072 お泊り会




 昼ご飯はシウが一人で作った。

 和食にして、お米を出したのだが意外にも受け入れられた。

 アレストロはシャイターンの貴族との交流があるらしく、お米も食べたことがあるそうだ。それよりも美味しかったと絶賛してくれた。

 ただ、若干年寄り風の料理を好んでいた。肉じゃがだとか酢の物などである。

 ヴィクトルなどは分かり易く、天ぷらや竜田揚げに集中していた。

 アントニーはドランの店に行ったことがあるそうで、エビフライのタルタルソース掛けを殊の外気に入っていた。

 タルタルソースはドランの店でも大人気で、どうかソースだけでも売ってくれと話が来ているらしい。こちらは思案中である。


 午後は学生らしく勉強会だ。

 それぞれが予習復習をしながら得意分野を教え合う。

 そうして話を聞くのも、シウには良い経験となった。


 ヴィクトルには節約術の考え方を基礎から説明した。

 エミナやアキエラ、キアヒたちに教えたことが役に立った。キアヒたちの場合は元のレベルが高かったので、どちらかと言えばグラディウスに教えるのと近いかもしれない。

 彼も魔力量は高くなかった。

「では、その剣士殿も、魔力量を節約して戦ったのか」

「うん。三目熊もあっという間に倒していたよ」

「三目熊か。すごいな」

「ヴィクトルだって倒せるんじゃないかな」

「いや、俺はもう剣は持てないし」

「でも太刀筋は読めるんだよね? そういうの、現場では大事だよ」

「……そういうもの、なのか?」

「人相手なら尚更、獣相手でも冷静に攻撃を見極められるのは大事だよ。剣をただ振るうよりもね」

「……含蓄があるな。なるほど、そうか」

「ヴィクトルは風属性があるんだよね?」

「ああ」

「あ、ヴィクトル、できれば全部教えておくと楽だぜ」

 横からリグドールが口を挟んできた。彼はまたドリルをやっている最中だったが、こちらの話は聞いていたらしい。

 ヴィクトルがどういうことだ? と視線を向けると、

「俺も、自分の持つ魔法の使い道、教えてもらえたもん」

「そうなのか。ならば、知っていてくれ」

 そう言って、風属性がレベル三、火属性と無属性がそれぞれレベル一だと教えてくれた。風属性がレベル三もあれば立派に攻撃魔法として成り立つ。

 カマイタチも使えるというものだ。ただ、考え方が難しいので、別のやり方が合うかもしれない。

「円形の筒状のものがいいかなあ。それを用意して、その中に空気を圧縮するつもりで風を押し込むんだ」

「ん?」

「そしたら空気砲が飛ぶ。立派に攻撃だね」

 分からないようなので二人して一階の実験室に向かい、説明してみせた。

 何度か実践してみせて、理解が及ぶとヴィクトルの顔に笑みが浮かんだ。

「防御にも、足止めにも、攻撃にだって使えると思うよ」

「確かに。そうだ、火を付ければ」

「火属性はレベル一だっけ。そうだとしても風による増幅で火力は出せるかもね」

「相手を驚かせ、引かせることはできるな。一瞬だとしても、それが大事な時もある」

 ヴィクトルは将来はアレストロの護衛をやりたいそうだ。

 護衛ならば向いているかもしれない。

「剣も、扱えなくとも修行に励むよ。そうすれば、襲われても対処できる」

「うん。頑張って」

 やる気になったらしいヴィクトルと共に二階へ戻ると、リグドールとアントニーがアレストロに木属性と光属性について説明しているところだった。

 どちらもアレストロは持っていない魔法だった。


 夕方、皆で料理を作り始めた。

 誰も厨房にすら入ったことがなく、最初は戸惑い気味だったがやがて楽しそうにわいわい騒ぎだした。

 実験か、遊びのような感覚らしい。

「じゃ、卵を割って。あ、違う、そんなことしたら中身が使えない!」

 割ってと言われて地面に叩きつけようとしたり。

「卵を混ぜて、あ、魔法禁止!」

 誰とは言わないが風属性で回転させようとしたり。

「みじん切りっていうのはね、ミンチにすることじゃないんだよ。目が痛い? 玉ねぎは目に沁みるのが当たり前なの。でも美味しいからね! あ、ちょっと、魔法は禁止だってば。君ら、コントロールもできないのに細やかな料理に魔法が使えると思うのが間違ってる! 恐ろしい……」

 などとやり合った。

「ていうかさ、シウって料理のことになると超真剣だよな」

「僕、シウ君は怒ることなんてないと思ってたよ」

「目が怖いね、目が」

「俺は風魔法を禁止された……」

 それぞれが小声で話し合い、シウの指示に従って料理(?)を作った。

 その甲斐あって、立派に幾つもの品が出来上がった。


 大半はシウが作ったとはいえ、自分で料理したのは感慨深いようで、皆楽しく食べ終わった。

 夜はシュタイバーン風の料理がメインで、チーズやジャガイモ、パンといった材料で作られた。

 幾つかはシウのオリジナルも交じっていて、面白がられた。

 特にコンソメの素を見た時は驚かれた。

 毎回、肉や野菜の出汁を取るのは大変だから一度にまとめて調理したものを圧縮しているのだと言えば、商売の話へつなげようとしたり。あれが食べたいこれも食べたいと、食べ盛りの少年がするような会話になったり。

 楽しいひと時だった。


 食べ終わった後は全員に皿を下げさせて、洗い物も順番に教えた。

 時間はかかったが誰も割らずに片付けることができた。

 お風呂も皆で掃除をする。毎回浄化で綺麗にしているので問題ないのだが、どうせならお泊り会も究めようとやってみた。

 こちらも楽しげにやっている。

 特にお湯を一気に入れたあたりでは歓声が漏れた。

 空間魔法のひとつで音の遮蔽を行っているとはいえ、騒ぎすぎだ。

 その後、大きいお風呂なので一緒に入ろうということになり、はしゃぎすぎて上せる者も出た。

 誰とは言わない。素っ裸で倒れた彼の名誉のために。


 フェレスも一緒に洗い、魔法で《乾燥》を掛けていると、皆が一列に並んで待っていた。

 普段はお付きの人が拭ってくれるのだそうだ。

 リグドールの場合は自分で拭くそうだが、いちいち《乾燥》なんて使わないらしい。

 面白かったようで、火属性を持つアレストロとヴィクトルは覚えたいので教えてほしいと言ってきた。

 生活魔法を使う人間はシウが思うよりもずっと少ないのかもしれないと、この時気付いた。


 使っていない部屋にそれぞれ、アレストロとヴィクトル、リグドールとアントニーで寝てもらう。

 ベッドは空間庫からこっそり出し、布団もセットした。

 ふかふかの上質な布団に皆喜んでいた。

 アクアーティカの羽を詰めていると言ったら驚かれた。やはり高級品らしい。

「シウって、ところどころに贅沢なもの使ってるよなー」

「高級品かどうかなんて、王都に来て初めて知ったんだよ。山にいるとさ、自分で採ってきて自分で作るのが基本だから。あと、冒険者やってると手に入りやすいよね」

「それを、普通は売ってお金にするものなの」

「シウ君は庶民と言ってもお金には困ってないようだものね」

「そうなのかい? 確かにのんびりとした感じは受けるけれど」

 君に言われたくはないと一斉に視線を浴びたのだが、アレストロは気付かなかったようだ。

「シウは、特許料なんかで食べていけるものな」

「あー、そうだね」

「ああ、なるほど」

 それだけではないのだが、確かにお金には困っていない。

 地道に働いて稼いでもいるのだぞと言いたいが、貯金のほとんどがリグドールの言う通りだから黙っておく。


 寝間着に着替えた後も温かいお茶を飲みながら他愛ない話などして過ごしていたが、段々と眠くなってきたようで、それぞれが寝室へ戻った。

 フェレスはシウにぴっとりと張り付いて寝ていた。

 友人たちとごろ寝、というのもしてみたかった気がする。ただ布団以外の場所では彼等は寝られないだろう。こっそり潜り込んでみようかとも思ったが、子供っぽい気がして止めた。

 枕投げもやってみたかった。次の機会があれば言い出してみようか。

 あるいは修学旅行のようなものがあれば試してみるのもいいかもしれない。

 そんな楽しい夢を想像しながら、フェレスの頭を撫でて本物の夢へと入っていった。

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