310 故郷と甘えん坊リュカと情報統制
卵石は人の手で温める方が向いているそうなので、シウとフェレスの半々で持つことにした。
起きている間はシウ、寝ているときはフェレスの配分とした。
なにしろフェレスは起きている間、行動が大雑把なのだ。いくら石のように硬くて壊れ難いと言っても相手は卵だ。万が一壊れたらと思うと恐ろしい。
フェレスも自覚はあるらしく、説明したらすぐに理解して、壊れたら困ると素直に渡してきた。
久しぶりにエミナやドミトルとも会い、一緒に夕飯を食べて盛り上がった。
ドミトルはシウが転移できることは薄々知っていたらしいが、口が堅いので黙っておくことを約束してくれた。
「問題はエミナじゃが、まあ、魔法袋のことを誰にも漏らしておらんから大丈夫じゃろうかの」
「ひどい、お爺ちゃん!!」
「お前さんはちいとばかり、うっかりが多いから心配なんじゃ」
確かにと、思わず頷いてしまった。偶然にもドミトルが一緒になって頷いており、エミナは大声で嘆いていた。
「シウもひどい! それに、夫なのに、ドミトルはもっとひどい!!」
賑やかな晩ご飯の時間となった。
夜は久しぶりに離れ家へ泊まった。
転移ができるので戻るのは朝でも良いだろうと勧められたのだ。
空気の入れ替えをマメにしてくれているらしく、2階のシウの部屋は以前と同じで黴臭いということもなかった。
1階には時折、知り合いの商人を泊めることもあるらしく、少しだけ荷物の置き場所が変わったりしていた。
それでもどこも変わらないままで、懐かしい思いで眠りについた。
コルとエルの件は、手紙に記した。
スタン爺さんに渡しているので、誰かに頼んでアリスへ運んでもらうつもりだ。
下位通信魔法だと傍受される可能性があるので、手紙にしたのだった。
シウはすでに傍受されない通信魔法のスキルを取得しているのだが、そのことをまだ公開する気はないので、手の込んだことをした。
返事はまたスタン爺さんまで送ってもらい、その後、通信魔法などで連絡を取るつもりだ。
翌朝、シウの作った朝ご飯を皆で食べると、気楽な調子でエミナからはいってらっしゃいと手を振られた。
「考えたらラトリシア国へ行くんだけど、転移できるならあっと言う間だものねえ」
ということらしい。
笑い合って別れた。
月が替わり、雪解けの月となった。
雪解けという名だが、ラトリシアはまだまだ冬真っただ中で、週明けの火の日も朝から雪が降っていた。
窓の外を見ると屋敷の庭にも雪がうっすら積もっていた。
石畳など主要な道路には温水路が張り巡らされているが、さすがに庭へは設置していないのだ。
それでも屋敷に魔法使いの1人もいれば、雪を積もらせたままにしておくことはない。
「すごいね、シウ。いっぱいの雪が、とけちゃった」
3日ぶりに再会したシウに、リュカが甘えて離れなくなったので抱っこして魔法を使っていた。
「雪が積もると大変だからね。魔法で消したんだよ」
「僕も魔法つかえるかな……」
「使えるよ。もうちょっと体力つけたら勉強しようか」
「うん」
嬉しそうに尻尾を振った。
「さあ、寒いし、中に入ろうか」
寒くはないように火属性魔法で暖めているのだが、暖めすぎも良くないので適度に調整している。シウだけならば空を飛ばない限りは温度調整しないのだが、まだまだ体力のないリュカには気を遣っていた。
屋敷内に戻ると、リュカもほわっと息を吐いた。
「あったかいね。僕、こんなにあたたかいの、はじめて」
「暖房なかったんだね」
「だんぼー?」
そうだよ、と話を続けながら賄い室へと向かう。
部屋へ入るとスサがすかさずやってきて、リュカを受け取った。
「さあ、シウ様はもうおでかけの時間ですからね」
「うん……」
「夕方には戻ってらっしゃいますよ。夜は一緒に寝てくださいってお願いするんでしょう?」
「うん!」
「スサと一緒に寝るのは嫌でした?」
笑いながら、スサは少し意地悪な質問をする。リュカは慌てて首を振った。
「ううん! 違うの。僕はスサも好きだよ。一緒に寝るの、温かくて好きだよ。でもね、あのね」
もじもじと小さな両手を合わせて言い難そうにしている。
他のメイドが、あら苛めちゃ駄目よと笑っていた。
「……シウは、おとうと同じなの。おとうもなでなでしてくれて、優しく抱っこしてくれたから」
「そう、なの」
スサは少しだけ歪みそうになる顔を、必死で留めて笑顔になった。
「お父さんと同じなのね」
「……僕、おとうが死んだの、分かってるよ? だけどまだちょっと寂しいの。シウが一緒だと寂しいのが小さくなるから、だから」
「分かったわ。ごめんね、意地悪言っちゃって」
ぶんぶんと勢いよく首を振るリュカを止めて、スサは優しく言った。
「じゃあ、今日も1日お帰りを、いい子にして待ってましょうね」
「うん。あ、はい!」
「よくできました」
にっこり笑って、席に座らせる。
これから朝ご飯を食べさせるのだ。
シウは朝が早いのでもう食べたが、主達の用意をして落ち着いた者から順番にメイド達は遅めの朝ご飯を摂る。この時間にはシウはいつも学校へ向かっているのだが、今朝は寂しがったリュカのためにギリギリまで一緒にいた。
「じゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃい」
「いってらっしゃいませ!」
皆に挨拶して、シウは屋敷を出た。
古代遺跡研究科の教室に入ると、ミルトとクラフトがやってきた。
「週末、出かけていたのか?」
「うん。ちょっとね」
「……リュカが寂しがっていたぞ」
「あ、週末も家庭教師に来てくれてたの? ありがとう」
「あ、いや、まあ」
「正直、ブラード家の家庭教師代が良いので、仕事としても美味しいんだ」
「そうなの?」
「そんな言い方をしたら、まるで金のために行っているみたいじゃないか」
2人が妙な言い合いをしている間に、次々と生徒達が集まってきた。
そうこうしているうちにアルベリクが来たので、話は終わり、授業が始まった。
2時限目の自由時間が来ると、またシウの周りにミルトとクラフトがやってきた。
「シウはギルドの仕事も受けているんだろう?」
「冒険者だからね。学生よりもそっちの方が本分のつもりだし」
「そうか」
そんな話をしていたらアルベリクが会話に混ざってきた。
「遺跡は探検しないのかい?」
「遺跡も楽しそうだなとは思いますけど」
古代の遺物を見付けられたら楽しいだろうなとは思う。ただ遺跡の研究者には向かないので、真剣にそれをメインの職業にする気はなかった。
「あ、そういえば先生、アイスベルク遺跡の近くでグラキエースギガスが発生してるの知ってますか?」
「えっ?」
先生のみならず、生徒達も驚いた。
そうか、この情報はあまり広がっていないのかと、シウは情報統制されているかもしれない事実に気付いてしまった。ただ、口止めされていないので、冒険者などの間では普通に知れ渡っている事実だから、そのまま話を続けた。
「最初に見付けたのがアイスベルク遺跡の近くなんです。徐々にシアーナ街道側へ移動しているみたいですけど、遺跡大丈夫かなと思ったものだから」
「あそこは頑丈だと聞くけれど、でも、そんな大型の魔物が出たらどうなることか」
「それより、そんな近くに大型魔獣が出ていることを、知らなかった……」
フロランも驚いていた。
「週末実家に帰ったけれど、誰もそんな話はしていなかったよ」
「僕なんてレクセル領伯の息子なのに、知らないよ」
「先生のは世間知らずなだけでしょう?」
「世間知らずというよりは、遺跡バカ?」
生徒達に茶化されていたが、ミルトとクラフトの顔色は悪かった。
「そんな巨大人型魔物が出現したのに、どうして皆、騒がないんだ」
「危険じゃないのか?」
魔獣がわんさかいる森の中で暮らしていた彼等にとって、巨大魔獣の出現は一刻を争う事態なのだろう。シウだって同じ気持ちだ。
でも、フロランやアルベリクの意見は違った。
「宮廷魔術師がいるからね。『サタフェスの悲劇』を二度と起こさせないために、この国の魔術師は層が厚い。だから大丈夫だよ」
本人に会ってきたシウとしては、それはどうだろうと思ったが賢く口を閉ざしたのだった。
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