきらきらしい容姿をしていた。

「エドヴァルド=グランバリと言う。五年の一クラスに在籍している。生徒会長だ」

 後ろから従者らしき男性がグランバリ侯爵家の第二子であらせられると説明する。普通は自ら名乗らずに従者が自己紹介するものなので、エドヴァルド本人はきっと変わっているのだろう。

 もう一人の少女については、従者が教えてくれた。

「ヒルデガルド=カサンドラ様です。カサンドラ公爵家第一子でございます。四年の一クラスに在籍しておられ、生徒会副会長であらせられます」

「……はあ」

 としか答えられなかった。

 従者の方々には睨まれてしまったが。

 ところで、シュタイバーンはほとんどの人が白色人種に近い血色の良い肌色をしており、茶髪に茶色の瞳をしている。例に洩れず、シウも茶髪で焦茶色の瞳をしていた。

 リグドールもアントニーも色の濃淡はあれど、同じだ。

 しかし、貴族などになるにつれ、色合いが鮮やかになっていく。

 アリスは金交じりの茶髪だし、アレストロなどは緑色の瞳をしている。

 ちなみにヴィクトルやコーラ、クリストフは珍しい黒髪だった。ただし日本人のような真っ黒ではなく焦げ茶に近い。


 さて。

 目の前のきらきらした男女だ。

 エドヴァルドは金茶髪にとても綺麗な青い瞳。長髪で、さらっと流している。

 ヒルデガルドは完全な金髪に、こちらも美しい琥珀色をした瞳を持っている。

 後ろに立つ取り巻きの方々も派手な容姿をしているが、特にこの二人は目立った。

 顔も整っているようだが、それよりは雰囲気、オーラがすごい。

 そして今、気付いたのだが皆さん長髪ばかりだった。

 貴族は長髪が流行っているのだろうか。思い返せば同じクラスの貴族の子弟たちにも長髪が多い。ヴィクトルぐらいではないだろうか、短髪なのは。

 などとぼんやり考えていたら、ゴホンと咳払いされた。

 従者の方のようだ。

「お名前を」

 小声で指摘されて、ようやく名乗っていないことに気付いた。

「……シウ=アクィラです。家名はありますが、家族はいないです。ええと、その場合は、職を言うんでしたね? 魔法使いです。一年の一クラスです。あ、こんにちは」

 教養科のイヴォンネ先生がいたら怒られていたような失礼極まりない自己紹介となってしまった。


 それで用件なのだが、従者の方の説明がとても分かり辛かったので困ってしまった。痺れを切らしたエドヴァルドが簡潔に話してくれたのでようやく話が見えた。

「高学年の者に苛められていると聞いた。生徒会としては見過ごせない事実なので、証言してもらいたい」

「はあ」

「明日の午後、生徒会裁判を行うので出席するように」

「あ、無理です」

「なんだと!?」

 従者がびっくりしたように大声を出した。

「え、でも、こちらにも都合というものが。それに証言しようにも、苛められているとは気付いてなかったので、どうしようもないです」

「だが、周りからの証言がある」

「では、その方々で行えばよろしいのでは? 僕は明日の午後は、というか、平日の午後は予定が詰まっていて無理です。でもあの、お気遣いありがとうございました」

 ではこれでと頭を下げて――と言ってもこの世界風の軽い会釈だけれども――その場を後にした。


 そこに至ってから初めて、自分は苛められていたのだと気付いたわけだ。

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