071 離れ家探検




 ステルラを出たら中央地区の有名な場所を眺めながら通り過ぎ、ベリウス道具屋の表で馬車を停めた。

 馬車と護衛はここで別れる。

 よろしくお願いしますと頭を下げられて、今日は一歩も外に出ませんと約束をし、店の中に入った。

 表から入ったのは、店というものを見てみたかったらしいアレストロのためだ。

 特に道具屋というのは冒険者御用達のものも多く、少年ならばきっと楽しいだろう。

 案の定、アレストロは目を輝かせて品々を眺めていた。

 ヴィクトルも面白そうに見て回っている。

「エミナ、邪魔してごめんね」

「いいわよ。それより、本当に普通に接していいの?」

「いいよ。むしろそうしてあげて。なんか、普通の生活が知りたいらしいし」

「……まるで『アンリエッタ王女の学院生活』みたいね」

 小声でやりとりをしていたが、エミナの最後の台詞にブッと吹いてしまった。

 シウとしては【ローマの休日】に一票だ。

 なんにしても、高貴な方の庶民の暮らし探究、というのは古今東西楽しいものがあるのだろう。


 しばらくして気が済んだのか、シウのところにやってきたので、離れ家へ行くことにした。

 母屋には一応声を掛けておく。

 スタン爺さんには昨日のうちに了承をもらっていた。

 元より友達を連れてきてもいいと言われていたし、多少騒いでも近隣に迷惑をかけないのであればむしろ子供らしく騒ぐべきだと勧められていた。

 ようやくお泊り会かの、と言われたぐらいだ。

「お邪魔します」

 と少年たちが挨拶すると、スタン爺さんはうむうむと嬉しそうに頷いていた。


 さて、離れ家に入ってすぐ、フェレスが飛び込んできた。

「みぁー!!」

 寂しかった、と言いたいらしい。すりすりと頭をこすり付けて甘えてくるのを宥めながら、皆に入ってもらう。

 一階は広めに改造した台所や、実験室がある。

 フェレスを洗いたくて大きな風呂場も作っていた。

 皆、興味津々であちこち眺めて回り、落ち着いたので二階に上がる。

 二階には使ってない部屋が二つあり、それらも含めて全部改装していた。

 元々味のある木造建築だったが、更にドイツの田舎の古民家風となっていた。

 リグドールは来たことがあるので勝手知ったる態度でシウの部屋に入っていった。

 手前の部屋には本棚とテーブル、椅子、作業台などがある。

 それぞれ、飴色をした古家具だ。猫足のチェストの金具などはくすんだ色合いながらも味があって素敵だと思っている。

「わあ、すごいね」

「全体的に木製で整えているのかな。田舎の別荘風だろうか」

「古い家具のようだが、綺麗にしてあるのだな」

 三者三様だが、一応感心はしているらしい。

 奥の寝室に至る引き戸もリグドールが全部開けてしまって、狭い部屋が気持ち広くなった。

 小さく区切る意味が分からないと、リグドールにはいつも言われている。

 子供一人一人に大きな部屋を与えられる人に言われたくはないが、確かにシウは狭いところが好きだ。

 こればっかりはもう仕方ない。前世を日本人として過ごしたのだ。しかも貧乏といって差し支えないレベルの。

 ウサギ小屋とかつて言われたのはいつの時代の日本であったか。

 とにかくも、シウは小さい部屋が好きだ。

「……隠れ家的な雰囲気の部屋か。手の届く範囲にすべてが置いてあって、俺はこういう部屋は好きだ」

「ありがとね、ヴィクトル」

 どういう意味であろうとも、もういい。褒められたと思うことにしよう。

「僕はもう少しこう、煩雑なものだと思っていたのだけれど」

 何故かアレストロが残念そうに言う。何を期待していたのだろうか。

「整理整頓されてるよね。あと、温かみがあるんだけど、どうしてかな」

 アントニーが全体を見回している。

 そこに窓を開けたリグドールが戻ってきて、誰が主人か分からない発言をした。

「だって全部手作りだもん」

「え、そうなの? これも?」

「そう。ベッド見てみろよ。シーツもカバーもだぜ。上掛けなんかキルティング? ってやつで、よくこんな面倒くさいもの作れるよなって尊敬するよ」

 言いたい放題である。

「そういえばシウ君って、服も自分で作るんだよね?」

「そうだよ。山奥で育つとね、何でも自分でやらないと生きていけないんだよ」

「すごいねえ」

「てか、今思ったんだけどさ」

 リグドールが何か大発見したかのように皆の顔を見て、視線を集めて溜める。

「何?」

「……シウってさ、女子力高くねえ?」

 脱力してしまった。

 が、アレストロにしては珍しく、他の皆も含めて大笑いされたのだった。


 その後はクラスの女子の話題となり、やがては他のクラスの女子、そして許嫁がどうのという話に移っていった。

 まだ十二歳だというのに、アレストロには許嫁がいるそうだ。

「でも僕は第六子だからね。どうなるか分からないよ」

 どのみち親、というよりは家の、手駒になるのだと言う。

 そんなもののために結婚をするのかと思うと、他人事ながら同情してしまう。

「俺はそのへん自由だろうなあ」

「僕も同じだね。僕なんかも第五子だから、勝手にしたらって空気だよ」

「考えたら魔力量があって良かったよな。将来の職には、困らないし」

「だよね。丁稚に出るよりは未来が拓けているかも」

 商人の子供二人は同じような未来像を持っているらしい。

 アレストロは六番目の子というが、親が子爵位などを複数持っているので、爵位が与えられるか婿入りするなどで貴族のままという可能性は高いそうだ。

 それでも身に着けていて損はないだろうと魔法学校での勉学を希望したらしい。

「俺は魔力量は少ないからな。騎士としても無理だし、将来が不透明なままだよ」

「そういや、ヴィクトルは体も立派だし鍛えてるようなのに、なんで魔法学校なんか来たんだ? ……アレストロのお付きってわけでもないんだろ?」

 チラッとアレストロに視線をやってから、リグドールがヴィクトルを見る。

 ヴィクトルは確かに魔力量が少ない方だ。魔法使いとしては、だが。

「利き腕を怪我してな。騎士学校に行くつもりで中等部にも通わず、騎士養成所へ行ってたんだが」

「僕を庇ってくれたんだよ。ね?」

 そうだったのか、と皆が一様に哀しげな顔をしてヴィクトルを見た。

「あれはまあ、不可抗力です。アレストロ様が悪いわけじゃありません。ただまあ、利き腕を使えなくしただけでこんなにも不甲斐ないとは思ってませんでしたが」

 魔法の勉強はしていなかったようで、ましてや魔力量も大して高くないから大変なのだろう。

「それで、節約術を勉強したかったんだね」

「ああ。何度か教わったが、確かに魔力量が節約できて便利だ。これからも教えてもらえると助かる」

「うん、いいよ」

「その代わり、なるべくシウの味方となれるよう僕も支援するからね」

 流れが分かってきた。

 アレストロは助けてくれたヴィクトルのためにも何かしてあげたいのだろう。

 シウに近付くのも計算尽くだが、分かり易い。

「君、家庭教師代とらないから。困るんだよね」

「あ、シウ、お前またそんなことしてんのか」

「だって」

「親しき仲にも礼儀あり、だっけ、だぞ?」

「うーん、だけどさ。友達同士で勉強を教え合うのって、夢だったんだけど」

 物語の中の、普通の光景に憧れたことだってあるのだ。

 前世では叶うことのない夢だった。

 今世でも、偶然学校へ通えるようになったが、田舎で暮らしていたらそれもまた夢に終わっていただろう。

「……そう言われると、俺も強く言えないんだけどさ」

「君たち、なんだかいいね。清々しい気持ちになるよ」

「僕も。ついつい損得で考えがちだけど、友達のために怒ったり、友達とやってみたかった夢があるなんて、いいよね」

 にこにこと笑われてしまった。


 とにかくも、大して手を取られたわけではないので、そのへんは友人対応ということにしてもらった。

 ただし、半日以上使っての家庭教師ならばギルドを通してお代を頂くという形に収まった。

 そうして取り決めをしておくと確かに気楽だ。


 とはいえ。

「今日はお泊り会だから、勉強しても友人対応ということでね。その代わり家事を手伝ってもらうことにするよ」

 興味津々で喜ばれたのだった。

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